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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
六章 アルティナ王国Ⅲ
133/207

133,弔火が昇る、雲の先

 

 初めの頃より細くなった白い煙。

 天に向かうのだというよりは、天から垂らされた一本の糸に思える。

 糸を伝って下りてくるのは誰か。あるいは、その糸に引かれて上っていくのか。リディオルには、どちらの姿も見出せない。

 糸を隠すように空は半分ほどが雲で埋まり、絶え間なく形を変えて空を旅していく。糸にいるはずの誰かが見えないのは、そのせいもあるのだろうか。空を見上げてもわからぬように。ひっそりと帰れるように。その糸は、人と空との、盟約の印だ。


「珍しいすね、リディオル殿。おはようございます」

「はよ。珍しいって、何がだ?」


 空の果てなどではなく、地上からやってきた姿。気づいてはいたから、そのうち話しかけてくるだろうと思っていた。

 昨夜カルムと交代したばかりだから、睡眠時間が長くても構いはしないのに。


「だってリディオル殿、昼より前に起きてくるの、雨予報くらいしかないじゃないすか」


 リディオルの考えを読んだかのようだ。しかし、挨拶の次に失礼なことを言わずともいいものを。


弔火ちょうかに限らず誰よりも動いてるっつーの」

「率いるって感じじゃないっすもんね」

「俺が一から十まで指示しなくてもできんだろ。必要があれば、その都度指示は出す」

「助かりますっす」

「初めからそれを言えよ」


 世辞でも社交辞令でも、失礼極まりない発言よりは幾分かましだ。


「ありがたいっす」

「はいはい」

「尊敬してますっす」

「……嘘くせぇ」

「本当っすよ。あとは、ええっと」

「あとはいらねぇよ」


 どう考えても無理やりひねり出そうとしているアルセを制止する。

 前言を撤回しよう。あからさまな世辞や社交辞令は聞くだけで疲れる。


「弔火は今夜までっすよね。エリウス殿、空に届きましたすかね?」


 亡くなった人の魂は天へと還り、星となって夜空に瞬くのだという。何もリディオルが実際その光景を見たのではない。あくまでもそうなるのだと言われているだけ。

 目に見えない事象は想像で補うしかないから、必ずそうなるのだと明言はできない。

 ──君、面倒くさがりなところ、僕と似てるから。

 笑ったリディオルへ、彼はこうも言った。

 ──でも君は、面倒くさがりなくせに、頼まれたら断れないお人よしだよね。


 言葉に詰まるとはああいうときを言うのだろう。思わぬ言葉をかけられて、とっさに反応できずにいて。リディオルにそんな賛辞は似合わない。もっと、ふさわしい人物へかけるべきだ。

 上る煙を伝って、もしくは煙の中に紛れて。送った彼の魂が、無事に星となってくれるように。

 見守れとは言わない。そこで見ていればいい。昼寝でもしながら、気が向いたら眺めるくらいでいい。どうせ、面倒くさいと言われるだろうから。

「さぁな。あの人のことだ。今からでもいいかな、とか言いながら向かいそうな気はするが」

 自分の調子を保ったまま、という項目であれば、エリウスに勝てる者はそうそういないだろう。


「いかにも言いそうっすね」

「最後まで自己流を貫いていきそうだからな」


 それも、周囲の状況などお構いなしに。彼ならば、ありえる。

 託されたことはこなした。いつかリディオルがそちらまで行ったなら、胸倉をつかみ上げて文句をぶつけてやろうと決める。当分先になるだろうから、それまで忘れずにいられるかが心配だが。


