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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
六章 アルティナ王国Ⅲ
125/207

125,始まりを継ぐ英雄譚


「──その件はまた日を改めて、ラディラ共和国に向かおうと思っています」

「ええ。お願いします」


 壇上のシャレルの背後には、護衛の長が厳かに控えている。シャレルにつく彼は、賢人の一人。常に彼女の傍にいて、彼女を守る者。その身にまとう鎧が物々しく、比較したシャレルをより華奢に映した。

 キーシャの後ろにいるナクルも、同じように見られているのだろう。護衛長ほど屈強な体格ではないにしろ、負けないくらい頼りになるのは間違いない。それは何も、ひいき目に見ての判断ではなく、彼を知るからこその言だ。


「それと、お母様。その……」


 報告とは別に、準備していた言葉があった。

 訊くべきか、訊かざるべきか。迷いとためらいが口の滑りを悪くする。これでは歯切れの悪いなどとも言われてしまう。

 悩んでいる場合ではない。何も知らないままでいるよりはいい。

 そう心に決め、面を上げたキーシャが見たのは、どこかへ首をめぐらせているシャレルだった。

 耳を澄ませ、遠くの何かを捉えようとしているような。


「お母様? どうか、なさいました?」


 会話の最中、他に意識を持っていかれているのが珍しくて、キーシャはつい尋ねてしまった。


「いえ、そろそろ受継が終わった頃合いかと思いまして」

「受継、ですか……」


 治療師エリウス=ハイレン。

 キーシャも報告は受けている。今までの治療師になりかわって、新しい人物が治療師になるのだと。そのための受継という儀式は、本日行われるのだと。

 名だけ同じで、キーシャの知る人物とは別人になる。新しい治療師を知らないわけではない。何度か顔を合わせているし、人柄の良さも耳にする。

 新しい治療師に不満なのではない。文句があるのでもない。

 ただ、どうしたって考えてしまう。賢人が殺された一連の事件を。そこに囮として据えられた、キーシャと同年代の少女を。彼女が受けた、受継ならざる受継を。


「どうして、受継なんて制度があるのでしょう」


 開いた口から出てきたのは、準備していたものとはほど遠い言葉だった。

 名前と星命石が引き継がれて、永劫絶えずにいる。新たな名前を与えられたなら、その人が本来持っていた名前は? 名乗られることなく、失われてしまうだろう。

 仮初めの薬師となった彼女が、もし本来の受継を受けたなら? 本当の賢人としてそこに就いたなら? キーシャが今呼んでいる彼女の名前は、二度と使われなくなるだろう。


「名は、その方の証ではないのでしょうか。名前とは、生まれて初めて与えられる贈り物です。それをないがしろにするようで、私には受継の必要性を感じません」


 凝視されているのがわかる。十二賢人の一人、護衛長の前で言うことではないともわかっている。キーシャは賢人たちを排除したいわけではない。受継という方法がなくとも、人がその地位につけばいいのではないのだろうか。どうしてそこに、名前の排除という儀式が存在するのだ。

 突拍子のない話かもしれない。けれど、キーシャは長らく考えていた。なぜ受継があるのか。名を継ぐ意味は。そこにれっきとした理由があるのかと。

 歴史を紐解いても、どれだけ考えても、キーシャにはわからなかった。

 キーシャが訊こうとしていた内容ではなくとも、これもシャレルに伝えたかった意見で、訊きたかった疑問だ。答えを求めて、シャレルの顔を穴が空くほどに見つめる。


「賢人をなくしたいと、そうおっしゃるの?」

「そうではありません、お母様。この国に賢人たちが必要なことは重々承知しています。ただ、賢人たちの名は、なぜ元々個人が持つ名を捨ててまで継がれていかなければならないのかと思っただけです」

「そう……」


 伏せられた目は思考に沈んでいるのか。逡巡しゅんじゅんしているのなら、何を決めかねているのか。やがてシャレルは、穏やかに告げた。


「──ラビア、ナクル。少し席を外していただけるかしら。キーシャと二人で話をさせてくださる?」

「──はっ」

「かしこまりました」


 控えていた護衛の二人を退出させる。出て行く彼らの背中を見送り、音を立てて閉まる扉に後ろ髪を引かれた。賢人の一人であるラビアにも、訊いてみれば良かった。元の名を名乗らなくなることは、苦ではないのかと。

 もしもナクルが護衛の長になったなら、もう二度と『ナクル』とは呼べなくなる。受継とは、そういうことだ。


「キーシャ、この国になぜ受継があると思いますか?」


 そう話し始めたシャレルへと向き直る。話してくれるのはわかるが、二人を退けることはなかったのではないか。


「国に必要な人材を途絶えさせないため、でしょうか?」


 シャレルは微笑むだけで何も答えない。違う、ということだろうか。


「あなたには、まだ話していませんでしたね。なぜ、受継があるのかを。なぜ、賢人の名を継がなくてはならないのかを」

「──はい」


 キーシャは神妙に頷く。

 受継という制度は当たり前すぎて、何の疑問も感じなかった。前回の受継が起きたときも、そういうものだという感想しか抱いていなかった。

 治療師の受継。亡くなった彼の代わりに継がれる地位。前にエリウス=ハイレンと名乗っていた人物。その彼を慕っていた治療師見習い。偽物でしかない薬師となった彼女。

 どうして名を変えねばならないのか。その人がその人である証を捨てさせてまで、その地位に就かせなければならないのかと。


「受継は、この国の起こりと深く関わりがあるからです」

「アルティナ王国の起こり?」

「ええ。かつて海賊と呼ばれた、ヴェノム=サーク=アルエリアはあなたもご存じでしょう」

「それは、知っていますが……」


 アルティナだけではない。物語の舞台である港町ルパでは、誰もが知っている話だった。それがおとぎ話ではなく、現実に起きたことなのだという点も含めて。


「伝えられている英雄譚には、表向きには語られていない話があることもご存じ?」

「いえ……」


 ルパでは英雄として語り継がれていた。誇らしかったのだ、キーシャは。アルティナの初代国王が、そのように語られていて、名誉だと思ったのだ。


「初代国王とその妃──アルエリア王と、セルティナ王妃。そして十二人の賢人。彼らには、彼らだけしか知らない秘密がありました」

「秘密?」

「ええ、そうです」


 シャレルは語り始める。眠れない子どもに聴かせる子守歌のように。キーシャがまだ知らない、アルティナという王国の起源を。受継が必要とされる、その理由を。




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