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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
八章 アルティナ王国Ⅴ
174/207

174,夜の帳が落ちるまで


 運命が、行く末が、全て定まるその前に。許されるならばひとつだけ。

 隠れてしまった太陽に願うよりも、瞬く星に祈ろうか。明るさの落ちた空に、見つけてくれと言わんばかりの星たちへ。

 胸元を握り、シェリックは目を伏せる。

 欲張っててもいいならばもうひとつ。預かっていた星命石を、彼へと返したかった。彼の手に。彼の元に。占星術師の名とともに。

 彼から借り受け、やって来た王宮で、様々な出会いがあった。数えきれないほどの恩恵を受けたと、直接伝えたかった。

 目を開ける。

 飛び込んできた黄昏たそがれが、シェリックを手招く。今ならと、誘いをかけてくる。


「シェリック殿」


 出口へと向かうシェリックへ、ファイクが神妙な面持ちで声をかけてきた。それは、普段は一人でも構わず喋り倒しているファイクが、ここに来てから二度目に発した言葉だった。

 人は、自分が直面している境遇より程度が大きいものを見ると、なぜか落ち着くらしい。緊張すべきはこちらのはずなのだが、あからさまなファイクの変化に苦笑してしまった。


「そろそろ向かう。世話になったな」


 ファイクは上に下に視線を動かす。


「──ラスターは、きっと来ます」


 あたふたとしながらも、言葉を探し当てたように。


「許すとか許さないとかそういうことじゃなくて、ラスターはあなたと話したいと思っています。だから、その──ラスターはやって来ます」


 伝えるときだけは、シェリックと目を合わせて。


「──ありがとう」


 たとえあてにならずとも、安心させるためだったとしても、向けてくれた心遣いに感謝したかった。

 外へと出たシェリックを迎えたのは、夜にさしかかっている薄闇だった。完全な暗闇ではないが、会話できるほどに近づかなければ、人の判別は難しい時刻。特定がしづらいという観点では、シェリックにとって都合いい時間帯だ。

 ぼんやりと光る外灯が、求めた目的地へと導いてくれるだろう。闇に乗じるのであれば、避けていかなければならないが。


 ぼうと光る。地上の星はここにある。向かう先を違えないよう、天空よりも近くから教えてれる。

 視界が効かないそれだけで、人の恐怖は呼び寄せられてしまう。人という生物がいかに五感を使っているか。その中でも視覚がもたらす効果の大きさを、思い知らされる。

 迷わないように。暗闇への怖さを和らげるように。

 リディオルが設置した外灯にも、同様の効果が期待されているだろう。現に照明を増やす提案は、夜に出歩く王宮の人間たちの不安や恐怖といった心労を少なくしてくれた。

 足元の小石にすら気づかないような薄暗がりの中では、明かりひとつ見つけただけでも安堵できる。自分で見るという感覚そのものが、人の認識に自信という裏づけを与えている。

