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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
六章 アルティナ王国Ⅲ
130/207

130,照らす灯りは儚くも


 光を求めて近寄るのは、虫や獣に限らず、人間とて同じだ。

 一歩先の判別すらできず、踏み出すのを躊躇ちゅうちょする完全な闇の中では、己の存在ですらあやふやになりそうな感覚がある。

 光を届ける太陽の力は、いち人間でしかないリディオルには計り知れない。推し測ることすらおこがましい。けれど、太陽ほどではなくとも、光を生み出す灯りという技術がもたらす恩恵は、感謝するだけでは補って余りあるほどだ。

 慣れてしまえば暗闇の中も恐ろしくはない。味方につけてしまえば、気配を隠すのに、これ以上最適な存在はないからだ。人の目は陽の光にならされてしまっている。だから、慣れていない暗闇に乗ずるのは、人の目を欺くのに適している。


 とはいえ。

 隣で灯りを仰ぎながら文字を綴っていくカルム。彼の頭上には煌々と光る外灯がある。

 ここにいるのは便宜上だった。けれど、結果的に光を求めたことになるのだろう。今のリディオルたちにとっては、必要な道具だったから。じりじりと燃料を焦がす音がする。点けたときと明るさは変わらない──はずだ。夕方に見た感覚と日が暮れきってしまった今とで、周囲の明るさに違いはあれど。

 筆記具を動かしていたカルムが、ついと顔を上げた。


「……これで最後です」

「助かるぜ」


 リディオルが眺めていたのは、今まで調べていた中の、最後の一本。外にある灯りの保ち具合を書き留めていたカルムが、その用紙を木板ごと差し出してくる。

 数は全部で十二。実際の数量はその倍ほどあるけれど、本数を絞った結果だ。何も怠っているわけではない。今日と明日、二日間で全て回りきるつもりだ。


「燃焼時間に相違なし。ひと晩保ちゃ、十分だろ」


 導入した初日とほぼ同じ。燃料の減り具合も含めて、だ。注ぎ足して回らすとも大丈夫だろう。


「……施行できそうですね」


 今のところ、灯りが持つのはひと晩のみ。朝が来たら、次の夜が来る前に、燃料の油を足しに来なければならない。予め別の容器に詰めておけばここで足す作業はなく、替えるだけの手間になるのだが、それでも全ての外灯で行うのは手間がかかってしまう。


「ああ。いちいち替えるのが手間だな」

「……改良案はアルセが奮闘しています」

「それ待ちっちゃあそれ待ちだが、手がかかる以外に問題はねぇよ」


 伝達の度合い、時間の調節、灯りの強さ。

 できることはひと通り試し、確認したはずだ。あとは実際に行ってみて、不具合がないか、確かめるしかない。実行するより先にユノに怪我を負わせてしまったことは痛手だったが、それすらも精算できるのではないだろうか。

 ──できる、できないではない。してみせる。そのための策だ。

 これ以上、被害を広げないためにも。


「──リディオル殿!」


 そこへ、洋灯を持ち歩いていたユノが、小走りで戻ってくる。

 灯りが届く範囲でしか見えないだろうに、器用なことだ。感心はしたものの、ひとつ言わせてもらわなければなるまい。


「走るな。危ねぇよ」

「空気抵抗を受けても消えないかどうかの確認です」

「硝子で覆ってんだから、空気抵抗を受ける可能性はほぼねぇだろ。よっぽどぶん回したりしない限りはな」

「そうですけど、隙間から風が入らないかとか、平衡が崩れても炎が消えたりしないかとか、そういった確認も兼ねてですよ」

「そいつを持って走る事態は想定してねぇぞ」


 それこそ命の危険を感じて逃げなければならないような状況だ。そんな事態に遭遇したなら、灯りを投げ捨てて逃げた方がよほど賢明だ。わざわざ灯りを持って、居場所を教えたりはしないだろう。


「あるかもしれないじゃないですか。夜に急いで向かわなきゃならないときとか。灯り持って競争したりとか」

「ねぇよ」


 ユノが想定していたのは、どうやら命が危ぶまれるような緊急事態ではなかったらしい。リディオルは苦笑いするだけに留めた。


「それで、洋灯の方なんですけど、数刻でしたら保ちそうです。油を入れられる量が限られるので、外灯ほど長くはいきませんでした。これ、お願いします」

「おうよ。ま、保ってもそのぐらいだろ。外灯と同じくらいの期待はしちゃいねぇよ」


 話しつつ、手ずから灯りを受け取る。中の炎は、渡した当初よりもひと回り小さくなってはいるが、夜道を照らすだけならば大丈夫そうだ。油の残り具合からしても、あと一、二刻は灯し続けてくれるだろう。

