3話 もう1人の兄
例の旅人なんだけど、どうやらクロエのママだったみたい!
普通にクロエの家で一緒に生活を始めて、メイドたちも丁寧に接している。
クロエの父親ともイチャイチャしてた。
ちなみにクロエの父親はアンという名前みたい。
そして旅人ことクロエママの名前はたぶんブレンダだと思う。
アンがそう呼んでいた。
そして今日も、みんなが見てる前でキスとかハグとかしてるの2人!
いやぁ、見せつけてくれるねぇ!
よぉし私もクロエとイチャイチャするぞぉ!
そう思ってクロエの胸の谷間にダイブしようとしたけど、クロエに谷間はなかった。
私は10年後を楽しみに、断崖のようなクロエの胸にしがみつくのだった。
◇
なんかレアが胸にしがみついてきたんだけど、これ何?
家庭教師の女性も手を止めてレアをジッと見詰めた。
ここはリニイ伯爵家の学習室。
さっきまでアンジェロとブレンダがあたしの勉強を見学していた。
していたのだけど、2人はなんだかイチャイチャしはじめ、我慢できなくなったのか腕を組んで部屋を出て行った。
ちなみにパストルは領地運営省でお仕事中。
「クロエさんは本当に精霊に好かれていますね」
家庭教師が微笑み、言った。
ムギは相変わらずあたしの頭に乗ってるし、レアはなぜか胸にしがみついている。
胸にというか、胸の位置にある服に。
あたしに胸はない。
「あはは……」とあたし。
床で寝ているルナベルが、チラッと頭を動かしたのが気配で分かった。
と、学習室のドアを勢いよく開いた人物がいた。
ブレンダが戻って来たのかと思って、あたしは振り返る。
でもそこにいたのは、見たことない男の人だった。
年齢は20歳前後ぐらいで、大人と少年の間を彷徨っているような感じの顔立ち。
その人はあたしを見てニコッと笑って、軽い足取りで寄ってくる。
◇
見知らぬ人物が入って来たー!
でもここ貴族の家だし、不審者じゃないと思う!
侵入者の見た目も綺麗だしね。
髪の色がブレンダと同じ空色。
侵入者の顔立ちはややアンに似ている。
服装はちょっとお堅い制服だけど、貴族っぽい綺麗さ。
うーん、これは普通にアンとブレンダの子供だね!
つまりクロエとパス君の兄弟ってこと!
やっほー!
レアだよぉ!
私は宙を舞ってから手を振って挨拶。
空色の髪の彼は少し驚いたように目を丸くしてから、とっても丁寧にお辞儀をした。
なんて洗練された動作!
まさに貴族!
「ルナベル、ムギ! クロエの兄弟だよ! 挨拶しとこう!」
私が声をかけると、まずルナベルが寄って行き、空色の髪の彼の足に頭を擦りつけた。
次にムギが飛んで行き、彼の頭に前足を置いた。
彼は微笑み、ルナベルの頭を撫でてから、ムギの頭も撫でる。
気さくな性格みたいだね。
◇
うわぁ、一瞬でレアたちが懐いた!
てゆーか彼の見た目ってアンジェロとブレンダを混ぜた感じだから、これもう1人のお兄さんでしょ!
年が明けたから帰ってきたのかな?
そう、すでに新年を迎えているので、あたしも11歳になった。
年が変わったら、みんなで一緒に1歳年を取るのだ。
「男爵夫人、お久しぶりです」
「リニイ伯爵令息……いえ、今は準男爵のウィンストンさんでしたか?」
家庭教師がカーテシーで挨拶。
「ええ。すでに独立しています」
やっぱり兄だ!
あたしは兄の名前がウィンストンだと知っていた。
確かに官僚っぽい制服着てるわぁ!