 不便さをいかに改良し、便利へと変えていくか。人の向上心や改善力は留まることを知らない。

 鉢植えの前でしゃがんでいた人影が、シェリックに気づいて立ち上がる。


「向かわれますか?」

「ああ。世話に、なっ──」


 耳が小さな音を拾った、その直後だった。


「──っつ、……っ!」


 左耳を押さえ、顔をしかめる。

 何かが爆発したような、瞬間的な破裂音。耳鳴りは止まず、シェリックは手で耳を押さえた状態で回復を図る。

 今のは、果たしてどちらだったのか。


「い、今の……」


 泡を食ったような声が、うしろから聞こえてくる。

 咄嗟とっさに反対の腕で庇った顔は、どうやら無事だったようだ。腕をどかすと、右肘を押さえたグレイが見えた。そこから、なにか垂れていやしないだろうか。

 グレイの元へとファイクが駆け寄り、二人で何やら言葉を交わしている。ところどころ聞こえてくる内容から、どうやらグレイが負った傷の程度を確認しているらしい。

 ファイクがこちらを向く。


「──は、無事ですか?」

「……ああ、怪我はない」


 気遣わしげに尋ねるファイクへと答える。

 耳鳴りの余韻は残ったままだ。最適な声量を返せたかどうかわからない。ファイクが頷いた様子から、少なくとも聞こえていたらしいことはわかった。


「グレイ、君、治療室に行ってきたら?」

「破片で少し切っただけだ。問題ない」


 グレイはシェリックよりも外灯の近くにいた。彼が言うように、運悪く当たってしまったのだろう。


「明かりが壊れるなんて、どうして急に……」

「劣化が進んでたというには、苦しい言い訳だな」

「──壊れたんだ。内側から」


 平常に戻りつつある耳が、二人の疑問を拾った。


「壊れたって……いや、でも人は見当たらないし、襲撃でもあるまいし……」


 首を左右に忙しなく動かすファイクとは反対に、グレイは落ち着き払って立っている。


「まるで、壊れるのがわかっていたような口ぶりですね」


 滲む警戒は、この暗さでも隠せない。ここで黙って、怪我負い損にさせるつもりはなかった。


「わかっていたというより、知ってはいた。それと、できれば壊れないことを願っていた」


 猶予はあるか。それともないのか。破片は一切を語らず、黙して転がっている。

 あくまでも保険だった。使う場面を想定し、様々な事態への想像を巡らせながらも、保険の域を出ない手段だった。

 まさか、本当に必要になるとは思っていなかった。


「劣化でも自然現象でもない。リディオルが仕掛けた合図だ。何か不測の事態が起こったとき、外灯が破裂するようにな」

「不測の事態って……」


 ファイクに頷く。シェリックにも、余り良からぬ想像しか浮かんでこない。不測の事態とは、大抵悪い方向に考えられてしまう。

 もしものために。リディオルが仕掛けた細工は、特定の照明だけが壊れるようになっている。シェリックが教えてもらった限りでは二カ所。占星術師の塔真下にある外灯と、薬草園の端にある外灯。後者は今壊れたものだ。それと。

 蓋していた手を外す。残響音は微かにあるが、先ほどの轟音を聞いた直後よりはまだましだ。

「耳、壊すなよ」と冗談交じりに言われたことを思い出す。あれは、その細工の中に、シェリック自身も組込まれていた意味だったのだ。人を勝手に連絡係にしてくれるとは、いい度胸である。

 とにかく、何かが起きたに違いない。

 リディオルは二日前から行方知れずだという。不測の事態なら、既にその頃から発生しているはずだ。なぜ今なのか気にはなるが、探す当てはない。居場所の知れないリディオルを探すより、確実にわかる人物を見つけた方がいい。


「俺は、塔に向かう」


 対象はリディオル本人ではないかもしれない。レーシェにバレたか、シェリックの居場所が知られてしまったか、もしくはラスターに危険が及んだとも考えられる。


「どこにいるかわからないあいつを探すより、ラスターの安全を確かめる」

「──じゃあ、僕はリディオル殿を探しながら、ナキに伝えに行きます」


 左手を肩の高さに挙げ、ファイクはそう宣言した。


「探す手は多い方がいいと思うので。グレイはシェリック殿についてて。無事に着くまで油断ならないからね」

「──俺が?」


 グレイは声を上擦らせる。


「夜目は君の方が利く。誰かに見つかるより、君が先に気づけるだろう?」

「塔の階段、上りたくないだけだろう」

「……それも、ある」


 どうやら、グレイの指摘がものの見事に図星を指したらしい。


「まあ……長いからな。慣れていても上るのは大変だ」


 こんなことを言い添えても慰めにはならないか。


「あの階段上れるのは本当に凄いです。ということでグレイ、頼んだよ」


 ファイクはグレイへと指示する。ファイクはなかなかちゃっかりしているようだ。


「……わかった。今回は聞いてやる。おまえ、頼むと押しつければ、俺がなんでも引き受けると思うなよ」

「では、僕はこれで!」


 逃げた。

 言うが早いか、ファイクは脱兎のごとく駆けていった。逃げ足が速くなるのは、誰でも同じらしい。

 グレイが大きく息をつく。


「……時間が惜しいので、行きましょう」

「ああ」


 その意見には、シェリックも全面的に賛成だ。

 外灯から離れ、グレイが先導して歩き出した。

 進む足が、見えない不安に急かされる。



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