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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
五章 アルティナ王国Ⅱ
108/207

108,示す未来は定められて


 向こうからやってくる人物と目が合う。見知った者だった。


「奇遇ですね、レーシェ殿」

「そうね」


 互いに会釈をして通り過ぎる。王宮のどこでも見られる光景となるはずだった。


「受継が起きるわ」


 彼女のひと言がなかったならば。

 足を止めたことを後悔する。意外な言葉ではなかった。王宮の現状を考えたなら、遅かれ早かれ起こっていた事態だ。立ち止まってしまった自分は、少なからず予想外だなんて思っていたのか。あるいはどこかで受継なんて起こらないと高をくくっていたのか。

 理由が何であれ、彼女のひと言に興味を持って覚えてしまったのは事実。そのまま何食わぬ顔で足早に去ってしまえば良かったものを、これでは彼女の策にかかってしまったも同然だ。


「――どなたが」


 早々に諦めて彼女に向き直り、ことの詳細を問いただす。


「治療師の見習い。ルース=フォルティス」


 それを見てか、彼女もとどまる体勢になった。まるで、こちらが聞くそぶりを見せなければ、そのまま立ち去るつもりでいたのだと、そんな気配をにじませて。

 治療師。その席は、空いてから間もない。


「まだ正式に了承は得ていないけれど、時間の問題でしょうね。迷うそぶりは見せていても、心は決めているでしょう」

「そうですね……なぜ、でしょう。治療師の受継から起きるのは」


 順当だというのなら、治療師より先に決めなければならない賢人がいる。判官も、鉱石学者も、楽士も、治療師より前に空いている。賢人のその座は未だに不在だ。それなのに、治療師は決まるのだという。どの賢人より先に。


「どうしてかしらね? シャレル様の命ではあるけれど、早急と言うならそのとおりだわ」


 治療師の座を早々に決めなければならなかったからか。治療師を空けてはならないからか。それとも、他の賢人を定められない理由でもあるのだというのか。


「次はあなたの番かもしれないわよ、フィノ殿」

「お戯れを」


 望んでいない地位ではない。本気と冗談の狭間で。試されるように問われるならば、こちらは受け流すだけ。冗談だと笑うにはあまりに重く、本気で受け止めるには気が引ける。

 もしも任命されたなら、受諾する覚悟と意志が自分にあるだろうか。


「早ければ明後日。あなたも準備はしておきなさいな」

「ええ、かしこまりました」


 いく数年ぶりかの、受継が起きる。



  **



 ――どうして……なんで、なんでだ……っ!


 未来を占じることは一度きり。それ以上は、してはならない。目の前の結果を受け止め、受け入れなくてはならないのだと教わった。

 あのとき占じたのは一度ではなかった。望まぬ結果を信じられず、認めたくもなく、教えに背いて何度も占じた。夜が白み、星が消えてしまうそのときまで。

 そして、その度に思い知った。どれだけ占じようと、どんなに求めた答えではなかろうと、結果が変わることなどないのだと。

 それは、いついかなるときに行おうと、同じであるのだと。


 シェリックは息を吐く。星は嘘を吐かない。空よりも忠実で、心に寄り添いもせず、ありのままを語ってくれる。ねじ曲げるのは人だ。読み取る人間の心情と願望とが混ざり合い、おかしな解釈に変えてしまう。

 告げられたありのままと語る。偽りなく、求められた結果とは違おうとも。それが占者の使命。占星術師と呼ばれる自分が、星から告げられた答えを教えるために。

 リディオルに頼んでよかった。訊かねばならないこともできたし、ここまでにしておこう。


「ラスター、悪い」


 話したのは差し入れを手渡されたきり。星をみることに集中し過ぎて、ほったらかしにしてしまっていた。

 振り返ったシェリックは、同時に見てしまう。そこに座っていたラスターが、長椅子の背もたれに背を預けて眠っているのを。


「ラスター? おい、起きれるか?」


 肩を揺さぶって呼びかけるも、起きそうな気配はない。塔の上りの階段で苦労していたようだし、彼女自身の疲れもあったのだろう。

 とは言っても、このままでは風邪を引きかねない。どうやら、シェリックがおぶって下まで行くほかになさそうだ。

 シェリックの知りたかったことは知れた。これ以上ここに留まる必要もはない。ラスターの戻りが遅くては、レーシェも心配するだろうし。

 持っていた書物を階段の終わりの段に置き、ラスターの元まで戻る。羽織っていた外套をラスターにまとわせ、包みを縛って外套の隠しに突っ込んだ。そうしてラスターを背負い、シェリックは階段を下り始める。

