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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
五章 アルティナ王国Ⅱ
102/207

102,手折る命の儚さは


「薬草園は見たことあるんだっけ?」

「――あ、ボク?」

「君以外に誰がいるの」


 ファイクとは薬室ではほとんど会話しなかったから、ラスターに話しかけているものだと気づくのに時間がかってしまった。


「うん。初めてここに来た日に」

「じゃあ、説明しなくてもいいかな……」


 ファイクの独りごとに返事はせず、無言で頷いておく。どこにあるかはわかるし、そこに何があるのかを全て教えてもらったとしても、きっと覚えきれないだろうから。

 見たことあるというより、迷い込んだと説明した方が正しい。あの日ラスターは、薬草園を目指していたのではなかったのだから。

 ラスターは左腕をぎゅっと握った。見渡した一面全てが薬草だったことに感動したけれど、苦い記憶ばかり浮かんでしまう。シェリックに一方的にわめき散らして、飛び出してきた先が薬草園だったから。

 ――ここまで来てくれて、ありがとうな。

 あれほど聞きたくない『ありがとう』は初めてだった。ラスターを巻き込んでしまったと、負い目に感じていたシェリックに突き放されて、さらには忘れろなんて言われて、ラスターは衝動的に逃げ出してしまった。あれがまだ、三日前の話だ。


 たまたま行き着いたのが、そうとは知らぬ薬草園だった。ところ狭しと植えられていた薬草に魅入られて、薬草の種類と量の多さに悔恨が湧いて。

 ユノやナクル、リディオルと出くわして、ラスターは彼らの言葉にいくらか救われた。ユノの気遣いに、ナクルの思いやりに、リディオルの常と変わらない調子に。

 よぎるのが感傷ばかりで、気持ちが沈みかける。これではいけない。

 気づけたなら、そこからどうするかの選択は自分次第だ。動かなかったらそれまで。変えたいなら、少しでも、一歩でも、動かないと。

 たとえ彼らにそんな気がなかったとしても、ラスターは助けてもらったから。今度はラスターが彼らの力になれるように。シェリックだけではなく、助けてもらった人たちの力になれるように。

 自分の頬を両手で二回叩いたら、ファイクにぎょっとされた。


「えっと……大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと、いろいろあったから」

「そ、そう……」


 その全部を語るには、少なく見積もっても半日くらいかかりそうだ。

 あんなにぎこちなかったのに、今はファイクと普通に話せている――とラスターは思っている。それがちょっぴり嬉しかった。


「薬草園ってすごい広いんだよね。でも、あれだけ種類があったら広いのもわかるや」


 ラスターの感想に、ファイクの目が二度瞬いた。


「え、もしかして一日で全部回ったの? 回るだけでも相当大変なのに」

「そう?」


 庭として考えるなら、ここの薬草園は段違いに広かった。家がひとつどころか、ふたつか三つは立てられそうな敷地で、薬草園だけでこんなに広くていいのかと思うくらいに。

 ――あれ、でも。


「薬草園って、こっちじゃないよね?」


 そう言えば向かっている方向が違う。ファイクが歩いていく方向は、薬草園とは真逆だ。どちらかというと街の方角に歩いている。初めて王宮に来たとき、ラスターが通って来た門の方へと。


「……君、もしかして外の薬草園しか見たことない?」

「え? 他にあるの?」

「だからかあ……なんか話がおかしかったわけだよ」


 納得したファイクとは違って、ラスターにはいまいちぴんとこない。何が食い違っていたのだろう。


「こっちにも薬草園があるってコト?」

「そうだよ。王宮の薬草園は、全部で三カ所にわかれてるんだ」

「三カ所? そんなに?」


 あれだけの広さがまだあるのか。


「そう。今向かってる暗室と、温室、それから君が知ってる外の薬草園。外が一番広いけど、他のふたつは外の半分くらいかな。ここの薬草園はその三つだ」


 ということは、ラスターが見たのはそのうちのひとつだけ。あと二つは見たどころか存在すら知らなかった。

 説明を聞いて合点がいった。ファイクの言う『全部』とは、三つの薬草園、全てを指すのだろう。ラスターがユノやナクル、リディオルと出くわした場所以外にも、薬草園はあるのだ。


「全部の種類の薬草を、同じ場所では育てられないよね」


 言ってみて、それは当然のことだと気づく。

 外の薬草園だって、陽の当たるところと当たらないところにわかれていた。


「それはそうだよ。植物にはそれぞれ最適な環境がある。温度、水の量、日照時間、育てる量、生育状況。そのひとつが狂うだけで、簡単に枯れてしまう。薬草に限らず、植物はとても繊細なんだ」

「うん」


 思い出すのはひとつの花。花弁をいくつもつけた、青色の大きな花。薬草ではなかったけれど、とても綺麗な花だった。

 赤に白、紫。様々な色がある中で、青い花が一番綺麗だった。どれも鮮やかに咲いていたけれど、ラスターの目に最初に飛び込んできたのがその青だった。

 ラスターの手には乗り切らないほど大きくて、その花がひとつあるだけで花束のように見えた。そこに咲いていた花の中でも、一番元気に咲いていたものを選んで、摘んだことがあった。