 ユノがずっと持っていたせいか、持ち手がほんのりと温かい。リディオルの元へと戻ってきた灯りが、わずかに揺らめいた気がした。


「ご苦労様。カルムはアルセと交代だな。寝てこいって言っといてくれ」

「……承った」

「ユノはここまでだ。ちゃんと休めよ」


 自分も動くのだと言って聞かなかったため、こうして試行につきあわせていたのだが、条件はつけさせてもらった。それがわかっていたからか、ユノもおとなしく頷く。物足りない様子はにじみ出ていたけれど、約束は約束だ。


「はい、それを承知で許してもらったので──あ」


 見つけた何かに、ユノは声を上げる。視線の先を追って振り返ったリディオルは、暗闇の中へと目を凝らす。室内の光が漏れている位置で、こちらにやってくる彼を見つけた。


「シェリック殿。どうかなさったんですか?」

「ああ、ちょっとな。そっちこそ、魔術師が勢揃いしてどうしたんだ?」


 勢揃い、というには一人足りない。しかし説明するほどではなかったので、ユノからもらった灯りを掲げることで応えた。


「伝達灯の最終確認だよ。これで、夜間の警備も強化できたんじゃねぇかと思ってな」

「そうか……」


 シェリックが目を伏せる。


「まだ確認するのか?」

「いんや、ここまでだ。何かあったかよ?」


 すると、シェリックは左手に抱えていた包みを両手に持ち替える。


「レーシェに渡されたんだが、少しもらってくれないか? 一人だと多くてな」

「へぇ……」


 おもむろに開いた包みの中を、ユノと二人して覗き込む。漂ってくる香ばしい匂いは、どうやらそこからだったようだ。

 包みの中から現れたのは、茸や野菜、肉などを、小麦や卵を使った生地に乗せて焼いた料理だった。

 見覚えがある。かつて食べた覚えもある。レーシェがたまに作っていた、彼女の得意料理だ。以前はよく作ってくれていたものの、最近ではお目にかからなかったからずいぶんと久しい。


「うわ、おいしそうですね!」

「懐かしいな」

「ああ。久しぶりに腕を振るったと言っていた」


 目を細めたシェリックが思い出しているのは、いつかの光景か。きっと、リディオルが浮かべた記憶と似たようなものだろう。


「とっておけば、明日も食べれるんじゃねぇの?」

「それも考えたが、焼きたてなのにすぐに食べないのはもったいないだろう」

「まぁ、そうだな」


 食にこだわりはないが、それでもできたてがおいしいというのには同意できる。


「じゃあ、少しいただく。カルム、おまえは?」


 首をめぐらせて尋ねれば、カルムは否定の返事をした。


「……肉は受けつけない」

「そうだったな。じゃあ、俺とユノ、アルセの分で──」

「……すいません。やっぱり、俺も遠慮していいですか?」


 申し訳なさそうに、ユノが片手を挙げる。

 おいしそうだと声を上げていただけに、その返答は予想外だった。続く言葉を、ユノはリディオルから目を逸らしながら小さくつぶやく。


「オレ……茸、食べられないです……」


 言い辛そうにしていたのはこのためか。


「この際、克服すりゃいいんじゃねぇか?」

「無理無理無理、絶対無理です! 小さい頃に中毒症状出して以来、食べれた試しがないですから! 茸の出汁とかも駄目です!!」

「あー……そりゃ、やめといた方がいいかもしれねぇな」


 好き嫌いも人それぞれだ。

 嫌いでなくとも、カルムのように身体が受け付けない者もいる。


「……アルセも、遅くには食べないと話していた覚えがあります。太る、と」

「そういや、食事制限してたな。あいつ」


 どうやらアルセは繊細な年ごろというものらしく、腕の太さを告げたカルムに烈火のごとく怒っていた。以来カルムは、アルセの前で容姿だの体重だのの話を控えている節がある。

 そのわりにどこそこの料理はおいしいだの、お菓子の流行だの、そういった情報の発信源はほとんどアルセだから、人とはわからないものである。


「つーわけで、俺の分だけもらうわ」

「わかった。ありがたい」


 包みごと半分にわけられた料理を受け取る。窯から出して時間も経っていないのか、思った以上に熱かった。熱いが、触れないほどではない。

 昔もよくこうしてわけ、食べたのだったか。リディオルがまだ、『リディオル』と呼ばれていなかった頃に。

 笑ってしまう。回顧の念を催させるほど、年月に頓着はなかったはずだ。見かけなかった時間の流れに、懐かしさを覚えるなど──


「ありがとよ」


 リディオルは早々にしまい込み、おくびにも出さずに礼を言う。


「どういたしまして。レーシェに礼をしておけよ。きっと、喜ぶ」

「ああ。そのうちな」


 もう、昔と同じではない。まったく同じものなど、ここに存在しない。

 昨日より、今日より、明日はもっと変わる。その先だって、変わり続けていく。

 たとえ懐かしんでも、同じ日はやってこない。繰り返さないように、少しでも、小さくとも、前に進むのだから。

 同じ過ちだって、犯しはしない。




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