第1話:放課後の欠片
校舎の窓から差し込む午後の光は、まだ夏の余韻を残していて、図書室の机の上で揺れていた。
蓮川一華はいつものように本を開く。今日は特別な予定もなく、放課後の空気に身を任せていた。
「……ん?」
ふと、隣の席に座っていたクラスメイトの名前が、頭の中からほんの一瞬消えた気がした。
いや、名前だけじゃない。さっき話していたことの一部も――少し、抜け落ちている。
「また……欠片?」
心の中でつぶやくと、ほんのかすかな残響が耳の奥で震えた。
誰かの記憶の一部が消える現象――町では最近よく聞く話だが、直接感じるのは一華だけだった。
図書室の奥、窓際の本棚の影に、赤いカーディガンを羽織った女生徒が立っていた。
他の誰にも見えないはずの存在。だが一華には、はっきりと見えた。
「……先輩?」
女生徒は静かに微笑み、手に持った本をそっと机に置いた。
赤いカーディガンが午後の光に透けて揺れる。
「見えるんだね、君には」
先輩の声は柔らかく、でもどこか遠くの風のように冷たかった。
「はい……でも、どうして先輩がここに……」
先輩は小さく笑うと、図書室の窓際に座り、手元の本を広げた。
「あなたには、欠片の残響が少しだけ感じられるんだろう。面白いね」
一華は胸の奥で小さな鼓動を感じた。
面白い……? こんな奇妙な現象を、先輩は“遊び”のように見ているのだろうか。
「欠片を戻す手伝いをしてほしい」
先輩の声が、静かな図書室に響いた。
「え……戻す、ですか?」
「そう。誰かの失われた一時間を繋ぎ直す――でも、その代償は、少し痛みを伴うかもしれない」
一華は一瞬考えた。痛み……でも、このまま見過ごすことはできない。
「わ、わかりました。手伝います」
赤いカーディガンの先輩は、微かに笑みを深めた。
「じゃあ、初めの欠片から始めようか――放課後の小さな奇跡を、一緒に拾い集めるの」
窓の外で風が揺れる。
放課後の光が、二人の影を図書室の床に長く伸ばした――。