 祖母に見せたかったのだ。花の綺麗さをうまく伝えられる気がしなくて、ならば実際に見せた方が早いと思い、手折ってしまった。

 喜んでほしくて、大事に、大切に持ち帰って――祖母に見せた途端、ラスターは大層叱られた。

 いくら野生に咲いている花でも、無断で採ってきてはいけないと、摘んできた花はそれ以上生きられないのだと。薬草とは違って、誰かの糧にはならないのだと。必死に生きぬいて、やっと咲くことのできた花の命を刈り取っては駄目なのだと。

 祖母にも花にも謝って、ラスターはもうしないと約束した。そうしたら祖母は許してくれて、その青い花を花瓶に活けてくれた。ラスターは反省の意をも込めて、いつでも眺められるよう窓際に置いて、暇さえあればその花を見ていた。

 手折れば長くは保たない。摘んでしまったなら、花はそれ以上生きられないと。それならばせめて少しでも長くなればいいと、丁寧に活けて、水も替えて、大切にしていた。

 それでも花瓶に挿した花は徐々にしおれていき、枯れてしまうまで、三日もかからなかった。


「わかるよ」


 環境が変われば生きることもできなくなる。生きる場所を選べないのは、植物も人間も同じだ。

 だけど、人は適応することができる。良くも悪くも、それは人が学んだ生きる術だ。

 ならば環境を選べない植物はどうすればいいか。どうすれば長く生きられるのか。

 答えは簡単だ。環境を整えてあげればいい。たったそれだけで、生きられる期間は劇的に変化する。


「でもすごく強いよね。踏まれても折られても、何度でも生えてくるし。それだって、限られた植物だけだケド」

「そうだね。生命力は侮れないよ。薬草が全部強ければ、管理も楽なんだけど……手をかけただけちゃんと育ってくれるから、手がかかるのもいいものだよ」


 手がかかる事柄は嫌われることが多い。ひとつ、面倒だと言ってしまえばそれで終わりだ。面倒ならやらなければいい。手がけなければいい。けれども、ファイクはそれさえも加味してか『いい』と言った。

 無駄かもしれない。徒労に終わってしまうかもしれない。それでも、いいな、と思う。そんな考えを持つファイクが、ラスターには羨ましく思えた。


「苦労が報われるね」

「そう」


 うまい返事が見つからず、そんな感想を抱いた。

 褒めるのは違う気がするのだ。立場上ラスターの方が上かもしれないけれど、まだ認めてもらっていない。ならば、立場は対等か、逆転するのではないか――なんて。

 着いた暗室の扉を開けると、もうひとつの扉が現れる。ファイクに訊いてみると、あまり光が入らないように二重の扉にしているらしい。ファイクが手前の扉を閉じ、奥の扉に手をかけて開いた直後だった。


「わあ……」


 ラスターの目が釘づけにされたのは。

 暗室と呼ばれるなら、中は当然真っ暗だと予想がついていた。実際暗かったけれど、足元に照明がつけられていて、完璧な暗闇ではない。その明かりも、薬草の邪魔にならない程度の明るさだった。これなら、わざわざ手に灯りを持たずとも歩ける。

 それだけではなかった。決して明るくはないその部屋では、淡く発光している植物が出迎えてくれたのだ。


「カゼノシルベだ。これも材料になるんだよね」

「うん。根が赤くなったものだけ採ってくれると――って、ちょ、ちょっと!」


 ぶちぶちと、既に三本抜いたラスターへ、ファイクの制止が入った。ラスターは手を止めて、ファイクのいる方へと振り返る。


「根が赤いか確認してからだよ。そんな無差別に――」

「赤いよ?」


 三本全てを差し出すと、それを見たファイクの目が真ん丸になる。


「――え?」

「根っこが赤く変色するのは、終わりかけのもの。薬として使えるのはその終わりかけのものだけ。終わりかけのシルベって、光が少し赤くなるんだ。これとこれ、光ってる色が少し違うでしょ?」


 今摘んだばかりの三本と、手前で光っていたひとつを指し示すも、ファイクの反応は芳しくない。


「根っこを見るより、光の違いを見た方がわかりやすいし、すぐ見わけられるんだ」

「……え、えっと」

「どのくらい必要なの?」


 ラスターが尋ねると、ファイクは我に返ったように、カゼノシルベから顔を上げた。


「じゃ、じゃあ、十本くらい」

「わかった」


 カゼノシルベは、摘み取ってもしばらく発光状態が続く。林や森など、木の生い茂る場所に生息しているから、月の出ない夜にはよく灯りとして使われていた。

 取り過ぎてしまうと次が生えてこないから、その加減も大事である。

 十本採り終えたラスターが渡そうとすると、ファイクは何とも言えない顔でそこに立っていた。ラスターが初めに採った三本のカゼノシルベを凝視して、首をひねっている。


「何か変だった?」


 間違えて終わりかけでないものを摘んでしまっただろうか。


「……ううん、何も」


 口では否定しているが、どうも納得していない様子だ。


「温室に行こう。カゼノシルベを取ったらもう、ここには用事はないから」

「うん」


 三つ目だ。ファイクの様子も気になるけれど、新しい薬草園へ行ける楽しみがそれを追いやってしまう。文献で見かけた薬草や、祖母が長年育てたくても育てられなかった薬草も、もしかしたらあるかもしれない。

 次はどんな薬草が待っているのか、楽しみで仕方なかった。




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