 反響する一人分の足音と規則正しい寝息を聞きながら、シェリックは思考をめぐらせる。

 占星術師へと戻ったこと。再会したレーシェ。殺されてしまったエリウス。セーミャが望んだ禁術。けがを負ったユノ。倒れたリディオル。

 そしてなにより、一番に考えなければならないことがあった。


「……レーシェに、なんて説明するかな」


 きっと盛大に嘆かれ、にらまれるに違いない。不可抗力だとはいえ。ラスターには明日また話をすればいい。ユノから預かった星命石も、返さなくてはならないから。

 森から見える王宮は、周囲に灯りが点在しているため明るい。昼間のようだというには明るさが足りないけれど、観測塔と比べると全然暗くない。

 王宮の廊下からぼうと光る灯りが見え、なんとなく目で追いかけてみる。手のひらほどの小さな灯りがゆらゆらと揺れ、シェリックのいる方へと向かってくる。シェリックがこのまま進んでいけば、そう遠くないうちにあの光と出くわすだろう。

 灯りを携える手元もぼんやりと見えた。幽霊なんてものは信じない性質なので、あちらからやってくるのは生身の人間だろう。

 ラスターを背負い直し、やってくる灯りの方へと向かう。手に持つ型の灯燭とうしょくは、ここ数日ですっかり見慣れた代物だ。ユノが手がけている外灯が今なおもなかったなら、王宮の人間はみんなこの灯燭を持ち歩かなければならないだろう。


「シェリック殿ではありませんか」


 いつの間にか、灯りは目の前で止まっていた。

 彼の持つ灯燭は目線の高さまで掲げられ、おかげで相手の顔がよく見える。シェリックの細めた目が捉えたのは、フィノだった。


「人に注意を促す割には、ずいぶん危機感が薄いんじゃないか?」

「そう見えますか?」


 思い出される昼間の会話が、フィノへの空気を気安いものへと変化させる。昔なじみだと知ったせいか、シェリックもどこか気を許している部分があるのかもしれない。


「ご心配なく。つい先ほどまでレーシェ殿とともにおりましたから」

「……大丈夫とは聞こえ難いが」

「それは心外ですね」


 フィノもレーシェも、賢人に連なる者だ。いくら二人が一緒にいたとしても、そのあと互いに一人になっては、安心などできないではないか。


「レーシェ殿でしたら、薬室に戻っていますよ」


 シェリックに負ぶさったラスターへちらりと目を寄越し、フィノは教えてくれた。


「小言をもらいに行ってくるさ」

「厳しい方ですね」

「こいつが何年も探していて、ようやく会えたんだ。探されていた側としても思うところはあるだろうが、甘やかしたくもなるんだろう」


 子どものいないシェリックには、その心境を完全にわかるとは言い難い。だから、想像の範疇はんちゅうでしか語れないけれど。


「女性にはお優しい方ですからね、レーシェ殿は」

「苦労するこっちの身にもなってもらいたいけどな」


 本人にとやかく言ったところで、変わりはしないだろうと予想がついてしまう。レーシェがシェリックの忠告に耳を貸したことなど、今まで一度もなかった覚えがある。


「お気をつけてくださいね、ディア」

「その言葉、そっくり返す」


 向かい合っていたフィノは一歩右へと動き、歩を進めてシェリックとすれ違う。


「――ディアって、シェリックなの?」


 小さな声が聞こえたのは、そのときだった。

 フィノまでもが足を止める。

 二人の目が注がれたのは一点。夢うつつから出された声音。シェリックの背中。


「シェリックにも、名前がふたつあるの?」


 口の中でもごもごと言いながら、起きがけのラスターは言うのだった。




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