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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
八章 アルティナ王国Ⅴ
170/207

170,彼らがたどる道の上


 ここはいつ来ても手狭な店だ。

 大人が四人も入ってしまえば、身動きが取れなくなってしまう。そそり立つ壁に挟まれたような独特な圧迫感は、訪れた者でなければわからないだろう。あの外観からよくぞここまで埋め尽くせたものだと、感嘆に値する。

 店自体は決して小さいわけではないが、床面積の大半を占めた棚に、天井近くまで積み上げられた商品の山。これでよく、何がどこにあるのか把握できている。いや、ここの店主のことだ。把握していないどころか、管理もできていないに違いない。

 感心すべきは商品の在処ではなく、店が保てているという事実にか。

 人を雇えばいいと思いはするが、人の事情に土足で立ち入る気はない。人件費すらないのだと返されてしまった日には、言うのではなかったと後悔に襲われるだけ。

 災いの元は閉じておくに限る。


「──そうか、なんとかなりそうか。助かるよ」

「お安いご用、っていうにはちぃとばかし手間がかかりやしたけどね。それで、旦那様、あれからいかがで?」

「大事ない。そう遠くないうちに、吉報を届けられるだろうさ」

「そりゃあ良かった。旦那様の肩の荷も、少しは軽くなるんでねぇですかね?」


 奥で交わされている会話には聞き耳を立てておく。立てずとも聞こえてくるのだが、彼らの会話はいつも唐突に終わるから気が抜けない。二人並んで話を聞くには、店の幅がいささか足りない。そのため耳は会話に集中し、目と、手と、それから足は自由にさせてもらっている。そこまで縛られる謂われはない。


 台の上、無造作に置かれている飾り石へと目を向けた。

 星命石で使うには大きすぎるが、複数個作るのであれば安く仕入れられる。安価な分、削り出す加工をしなければならない手間はあるが。

 隣には、磨かれる前の輝源石が所狭しと並ぶ。星命石の元となる石だ。こちらはほぼ原石の状態で置かれている。棚の大半は輝源石ばかりがあるため、無骨な店に思えてしまう。

 しかしどれも一見して普通の岩石にしか見えないが、目を凝らせば割れ目の隙間から鮮やかな色彩が覗く。職人の手によって削り出され、磨かれると、たちまちに宝石のような石へと様変わりする。見る者が見ればお宝と同等の素材だろう。

 また、店の一角には加工された石がずらりと並べられている。石単体だけでなく、石を使用した装飾品もそこにある。ここに置かれている装飾品を買い求め、星命石として使用する者も多い。意匠も凝りすぎた一品ではないからと、人気はそこそこあるのだと聞く。


 おかげで視界は楽しい。奥での会話に混ざるよりは、こちらにいた方がずっと有意義だ。

 次はどんな依頼を出そうかと、想像を膨らませる。懇意にしている石の加工技師の手は、今空いているだろうか。どんな頼みだろうと快く引き受けてくれるので、得意先と呼んでもおかしくはない。

