3話 クロムギ
私は私の投げた石と同じ速度で空を飛んでいた。
石は私より少し先を進んでいる。
めまぐるしく景色が変わり、まぁまぁ遠くまで来たんだなぁと思った。
次に散歩する時は、もっとゆっくり景色を眺めながら飛ぼう。
風情も何もあったもんじゃない。
だいたい石のくせに飛ぶの速すぎなんだって!
ああ、私が全力で投げたせいだけどね!
もうなんか石とか撃ち落としてやろうかな?
どこまで飛ぶ気なの!?
とか思っていると、石が高度を下げ始める。
そして、少し先の山に結界が張ってあるのが見えた。
「閉じ込める系の結界かな?」
私が呟いた瞬間、石が結界を突き破り、たぶんそのせいで結界がガラガラと崩れて消滅してしまった。
ちなみに石は山肌に衝突して小さなクレーターを作った。
「……」
私は沈黙したままゆっくりと高度を下げた。
結界ってさぁ、大きく分けて2種類あるって知ってた?
1つは、外からの干渉を拒絶して、中を守るタイプ。
もう1つは、結界の中に何かを封印したりするタイプ。
さっき私の石が壊したのは、後者の結界だと思う。
一瞬しか見えなかったけど、たぶん。
「さて、現実逃避は終わろうレア」
私は自分にそう言い聞かせた。
「大丈夫、これも行雲流水の一部に過ぎない。何も問題ない。私は何も考えない。流れるままに、何が封印されていたのかだけ、確認しよう」
私は【サーチ】を使って周辺の地形情報を取得。
なんだか巨大な洞窟があったので、そっちに移動。
洞窟の中を【サーチ】してみたけど、この洞窟は一本道で、少しずつ下って地下に続いているようだ。
そして一番底は割と広い空間になっていて、そこにも結界が張ってあるのが見えた。
さすがに結界の中までは見えない。
「厳重じゃん! 本当、何があるんだろう? 魔剣かな? 聖剣かな?」
なんだかテンションが上がってきたので、私は洞窟の中に飛び込んだ。
そのまま底に向けて真っ直ぐ飛ぶ。
真っ暗だけど、私は暗いところでも割と見えるので問題ない。
あっという間に底に到着すると、結界の中に黒いドラゴンが寝そべっていた。
そのドラゴンはケガをしているようだった。
ドラゴンが私の姿を確認して目を丸くした。
私はとりあえず手を振ってみる。
ドラゴンがおっかなびっくり前足を振った。
おお!
フレンドリーなドラゴンだ!
もしかして結界はドラゴンが自分を守るために、自分で張ったのかも。
閉じ込める系の結界だと思ったのは、私の勘違いの可能性があるね!
ドラゴンがジッと私を見詰めてくる。
何? ケガを治して欲しいの?
仕方ないなぁ。
私は右手で結界に触れて、ぶっ壊した。
はっはー!
結界を壊すことには定評のある魔王です!
前の世界で人間たちが張った結界を何回も崩したからね!
ドラゴンは口を大きく開けて、ちょっとバカっぽい表情を浮かべた。
私はドラゴンに【エクストラヒール】を使用。
ドラゴンのケガが一瞬で全快する。
ドラゴンはすごく驚いたようで、だけどすぐにその場に平伏した。
きっと感謝を伝えているのだろう。
私はウンウンと頷いておいた。
いいことしたあとは気持ちがいいね!
◇
その邪竜はもう500年近く封印されていた。
そもそものキッカケが何だったのか忘れてしまったが、邪竜は人間たちと敵対していた。
激しい戦闘は1年以上続き、大陸の半分が焦土と化した。
人間たちは数の力で邪竜に抵抗し、ケガを負わせ、封印することに成功した。
それがこの場所。
まぁ、ケガをして洞窟に逃げ込んだのは邪竜自身なのだが。
まさか二重に結界を張られて、閉じ込められてしまうとは。
洞窟内の結界には、邪竜の魔力を遮断する効果もあり、そのせいで邪竜は自分のケガを治すこともできなかった。
ただ痛みに耐える500年だった。
強固な二重結界は、負傷して力の落ちた邪竜には壊せない。
人間たちを恨んだこともあった。
何かの間違いで結界が解除されたら、全人類を焼き尽くす妄想にふけった。
でも、400年ほどで、何もかもがどうでもよくなった。
どうせ出られない。
ここで寂しく寿命を迎えるのだ。
そのことを受け入れた時、邪竜の中から憎しみは消えた。
そして死ぬまでの時間、眠ることにしたのだが。
外の結界が凄まじい攻撃によって崩壊し、邪竜は目を醒ました。
(……なんだ?)
