総騎士団長
鎮森祭の開始日の前日
エルメエシア王国、王都ルミエルの中心に聳え立つ王城内部に設置されている総騎士団長執務室にて、一人の男が書類仕事に勤しんでいる。
しかし、その男の見た目は書類仕事をする様な事務員とは似ても似つかない男だ。
平均的な男性よりも大きな巨躯に、服の上からでもわかる程に鍛え上げられた肉体。
年齢は中年ほどだろうか、白髪混じりの髪は短く切り揃えられており、精悍な顔つきをしている。
そして何より、机の隅にかけられた傷だらけの大剣と鎧がその男の正体を物語っている。
この男こそ、エルメエシア王国総騎士団長ローラン= ゼッフェルンである。
覚醒者であるローランは建国より六百年間この国を守り続けている。
まさに生ける伝説だ。
そんなローランの元を一人の人物が訪れる。
———コン、コン、コン
と扉をノックする音が鳴り響く。
「入るよ、ローラン」
その人物はローランの返事を聞く前に扉を開け執務室へと入り、そのまま応接用のソファへと腰掛ける。
「ノックをしたなら、返事を聞いてから入れ」
「僕らの仲じゃないか」
「俺たちの事は関係ない。仮にも近衛騎士団長を任されているなら、礼儀は正すべきだ」
「相も変わらず、見た目に反して真面目な男だ」
「お前が不真面目なだけだ」
ローランの元へ訪れたこの男は総騎士団長と同等の地位、近衛騎士団長の座につく者。
見た目は三十代ほど。
長い金髪を後ろでまとめた、細身の男だ。
名をジェイク=フォーグナー
ローランと同じく覚醒者であり、建国以来共にこの国を守り続けている、戦友だ。
「それで、一体何の様なんだ?俺は鎮森祭の準備で忙しいんだ。大したことがないなら後にしろ」
「真面目な話だよ」
ソファから立ち上がりローランの目を合わせ言い放つ。
「実はまた勘が働いてね。この数日以内、すなわち鎮森祭中にこの王都に問題が起こる」
「問題か…」
ジェイクの勘という曖昧な言葉にローランは疑わず考え込んだ。
実際にこれまで数多くの問題を言い当てているのだ。
「あと、関係あるかはまだ不明だけど。現在この王都に魔物が侵入している。まぁ魔人だけどね」
「魔物だと!一応確認だが魔人だと確認できたのか?魔族と見間違えたわけではないな?」
ジェイクの勘も重要な案件だ。
だが、実際に王都に入り込んでいる魔人の方が問題だった。
今はまだ問題が起こったとの報告は来ていないが、魔人ともなれば最低でも高位の魔物だ。
街中で暴れられては被害は免れない。
ローランとて頭は固くない。
魔人だからと言って全てが無闇に人を襲い暴れるわけではないと理解している。
魔人とは人並み以上の知恵を得て、人型に進化、変化した魔物の総称だ。
しかし魔物である以上警戒は怠るわけにはいかない
知恵をつけた事で理性的になる者もいれば、逆に魔物としての本能に従順になる者もいるからだ
「見間違いじゃないよ。確認はしたからね。あっ因みに魔人の件は情報屋からの話だから」
「…情報屋。またあのライアーか。あいつは何者だ?」
「さぁ。そんなのわからないよ。少なくとも、人類だとしたら覚醒者だろうね。なんせ二、三百年前からの付き合いだし。魔物だとしても…害はないね」
その言葉には諦めも入っていた。
ジェイクの勘の正体はユニークスキル【傍観者の囁き】だ。
発動すると直感的に情報がわかるというもの。
しかし今のところ、ライアーに対してはなぜか発動しない。
つまりライアーの情報が一切わからないのだ。
もし魔物だった場合、最低でも二、三百年は生きている為、伝説級の可能性が高い。
ここまで知性の高い魔物を相手取るのは今の王国では不可能だ
「はぁ。まぁそうだな。しかし、どちらから片付けるべきか…お前の勘の件は後回しにしても問題はないか?」
「ん〜そうだねぇ、問題はないかな。数日なら。放置が長引けば最悪は世界が滅びるけどね」
恐ろしい事をさも当然とばかりに言う
「なっ!滅びるだと?この王都や王国ではなく世界が…」
「そう。まぁ良くてもこの国が滅びる程度だよ。世界が滅びるよりマシでしょ?」
世界が滅びるより一国がなくなる程度の方がまだマシだが、住んでいる人間からしたらたまったものではない。
「わかった。この国を滅ぼす訳にはいかない。それで起きる問題の内容はなんだ?」
「さぁ。それがわからないんだ。便利なようで不便な力だよ」
それが更にローランを悩ませる。
何がきっかけで国が、世界が滅亡するかもわからない状況など看過できない。
本来なら鎮森祭を中止し、全力で事にあたるべきである。
が、祭りは民の拠り所の一つであり、国家事業の一つだ。
そう簡単にはいかない。もっと前ならともかく今は祭りの前日だ。