「受継、どうだったんすか?」


 同じように返しかけ、舌に乗せかけた言葉を口内に留める。

 叩きあっていた軽口とは違う気配。答えを待って、結ばれた口。ひたと据えられた目。

 うかがうような様子に、見当がつく。世間話の応酬ではなく、アルセが初めから聞きたかったのは、これではないかと。

 アルセにとって初めて起きた受継。興味津々で知りたい、そんな顔ではない。揺らいだ目の奥の思考は読めない。


「滞りなく済んで、新しい治療師様が誕生したぜ。喜ばしいことだ」

「それにしちゃ、全然そんな風に見えないっすけど。顔、怖いっすよ。リディオル殿」

「悪かったな。元からこんな顔だ」

「元からって」


 構えられていたアルセの緊張感が解かれる。

 聞きたかったのは受継についてではないのか。リディオルはアルセから意識を外し、後ろの壁に寄りかかった。

 すると、アルセはご丁寧にリディオルの目の前までやってきて、指を差してきた。


「普通は眉間にしわなんか寄せないんすよ。今回の受継、何かあったんすか?」

「何もねぇよ」


 片手を振ってアルセの指を追い払う。何かというほど、特別なことは起きていない。

 前回の受継を引き合いに出そうとしてやめる。リディオルは当事者だった。特に何を感じるでもなく終わった覚えしかない。引き合いに出したところで、参考にならないだろう。むしろ参考にされても困る。

 ようやく一人追加された賢人の座。どうしてここまで滞っているのか。気がかりなのはそちらの方だ。まるで、本来の体制に戻るのがおかしいような、ちぐはぐさが残る。嫌な感じだ。


「受継でないなら、ユノっすか?」


 中断せざるを得なかった思考。何を言うのかと目だけを向け、アルセの次の言葉を待つ。


「怪我したユノがいっくら心配だからって、そんな顔してたら誰も寄ってこなくなるっすよ」


 こーんな顔して、と律儀に真似までしてくれる。おかげさまで、リディオルが浮かべているであろうその顔を、客観的に見ることができた。似ているかどうかはともかくとして。


「ほーう。お優しい後輩がいてくれるとわかりやすいもんだなぁ」

「ってリディオル殿、なんで半眼になってるんすか!? 余計に怖いっすけど!」


 そのお優しい後輩であるところのアルセは、リディオルから一歩ばかり遠ざかる。悪気がないだろうし、けなしているのでないのもわかる。全て、アルセの本心からだということも。

 だからと言って、何でもしていいわけではないだろうに。指摘されてしまうとは、それほどまでに表面に出してしまったということ。リディオルの失態だ。吐きたかったため息を飲み込み、両腕を組む。


「……別に、心配してんじゃねぇよ」


 アルセからユノへと視線を移す。ユノとアルセが点けた火を、朝方にはカルムから継ぎ、今はユノが一人で維持し続けている。

 当初、カルムから引き継ぐのはリディオルの予定だった。ユノの調子を考慮に入れたうえで決めたのだが、直前になってユノが懇願してきたのだ。保つだけなら一人でもできると、だからやらせてほしいと。その熱弁に押し負け、最後にはリディオルが折れた。


「素直じゃないっすねー」


 ししし、と笑いながら、アルセはユノの元へと向かう。ユノと交代をするために。

 そう、別に心配はしていない。過保護なわけでもない。

 ただ、気にかかるだけだ。


「なんであいつ、あんなに動きたがるんだろうな……」


 リディオルの、魔術師の背中を見て、そこに続きたくて? ──どうも、それだけではないように思えてしまって。

 必死さと、何かに急かされているような焦りと、作業に没頭したい素振り。まるで、余計なことを考える暇などいらないというかのように。

 垣間見える年相応な様子が本来のユノだろうに、それを置き去りにしているような。


「天才少年様の重圧かねぇ?」


 その重さでつぶれてもらいたくはない。リディオルがユノを天才と呼ぶのは、理由があるからだ。最年少として賢人見習いとなった、それだけではない理由が。

 目を閉じ、開くと同時に思考を切り替える。

 ユノが動けるようになったのなら、リディオルも動かねばなるまい。頓挫していた策を、ようやく展開できるのだから。




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