 また輝源石をいくつか見繕って届けよう。ここしばらくは顔を合わせていないから、喜んでくれるだろう。


 輝源石を物色しかけて、ふと装飾品のひとつが目にとまる。取り立てて説明するほどでもなく、どこにでもありそうな耳飾り。だからこそ目についたのか。

 手を伸ばして取った。

 非対称で、華美な装飾がない。磨かれた石と留め具だけの簡素な作り。装飾品と呼ぶには地味である。鎖で繋がれた赤の石がゆらゆらと揺れ、もう片方は星を象った黄の石だ。


「なんだ、また増やすのか?」

「冗談でしょ」


 いつの間にか隣にやってきた男性が、横から覗き込んでくる。

 手にしていた耳飾りを元の位置へと戻した。


「終わったなら行きましょう。長居は無用です。首を長くしてお待ちですよ」

「似合うと思うが?」

「──はぁ?」


 出口に向かいかけた足を、敵意満載の視線でもって振り返るには十分なひと言だった。

 こちらの言葉を全て無視するとは何事か。


「この色、あまりつけないだろう。たまには変わった色でもつけて、気分転換するのはどうだ?」


 件の耳飾りを今度は男性が手に取り、こちらに視線を寄越しては頷く。


「……冗談でしょ」


 こちらの心情も事情も知った上でこの発言だから、意地が悪いどころでは済まされない。たちが悪いどころでもない。最悪中の最悪だ。


「壊れたものを捨てるだけでは、いつかからになる。捨てるばかりが選択肢じゃないぞ」


 手にした耳飾りを意味ありげに揺らし、男性は言った。

 片眉を跳ね上げる。そんな言い分で、こちらを煽れるとでも思っているのだろうか。


「空にしてしまえば捨てるものは何もない。身軽で楽だ」

「その割には重そうな見目だな?」

「あんたが好きにしろと言ったんだろ」

「それもそうだ」


 余裕綽々(しゃくしゃく)で頷かれる。


「俺が欲したものはここにある。それ以上を望まないだけだ。欲も過ぎれば害する牙になる」

「それは、誰を?」

「黙秘する」


 わかりきった答えを、わざわざ教えてやるほどの優しさは持ち合わせていない。


「いつまで斜に構えているつもりだ? 役者は舞台に上がって然るべきだろう?」

「俺は部外者だ。それに、あんたの手で踊る趣味もない」

「つれないね」


 回避できるというなら、いくらでも無関心でいようではないか。今度こそ会話を終わらせ、先に店から出た。

 ひっそりと静まり返っているのは、ここが決して陽の当たらない路地だから、という理由だけではない。主要な大通りからふたつも三つも離れ、入り組んだ部分を歩けば、自然と静けさは増す。華やかで賑やかな雰囲気よりも、落ち着いた空気を好む者は、大通りからは離れたがるらしい。

 アルティナという街を象徴する雰囲気はあっても、華やかさだけが全てを示してはいない。陽の当たる箇所があれば、当たらない箇所ができるのも当然だ。

 光があれば、影も作られる。表裏一体の存在。豊かで華々しく思えるこの国が表沙汰にできない影を抱えているのも、同じような理由からだろう。

 痛みを知る者が優しくなるように。涙を流した者が強くなるように。ひと度体験してしまえば、似た思いを味わう者に対しては寛容になる。共感は共感を呼ぶ。仲間であると錯覚し、同調しても気づかない。

 仲間意識というやつに自我を殺されるのはごめんだ。


 光だけでは、綺麗なだけではいられない。相反する事象があるからこそ、全体の均衡は保っていられる。画一的な方針が生み出した平和など、擬似的な平穏に過ぎない。いずれどこかで無理が生じる。小さな無理が歪みを生み、綻びを作り、少しずつ崩壊を促していくだろう。

 立てつけの悪い扉が壊れそうな音を鳴らす。


「早いとこ戻ります、よ──」

「はい」


 差し出されたものと彼の顔とをまじまじと見る。表情として間違っていなければにらみつけたはずなのだが、ますます嬉しそうなしたり顔をしてくるのはなぜか。


「……俺の話、聞いてたか?」

「聞いてなお、おまえが持つべきだと判断した。まさか、捨て置くなんて言わないよな?」


 彼が差し出しているのは、先ほど店で話題にしていた、あの耳飾りだ。こんなことなら触れるべきではなかったと、今更後悔した。


「…………どうも、ありがとうございます」


 半ばひったくるようにして受け取る。受け取らざるを得ない状況にしてしまった自分が、何よりも恨めしい。忌々しいことこの上ない。


「それじゃ戻ろうか。まさか、緊急収集すると思わなかったけどな」

「はいはい、仰せのままに」


 先を歩く彼につき従う。

 ──と、彼がくるりとこちらを振り向いて言った。


「ああ、そうそう。到着するまでにちゃんとつけておけよ? ギア(・・)。命令」


 彼はにやりと笑う。こちらの考えなどお見通しだと言いたそうに。これで、しまい込んでおく逃げ道には進めなくなった。

 反論そのものが封じられ、やり場のない怒りを堪えるしかなくなった。



  **



 もしもの未来を想像する。

 もしもあのとき違う選択をしていたなら。もしもあのとき、躊躇せずに逃げ出していたなら。あの人たちが来なかったら。昔のまま暮らせていたのなら。

 もしも、もしも。

 取り返せない過去を並べて、震えた手でつかみ取る。決して現実にはやってこないと知っているから、なんて虚しい遊戯なのだろうと。

 平穏を願っただけだ。

 幸せでいたかっただけだ。

 ただ笑って、過ごしていたかっただけだ。

 つかめなかったいつかを、もう一度取り戻したい。

 狂おしいほどに願うのは、ただそれだけなのだ。



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