「はぁ。わかった。なんとかする」
「じゃあよろしく」
ジェイクはそのまま部屋を出て行き、ローランは頭を抱えた。
「…魔物とやらが無害だといいのだがな」
——————
鐘の音を聴き、外から王都内へ戻ると、先程とは打って変わり人が若干減っていた。
減ったと言っても人混みは解消されていないが
しかし、その疑問もすぐに解ける。
王都の中心部。すなわち王城から門へと繋がる一本道の傍に人が集まっていたのだ。
「なんかさっきより多く感じるな。みんなパレードを見に来てるんだろ。人が多すぎて圧死しそうだけど」
俺のこの水晶ボディは間違いなく壊れるな。
俺たちは朝と同じく屋根の上からの見学だ。
同じ考えの人も多いようで周囲にはそこそこの人数が登っている。
…倒壊しないだろうな。
こんな中世みたいな時代の建物の強度なんて信用できないが
まぁスキルもあるしな。楽観的に行こう
そしてしばらくして観客のざわめきが大きくなる。
見ると、少し遠くから騎士団がやって来た。
今回、というか毎回討伐に赴くのは第一騎士団らしい。
なんでも、対魔物専門だとか。
パンフレットの情報が正しければだが。
ちなみに騎士団は他に第七まで存在し、それぞれ、対人や諜報、護衛などなど専門分野に分かれているそうな。
統一された鎧には王国の紋様らしきマークが刻まれ、列を成し一糸乱れぬ動きで進行している。
おぉ、圧巻だな。
実際にエンシェント・トレントを倒すのは総騎士団長なんだろうが、この騎士達も中々だ。
と思う。
正直この世界じゃ見た目だけで強さなんてわからないが
「あの者たちはどうやら高位程度の強さを持つようですね。ですが、三分の一ほどは中位程度なのでこの討伐は新兵の訓練も兼ねているのかと」
ミカエルが解説してくれる。正直みんな鎧だからわからないんだが。
強い奴はオーラ的なものが見えてるのか?
それにしても高位ね。一人一人はミカエル達より弱いが、騎士といえば連携だからな。油断はできない。
実際に前、ルシフェルが操作していたうちのゴーレムがやられたし。
しばらくしてやっと最後尾が見えてきた。
これまでで五百人ぐらいか?
ボスを討伐してそのまま攻略出来そうな人数だ。
これまで団長らしき人間はいなかったから、最後にいるんだよな
再び最後尾に目を向けると、そこには一際大きい人物がいた。
いや、単純な体格自体の良さもあるが、それだけではない。
その存在感が他の騎士とは比べ物にならないほど大きいのだ。
俺でも感じられる程に
六百年以上生きているとは思えない中年ほどの男性だ。
すげぇな。一目見ただけで他とは違うってわかるぞ。
あれが、総騎士団長ローラン= ゼッフェルンか
観客はローランの姿が見えた瞬間に更に歓声を上げた。中にはローランの力に圧倒されて倒れるものまでいる。
力を抑えなくていいのか?覚醒者ならコントロールなんて余裕そうだが。
ほっといたら怪我人が出そうな勢いだぞ。
『おそらく示威行為の一種でしょう。民には総騎士団長という強者を見せ安心させ、他国からのスパイや内通者などには、小細工は無駄だと思わせる』
なるほど。本当にそんな思惑があるのかは分からないが
市民にとっては祭りでも為政者にとっては軍事行為の一つか。
仕方ないとはいえ、なんだか悲しいものがあるな
いやぁ、まさに騎士然とした感じだな。
顔はイケメンってよりこれまでの戦場なんかで身についたような野性味溢れる感じだ。
イケオジって奴だな。あいう方が単なるイケメンよりも憧れるよね。
男の支持率は高そうだ。
俺がマジマジと見ていると、一瞬ローランがこちらを見た気がした。
まさかバレたか?いや俺たち以外にもこの場にはいるからな。
それに俺たち個人じゃなくて全体を見た可能性の方が高い…と思いたい。
俺は緊張するが、特になんのアクションもなくパレードは進行していき
とうとうローランが門から外へと出て行った。
「ふぅ。一瞬こっちを見られたからバレたのかと焦ったぞ」
「いえ、どうやらバレたようです。先程、我々に監視が付きました」
え!?
なんの指示も出してなかったぞ。
まさか最初から俺たちがいることを知っていたのか?
「排除致しますか?この場合、私よりウォルターの方が適任かと」
「御命令とあらば即座に」
ウォルターもミカエルに同調したのか俺に対して膝をつく。
確かにミカエルの戦闘は派手だからな。なんでも壊すし。
——って!
「いや、排除なんてしないから!そんな事したら俺たちが排除されるわ!」
多分今は様子見の段階だ。このまま大人しく過ごしておけば問題はないだろう。
……ないといいなぁ




