4話 王家のお茶会・前編
王城の中庭は、手入れが行き届いていて、とっても綺麗だった。
今日はよく晴れていて、暖かな風が吹いている。
「初めまして、クロエ・リニイ」
柔らかな微笑みを浮かべながらそう言ったのは、この国のお姫様の1人。
王家の末っ子マイラ・シリル・アルグッド12歳。
あたしより1つ年上のお姫様だ。
確か第二王妃の娘だったはず。
「初めまして、マイラ姫。」あたしはカーテシーで挨拶。「リニイ伯爵家のクロエと申します」
惚れ惚れするほど完璧な挨拶。
すでに貴族の娘になって一年近く経過しているので、あたしの礼儀作法も完璧だ。
最近では心の中ですら、丁寧に思考している。
そう、あたしレベルになるともう「ふぁっきゅ」なんて言わないのだ。
なーーーーーんてな!!
人間はそんなに簡単に変わらないよ!
「さぁ、どうぞ座って」
マイラ姫が先に座って、あたしはその対面に腰を下ろす。
中庭にセットされたお茶会用テーブルには、美味しそうなお菓子がたくさん並んでいる。
ちなみにこのお茶会、参加しているのはあたしとマイラ姫だけ。
「突然の誘いで驚いたかしら?」
マイラ姫は12歳とは思えないほど、洗練された動作でお茶を飲んだ。
あっれー?
これに比べたらあたしの動作なんて、村娘に毛が生えた程度じゃない?
「はい。驚きましたけど、年齢も近いですし、話してみたかったので嬉しいです」
このお茶会の話をアンジェロから聞いた時、あたしは本当にビックリしたのだ。
でもまぁ、王城のお菓子やお茶には興味があったし、受けちゃった♪
マイラ姫にはあまり興味なかったけどね。
全然、話題に上らない姫だし。
「頭の上にしがみついているのが、噂の闇の精霊ですわね?」
「ええ。でもこの子は二号です」
ムギのこと。
レアはどうしてるかって?
今日はなぜか、朝からパストルについて貴族院に行ってしまった。
ちなみに、パストルは貴族院に通う間は王都の屋敷に住んでいる。
あたしも今日は王都の屋敷にお泊まりする。
毎回、領地から王都までの移動は転移魔法陣を使う。
なんで王都の屋敷の地下には転移魔法陣があるのに、領地の屋敷にはないのだろう?
わざわざ別の場所に作ってるんだよね。
あれかな?
領地の屋敷を攻められたら困るからとか?
王都の屋敷はいいのか、って話になっちゃうけど。
「クロエ? 今は何を考えていましたの?」
「あ、えっと、マイラ様は美しいなって」
まぁあたしには遙かに劣るけどね!!
マイラ姫の髪は藤色で、センター分けのミィディアムカール。
毛先が遊んでいるのが可愛らしい。
顔立ちは綺麗系よりは可愛い系。
服装は赤いドレスだけど、そこまで派手な感じじゃない。
「つまらない嘘を吐きますのね」
マイラ姫は小さく肩を竦めた。
あれ?
あたしの嘘がバレた?
今までバレたことないのに。
とりあえず笑ってごまかした。
「わたくしは楽しみにしていたのに」マイラ姫が言う。「確かに元々は、両親の意向だったけれどね」
「精霊士で、大聖女で、その上ドラゴンスレイヤーの令嬢と仲良くなっておけって?」
あたしが言うと、マイラ姫が頷く。
まぁ誰でもそう言うよね!
「だけれど、わたくし自身もあなたに興味がありましたのよ」
それはどうも。
あたしはお菓子とお茶にしか興味がなかったけど、未だにお菓子を食べれてない。
こう、どこでお菓子に手を伸ばしていいのか分からないっ!
「クロエの興味はお菓子のようですわね」
見抜かれたっ!
「どうぞ。お食べになって」
「あ、じゃあ遠慮なく」
あたしは「今だ!」と思って端からお菓子に手を伸ばし、取り皿に乗せる。
そして順番に食べた。
うーん!
おいしいぃぃぃ!!
さすが王城のお菓子!!
感動しているあたしを、マイラ姫がジッと見詰める。
「素直なところは気に入りましたわ」
素直?
あたしが?