「妹と話したいので、外してもらっても?」
「ええ。ではクロエさん、今日はお仕舞いにしましょう」
「はい先生、ありがとうございました」
あたしは椅子から立ち上がって、お辞儀をしながら言った。
ちなみに今日習っていたのは、うちの国の全貴族とその紋章である。
家庭教師が去ったあと、ウィンストンが小さく息をついた。
「初めましてクロエ。ボクはウィンストン・リニイ準男爵。君のもう1人の兄だよ」
「初めまして! リニイ伯爵家の養女、クロエ・リニイです!」
「君は、勉強は好きかい?」
「えっと、そこそこ好きです」
嫌いではない。
平民だったら受けられない高度な教育だし。
まぁ好きかと問われると、お菓子やジュースの方が好き。
「そうか。たくさん本を読むといい」
ウィンストンが手を伸ばすと、その上にレアが着地。
「ボクは本が好きでね。この家にある本は、子供の頃に全部読んでしまったよ」
「すごっ!」
あたしは村娘風に驚いてしまった。
慌てて「すごいですね、えっとお兄様?」と言い直した。
「うん。お兄様と呼んでくれて嬉しいよ」
ニッコリと微笑むウィンストン。
見た目はややブレンダよりだけど、中身はアンジェロよりだなこの人。
パストルとは真逆って感じ。
「実はね……」
言いながら、ウィンストンがソファに腰を下ろした。
レアはウィンストンの肩に移動。
「どこに行っても君のことを聞かれるんだ」
でしょうね!
精霊士でドラゴンスレイヤーで大聖女っていう、訳わかんない存在だもんね!
「なんか、ごめんなさい」
「いやいや、謝らなくていい。隣どうぞ」
ウィンストンがポンポンとソファを叩く。
あたしはおっかなびっくり、ウィンストンの隣に座った。
「だから君のことを聞かせて」
そう言われても、特筆すべき点とかないんだよね!
闇の精霊を2人も連れてるとか、そういうのはみんな知ってるし。
「うん、先にボクのことを話そう」
あたしが緊張していると思ったのか、ウィンストンが自分語りを開始。
「ボクは学者になりたかったのだけどね、貴族院で外交の楽しさを学んで、今は外務省に勤めてるんだ」
「エリートですね!」
「どうだろうね? ボクはしたいことを、ただやってるだけさ」ウィンストンが肩を竦める。「長男だから、父は家を継いで欲しかったみたいだし、母はもっと戦闘技術を覚えて欲しそうだった」
少し寂しそうな声音だった。
そっか、ウィンストンが独立しちゃったから、パストルが後継者になったのか。
パストルはどう思ってるんだろう?
「なのにボクは、剣術は2段だし、魔術も初段のまま」
ウィンストンがおどけて言った。
ムギがあたしの頭に着地し、そのまましがみついた。
ルナベルがあたしの足下に寄ってきて、そこで丸まった。
「知識を得ることの方が、ボクは性に合ったみたい」ウィンストンが言う。「外交だと、相手の国のことをたくさん調べるから、それもまたとっても楽しい」
なるほど、ウィンストンは今、幸せに生きてるんだなぁ。
あたしも幸せ!
ハッピー兄妹!
「さぁクロエ、君のことを聞かせて」
「はい。あたしは何の変哲もない小さな村で生まれて……」
それから、生贄に選ばれた。
村でも評判の美人だったあたしは、一瞬にして哀れな子に早変わりってね。
で、捧げられたんだけど、そこにレアが現れてあたしの人生はまるっきり姿を変えた。
貴族になって、領地戦を戦って、王様とも話して。
最近では神殿に頼られて、あとなぜか邪竜を消滅させた!
あたしは【ふぁっきゅうボール】のことは【大爆裂】と偽って話した。
いや、対外的には【大爆裂】なんだよね!
あくまであたしの心の中では【ふぁきゅうボール】ってだけ!
◇
なんだかとってもゆったりした時間だなぁ、と私は思った。
クロエの兄とクロエがソファに座って、仲良くお話ししている。
少し眠くなってきちゃったな。
私はクロエの膝の上に移動して、そこで寝転がった。
なんかこう、太ももと太ももの間に落ち込むみたいに。
あ、クロエはスカートをはいているので、生足ではないけれど。
クロエが私に触れて、ゆっくり撫でてくれる。
私はクロエの指にキスをして、そのまま目を瞑った。
人生は今日も流れていく。
行雲流水。
眠くなったら、起きるまで眠る。
それが今の私の生活。
というわけで、おやすみー。




