135,変わらぬコトと変わるモノ
気になってしまったのは言葉だけではない。リディオルのしぐさや表情が、あの日の誰かと重なった。
聞けていない回答を。中途になってしまった問いかけを。
あれほど知りたかったのに、なぜ今の今までラスターは忘れていたのだろう。
──許さないで。
会うだけが目的ではなかった。ラスターは彼女の真意を知るために、祖母の元を離れて故郷から出てきたのだ。ひたすらに答えを求めて、彼女を探していたのに。
「嬢ちゃん?」
ひらひらと振られた手。たどっていくと、リディオルの顔まで行き着いた。
「──なに?」
「いきなり反応なくなったから、どうしたかと思ってよ」
「うん、ちょっと……考えゴト、かな」
「嬢ちゃんもシェリックも、世界に入り込むのは一緒だな」
「そう?」
へへへと、笑ってごまかす。
似たような言葉を、かつてラスターは言われたことがあると、わざわざ説明するほどでもないだろう。同じだったのだろうか。リディオルの心情も、あの日のレーシェの気持ちも。
ラスターは、レーシェに判断を委ねられたのかもしれない。今リディオルが言ったように。ラスターを置き去りにしていったレーシェを恨んでいるならば、恨み続ければいいと。許せないならば、許さないままでいればいいと。
「ボクの考えで、ボクが決めていいんだよね?」
「まぁ、嬢ちゃんの気持ちだからな。俺にとやかく言えはしねぇよ」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして?」
ラスターは、あの日の答えを知らない。もしかしたら、知らないままの方がいいのかもしれない。中断を余儀なくされてしまったけれど、ラスターが知りたい答えは、レーシェの考えでしかないのだ。
ラスターがどうしたいか。その判断を下すのは、レーシェではない。ラスターなのだと、リディオルは言う。
──本当に?
すっきりしたはずなのに、胸のあたりが落ち着かない。もやもやと、ぬぐえない小さな異物がそこに居座っている。
二人の言葉は似ている。リディオルのひと言で、あの日のレーシェを思い出したくらいだ。だからこそ考えてしまう。その中身は、本当に同じなのだろうか。
「──ラスター!」
朗らかな声音につられ、ラスターはそちらへと首を動かす。
先ほどまで羽織っていた外套は、杖と一緒に小脇に抱えられている。やはり、暑かったようだ。自分の役目も外套の役目も終わったのだと言いたげに、ユノは軽やかに走ってくる。
「ユノ」
挙げようとした左手を途中でやめて、代わりに足を速めてきた。駆け寄ってくるユノの額に浮かぶ汗さえ、爽やかに映って。
「引き継ぎはちゃんとできたかよ?」
「はい、ばっちりです! アルセ殿に託してきました」
息を切らしもせず、ユノは溌剌とした回答をする。ラスターもつられて笑顔になったのに、なぜか隣でため息が吐かれた。
「何です?」
「いんや? 元気があって何よりだ。嬢ちゃんがおまえに話だとよ」
「話、ですか?」
「ああ。それと、引き継ぎ終わったなら、これ没収な」
「は──えっ」
リディオルは同意を得るより早く、ユノが抱えていた杖だけを取り上げてしまう。焦ったのはユノだ。落ちそうになった外套を寸前で押さえ、取られた杖に抗議する。
「ちょっと待ってください! それがないと、オレ、魔法が──!」
「やっぱり使う気だったろ、おまえ。弔火のときだけっつったろうがよ」
「そう、です……けど」
「弔火が終わったら塔にこもります、リディオル殿もカルム殿もいるので危なくありません。誰の言葉だっけか?」
「……オレ、ですね」
「じゃあ必要ねぇな?」
「それは、予定どおりそうしていた場合の話です。今は、状況が変わりましたから」
言葉少なに肯定していたユノの口調が、がらりと変わる。
「──へぇ?」
楽しげに笑うリディオルへ挑むかのように、ユノは語調を強めた。
「万が一もう一度襲われそうになったとき、今の私には自分を守る手立ても、ラスターを守れる術もありません。己の身を守るため、ラスターの身を守るため。リディオル殿、杖を返してください」
ラスターは目を擦る。ラスターが詰問されたときとも、リディオルにからかわれていたときとも違う。これは、誰だろう。
前治療師を葬送するとき、ユノの左腕を制限していたあの包帯はない。それでも動かし辛いことに変わりはないのだろう。抱えられていた外套は左腕に移され、くったりとしている。右腕と同じようにというには、少しばかり心もとない持ち方で。
ユノは右手を差し出したまま。リディオルは杖を持って両腕を組んだまま。
真顔で相対する二人を交互に眺めていると、やがて息の吐かれた音が聞こえた。
「──男子、三日会わざれば刮目して見よ、か」
根負けしたように、リディオルは両腕をほどく。リディオルが吐いたのは、息よりも諦めに近かった。
聞いたことのない文句に、首をひねったのはラスターだけではない。ユノも目を瞬かせていた。
「何です? それ」
「独り言だ」
「はあ。でもオレ、毎日リディオル殿にお会いしてますよ?」
「……そうだな。おらよ」
渋面となったリディオルからずいと出された杖に、ユノの目がまんまるく見開かれる。
「返してくれるんですか!?」
「いらねぇならやめるぜ」
「い、いりますいります! ありがとうございます!」
慌てて杖に飛びつき、ユノは顔を輝かせながら受け取った。まるで、これを逃してしまったら、二度と返してもらえないと言いたそうに。
別人のように頼もしく見えたユノが、一瞬で元のユノに戻る。同一人物なのに、別々の人を見ているようで、ラスターは不思議な感覚に陥った。リディオルがさっき言ったことと、関係があるのだろうか。
「ではリディオル殿、ちょっと抜けてきます」
「おー。陽が落ちる前までには戻れよ」
「はい! それじゃあラスター、行きましょうか」
ラスターを呼ぶユノは、もうすっかりいつものユノだ。
どうしてだろう。ひとつの動作。会話。二人のやり取り。それでしかなかったのに。
──変なの。
リディオルに向き合ったユノが、いつものユノとは違って見えたのは。