状況を理解できぬまま、気付いたら闇の精霊のような存在が邪竜の近くに浮いていた。
それは見た目こそ闇の精霊だが、明らかに異質。
精霊などという、生易しい存在ではない。
そんな程度のモノであるはずがない。
敵対したら瞬時に世界が終わる……邪竜はそう感じた。
いや、まぁ、世界など終わってもいいのだが。
ただ、あまりにもその黒い存在が恐ろしかった。
と、その黒い存在が手を振った。
これは……手を振り返さなければ、恐ろしい目に遭うのでは?
そう考えて、邪竜は前足を振った。
なるべくフレンドリーに見えるように。
そうすると、黒い存在が結界に触れて、次の瞬間には結界が崩れ去った。
あまりのことに、邪竜は思考が追い付かない。
500年、邪竜を閉じ込めていた結界が、秒で?
いやいや、秒もかかっていない。
黒い存在は「ほい」という掛け声とともに、邪竜に【エクストラヒール】を使用。
500年間、耐え続けた痛みが消える。
(ああ……身体が……痛くない……)
それは邪竜にとって、何物にも代えがたい福音だった。
歓喜に涙が出そうになったが、ドラゴンは泣かない。
人間だったら大泣きしただろう、と邪竜は思った。
邪竜はその場に平伏し、感謝を伝えるとともに、主従契約を結ぶことにした。
この黒き存在の下につきたい、そう思ってしまったのだ。
◇
なんかドラゴンが魔法を使ったみたい。
私の目の前に、魔法陣が浮かんだ。
えっと?
この魔法陣はあれだね。
何かの契約だと思うけど、詳しくは分からない。
まぁいっか、契約しちゃえ!
行雲流水!
私は考えない魔王!
今の私なら壺でも何でも買っちゃうぞぉ!
ぶっちゃけ、気に入らない契約なら破壊してもいいしね!
このドラゴンはあまり強くないみたいだし、私の魔力量なら強引に契約を破壊できる。
さっき結界を壊したみたいにね。
そんなわけで、私は深く考える必要がないのだ。
魔法陣に私の魔力を流して、契約完了っと。
「我が主よ……」とドラゴンが言った。
「え? 言葉分かるの?」と私。
「契約により、意思の疎通が可能となったのです主よ」
「私が主ってことは、ペット契約か何か?」
「……ああ、まぁ……それでもいいですが」
ドラゴンは苦笑いしつつ言った。
「ふむ。だけど私はクロエのペットだから、君もクロエのペットになりなよ」
「クロエとは?」
ドラゴンが首を傾げた。
「私のご主人様で、金髪美幼女。あれは自分が可愛いことを知ってるタイプだね。いつか可愛さで王様とか籠絡して傾国の美女になるかも」
そうなったら面白いなぁ、と私は思った。
「なるほど……主よりも格上……と認識しても大丈夫でしょうか?」
「うん。私よりずっと格上だよ!」
私も結構、可愛い方だと思うけど、クロエには敵わないよ!
「分かりました。では我は今日より、クロエ様のペットとなりましょう」
「うんヨロシクね」
私が言うと、ドラゴンが頷いた。
「ところで君、名前は?」と私。
「……ない。よければ、あなたに決めてほしいです」
「じゃあクロムギ」
「いいですね」
ドラゴンが大きく頷く。
え? クロムギでいいの?
割とテキトーなんだけど……。
身体が黒いからクロで、瞳だけが金色の麦みたいだからムギ。
合わせてクロムギ!
「あなたの名は?」
「私はオーレリアだけど、レアでいいよ」
「ではレア様。ケガを治してくれて、ありがとうございます」
「いいよ」
別に簡単なことだしね。
「それでレア様……我は久しぶりに空を飛びたいのだが、構わないでしょうか?」
「もちろん! 行こう!」
私はドラゴン改めクロムギの頭に座った。
そうすると、クロムギが洞窟を飛び出し、大空へと羽ばたいた。