頭の中ではハイテンションだけど、喋る時は普通って感じのあたしが?
◇
いえーい!
なんか学校みたいなところで、モテモテの手乗り魔王です!
最近、パス君どこ行ってんのかなーって思ってさ。
今日は朝からパス君にくっついて調査してたのよ私。
そうすると、パス君はどうやら学校に通い始めたみたい。
パス君が私を引き連れて学校に入ると、生徒や教師がワラワラと寄ってきた。
とはいえ、乱暴なことをする人はいなかったし、みんなかなりお上品な雰囲気だった。
なるほど、貴族の学校か!
教室に入っても、みんながパッと私の方に視線を向ける。
なんだろう、私なんでこんな人気者なの?
やっぱり小さくて可愛いから?
てか、学校ってペット同伴してもいいんだっけ?
特に文句は出てないように思えるけど、言葉分からないからね私。
実は丁寧に拒絶されている可能性も……いや、ないな。
みんなキラキラした瞳で私を見ているし。
私が手を振ると、みんな少し驚いた風に目を丸くしてから、嬉しそうに何か言っている。
パス君が自分の席に座ったので、私はパス君の机の上に座った。
よぉし! 今日は一日、私も授業に参加するぞぉ!
と、意気込んだのだけど、黒板に書かれた文字が理解できなかったので、私はスヤスヤと眠りに落ちるのだった。
◇
マイラ姫とあたしは、お互いに探り合うような会話をしながら、お茶を飲んだ。
お茶も美味しいのよ、本当に。
同じ茶葉を買おうって思ったね。
「クロエの人生はとっても面白いですわ」マイラ姫が言う。「本にしませんこと?」
「え? 嫌ですけど?」
なぜあたしの人生を世間に晒さねばならんのかと。
いや、まぁ、だいたいの人はあたしのこと知ってるけどさ。
なんなら本当の家族もあたしに気付いていて、1回だけ手紙が来た。
『そっちはそっちで楽しくやってるみたいで良かった』みたいな内容。
生贄に捧げたくせにぃぃぃぃぃぃ!
とか思ったけど、あれは仕方ない。
断ったら村八分だしね。
あたしは返信として短い手紙と、『兄妹にお菓子をあげる』と保存のきくお菓子を送った。
「残念」
「ほえ?」
「クロエはまた違うことを考えていましたわね」
やれやれ、とマイラ姫が肩を竦めた。
ああ、そっか、本の話か。
「おいマイラ! 噂の精霊士とお茶会だって!? なんで俺様を呼ばないんだ!」
突如、怒声を上げながら少年がズカズカと歩いて来た。
少年には護衛らしき騎士が2人、付いている。
「お兄様……どうして?」とマイラ姫。
マイラ姫の表情が酷く嫌そうに歪んだのを、あたしは見逃さなかった。
「どうしてもクソもあるか! おい精霊士、俺様の部下にしてやってもいいぞ」
なんか偉そうな人だぁぁぁぁ!
そう思いながらも、あたしは立ち上がってカーテシー。
マイラ姫がお兄様と呼んだということは、王子様ってことだし。
さてこの偉そうな王子、見た目の年齢は15歳前後。
浅緑の髪は癖っ毛で、前髪が長く左目が隠れている。
身体付きは普通。
服装は王子っぽい綺麗な服。
これはあれだね!
ボンクラと名高いシプリアン・シリル・アルグッド王子だね!
「おい精霊士、俺様の部下になるのか?」
ずん、っとあたしの真ん前まで寄ってきて見下ろすボンクラ、シプリアン。
彼は確か第二王妃の息子で、マイラ姫の完全なる兄。
ちなみに、王家には5人の子供がいる。
3人が正妃の子で、2人が第二王妃の子。
「おい聞いてんのか」
シプリアンがあたしの鎖骨の辺りを右手で押した。
押したけど、あたしは咄嗟にスルッと躱してシプリアンの背後に回ってしまった。
あああああ!
染みついているぅぅぅ!
体術が!!
染みついているぅぅぅ!
「な!? なんだ今の動きは!」
シプリアンがクルッと振り向くと同時に、あたしはシプリアンの背中にくっ付くように移動し、背後に回る。
はっはっは!
見えないだろう!
って、何やってんだろうあたし。