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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
六章 アルティナ王国Ⅲ
135/207

135,変わらぬコトと変わるモノ


 気になってしまったのは言葉だけではない。リディオルのしぐさや表情が、あの日の誰かと重なった。

 聞けていない回答を。中途になってしまった問いかけを。

 あれほど知りたかったのに、なぜ今の今までラスターは忘れていたのだろう。

 ──許さないで。

 会うだけが目的ではなかった。ラスターは彼女の真意を知るために、祖母の元を離れて故郷から出てきたのだ。ひたすらに答えを求めて、彼女を探していたのに。


「嬢ちゃん?」


 ひらひらと振られた手。たどっていくと、リディオルの顔まで行き着いた。


「──なに?」

「いきなり反応なくなったから、どうしたかと思ってよ」

「うん、ちょっと……考えゴト、かな」

「嬢ちゃんもシェリックも、世界に入り込むのは一緒だな」

「そう?」


 へへへと、笑ってごまかす。

 似たような言葉を、かつてラスターは言われたことがあると、わざわざ説明するほどでもないだろう。同じだったのだろうか。リディオルの心情も、あの日のレーシェの気持ちも。

 ラスターは、レーシェに判断を委ねられたのかもしれない。今リディオルが言ったように。ラスターを置き去りにしていったレーシェを恨んでいるならば、恨み続ければいいと。許せないならば、許さないままでいればいいと。


「ボクの考えで、ボクが決めていいんだよね?」

「まぁ、嬢ちゃんの気持ちだからな。俺にとやかく言えはしねぇよ」

「わかった。ありがとう」

「どういたしまして?」


 ラスターは、あの日の答えを知らない。もしかしたら、知らないままの方がいいのかもしれない。中断を余儀なくされてしまったけれど、ラスターが知りたい答えは、レーシェの考えでしかないのだ。

 ラスターがどうしたいか。その判断を下すのは、レーシェではない。ラスターなのだと、リディオルは言う。

 ──本当に?

 すっきりしたはずなのに、胸のあたりが落ち着かない。もやもやと、ぬぐえない小さな異物がそこに居座っている。

 二人の言葉は似ている。リディオルのひと言で、あの日のレーシェを思い出したくらいだ。だからこそ考えてしまう。その中身は、本当に同じなのだろうか。


「──ラスター!」


 朗らかな声音につられ、ラスターはそちらへと首を動かす。

 先ほどまで羽織っていた外套は、杖と一緒に小脇に抱えられている。やはり、暑かったようだ。自分の役目も外套の役目も終わったのだと言いたげに、ユノは軽やかに走ってくる。


「ユノ」


 挙げようとした左手を途中でやめて、代わりに足を速めてきた。駆け寄ってくるユノの額に浮かぶ汗さえ、爽やかに映って。


「引き継ぎはちゃんとできたかよ?」

「はい、ばっちりです! アルセ殿に託してきました」


 息を切らしもせず、ユノは溌剌はつらつとした回答をする。ラスターもつられて笑顔になったのに、なぜか隣でため息が吐かれた。


「何です?」

「いんや? 元気があって何よりだ。嬢ちゃんがおまえに話だとよ」

「話、ですか?」

「ああ。それと、引き継ぎ終わったなら、これ没収な」

「は──えっ」


 リディオルは同意を得るより早く、ユノが抱えていた杖だけを取り上げてしまう。焦ったのはユノだ。落ちそうになった外套を寸前で押さえ、取られた杖に抗議する。


「ちょっと待ってください! それがないと、オレ、魔法が──!」

「やっぱり使う気だったろ、おまえ。弔火のときだけっつったろうがよ」

「そう、です……けど」

「弔火が終わったら塔にこもります、リディオル殿もカルム殿もいるので危なくありません。誰の言葉だっけか?」

「……オレ、ですね」

「じゃあ必要ねぇな?」

「それは、予定どおりそうしていた場合の話です。今は、状況が変わりましたから」


 言葉少なに肯定していたユノの口調が、がらりと変わる。


「──へぇ?」


 楽しげに笑うリディオルへ挑むかのように、ユノは語調を強めた。


「万が一もう一度襲われそうになったとき、今の私には自分を守る手立ても、ラスターを守れる術もありません。己の身を守るため、ラスターの身を守るため。リディオル殿、杖を返してください」


 ラスターは目を擦る。ラスターが詰問されたときとも、リディオルにからかわれていたときとも違う。これは、誰だろう。

 前治療師を葬送するとき、ユノの左腕を制限していたあの包帯はない。それでも動かし辛いことに変わりはないのだろう。抱えられていた外套は左腕に移され、くったりとしている。右腕と同じようにというには、少しばかり心もとない持ち方で。

 ユノは右手を差し出したまま。リディオルは杖を持って両腕を組んだまま。

 真顔で相対する二人を交互に眺めていると、やがて息の吐かれた音が聞こえた。


「──男子、三日会わざれば刮目して見よ、か」


 根負けしたように、リディオルは両腕をほどく。リディオルが吐いたのは、息よりも諦めに近かった。

 聞いたことのない文句に、首をひねったのはラスターだけではない。ユノも目を瞬かせていた。


「何です? それ」

「独り言だ」

「はあ。でもオレ、毎日リディオル殿にお会いしてますよ?」

「……そうだな。おらよ」


 渋面となったリディオルからずいと出された杖に、ユノの目がまんまるく見開かれる。


「返してくれるんですか!?」

「いらねぇならやめるぜ」

「い、いりますいります! ありがとうございます!」


 慌てて杖に飛びつき、ユノは顔を輝かせながら受け取った。まるで、これを逃してしまったら、二度と返してもらえないと言いたそうに。

 別人のように頼もしく見えたユノが、一瞬で元のユノに戻る。同一人物なのに、別々の人を見ているようで、ラスターは不思議な感覚に陥った。リディオルがさっき言ったことと、関係があるのだろうか。


「ではリディオル殿、ちょっと抜けてきます」

「おー。陽が落ちる前までには戻れよ」

「はい! それじゃあラスター、行きましょうか」


 ラスターを呼ぶユノは、もうすっかりいつものユノだ。

 どうしてだろう。ひとつの動作。会話。二人のやり取り。それでしかなかったのに。

 ──変なの。

 リディオルに向き合ったユノが、いつものユノとは違って見えたのは。




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