可憐なる彼女が天から落ちた理由(2)
「忘れ物……? 私忘れ物なんかしてない」
ぼーっとしながら凍島麗奈さんは返事をする。
「『探偵部』って言いましたよね? 私達が来た意味。分かりませんか?」
四月一日は『探偵部』の単語を再び出す。
すると、彼女は目を見開き声を荒げる。
「違う! 私じゃない! 私はやってない!」
「犯罪を犯した人はみんなそう言うんですよ」
淡々とした四月一日。
違う、違うと小さく繰り返す彼女。
「凍島麗奈さん。あなたの事件前の行動を当ててみましょうか?」
違ったら違うと言ってくださいね、と四月一日。
「な、なにを……」
四月一日の突然の発言に彼女は困惑しているようだった。
「当てると言うか推理なんですけどね。これでも探偵ですから。まず午前中はスルーでいいでしょう」
うん、犯行時間は午後十五時過ぎ。
午前中はスルーで構わないだろう。
「問題はお昼からね。入学式は午前中で終わりますから、ほとんどの生徒は午後は帰宅するでしょう。一部を除いて」
そうだ、これこそが僕達が残っていた理由でもある部活。
「部活動に関係ある生徒に限り残る理由があります。では何故午後に凍島麗奈さん、あなたがいたのか」
「ちょっと待って。私は新入生だから部活関係ないし、直ぐに帰ったんだけど」
「ダウト。あなたが西條可憐さんと歩いているのを見た生徒がいます」
「そんな、あの時誰もいなかっ……違う! 嵌められた!?」
彼女は思い出しながら喋り、そして途中ではっと気付く。
その通り。ダウトは凍島さんではなく四月一日だ。
どうやら彼女は考えが浅い人物のようだ。
「やっぱり午後も残っていたんですね。そして西條可憐さんと行動していたことも明らかになりました」
凍島さんは顔を歪ゆがめる。
そして無言になる。
「……なんらかの理由で呼び出した西條可憐さんをあなたは開いた窓から突き落とした」
警察が現場を調べればすぐに分かることです、と四月一日。
「違わない……違わないけどっ! 最初は話すだけのつもりだった! 殺す気なんて無かった! 信じて!」
彼女は必至で訴える。
乱れた髪でよく見えないが涙ぐんでいたかも知れない。
「ええ、信じますよ。でもね、実際にあなたは西條可憐さんを突き落としている。これは事実です。なんの話をしようとしていたんですか? 一之宮先輩と別れろ。とかですか」
「そっ! そうよ! あの女は一之宮先輩には相応しくない! 私が! 私だけが一之宮先輩の全てを愛せる! 全てを私のものにっ!」
息を切らしながら、唾を飛ばしながら叫ぶ彼女。
「そんなんだから振られたんですね」
「「えっ?」」
僕の声と凍島さんの声が重なる。
「一之宮先輩も重い男だったらしいですが、凍島麗奈さんあなたはもっと重い女だったようですね」
「ち、違う……私は振られてない、振られてなんかない……」
凍島さんが俯き、繰り返し呟いている。
どういうことだ?
凍島さんが振られていた?
女性を振ったことがない一之宮先輩に……?
違う。思い出せ、徳井先輩の言葉を。
『振ったって話は聞いたこと無いもんなぁ』
そうか、聞いたことが無いってだけで、直接一之宮先輩が振ったことが無いと徳井先輩に言ったわけじゃない。
「今のは言ってみただけですけれど、当たったみたいですね。同じ学校で当事者の友達が証言する西條さんと、学校が別で知り合い程度が証言する凍島さん。どっちが確率が高いか、言わずもがな前者です」
信用性に限った話で言えばそうなのかも知れないが、断定するには足りない。
しかし、四月一日はそれを鎌をかけることで補った。
「大方、振られても諦められずストーカーになり、一之宮先輩の通う高校に入学。たまたま西條可憐さんとお昼を食べる一之宮先輩を目撃。そして別れた西條可憐さんを呼びだしたってところでしょうか」
凍島さんは俯いて何も言わない。
ストーカーならデートをしている西條さんを見たりとかしたのでは? と四月一日に質問すると四月一日は推測を語った。
「徳井先輩が言っていたでしょう。とっかえひっかえできるほどにモテる。そして振られたって話を良く聞くと――つまり一之宮先輩の彼女は入れ替わりが激しいと推理できる。西條さんと付き合いだしたのも最近だったのね」
なるほど、西條さんが付き合いだしたのが最近ならデートを目撃される確率もぐっと下がる。
なにより春休みだったこともあり、一之宮先輩の単純な行動予測は難しいだろう。
相変わらず俯いている凍島さんに四月一日は言う。
「警察が調べればすぐに分かると私は言った。それならば、何故私がわざわざ来たと思いますか?」
■■■
「と、ここまでがあなたのシナリオ通りってところですかね」
僕の横で丸椅子に座る四月一日。
四月一日は、凍島さんにした推理をもう一度目の前の人物にも披露した後にそう言うのだった。
「ね? 西條可憐さん?」
「はい、その通りです。あたしは教室の窓から突き落とされました。彼女が犯人です」
西條さんは凍島麗奈さんに落とされたと、あっさり証言する。
しかし、四月一日の真意は汲み取れていない。
わざと汲み取っていないのかも知れないが。
「とぼけないでくださいよ。これは事後報告でも、目覚めたあなたへの犯人確認でもありません。ただの事情聴取です」
ベットに座る彼女、西條さんは呆れて物も言えないようだった。
実際のところ僕だってそうだった。
推理という言葉に騙されてはいけない。
だって、四月一日は物的証拠なんて、たったの一つすら使っていないのだから。
「え? ちょっと意味分かんないんですけど。あたしが攻められてる意味が分かんない。あなたのその話だと警察に突き出すべきはその、凍島さん? って人じゃないですか?」
「いやいや、いやいやいやいや。だから言ってるじゃないですか。ここまでがあなたの思惑通りですよねって」
いやいやはこっちのセリフだ四月一日。
四月一日は、西條さんがこの事件を企てたと言っているのか?
西條さんは被害者だぞ?
僕も未だに意味が分からないんだが?
僕は、流石に四月一日に同意するとこは出来なかった。
「ここまで一緒に行動してきてなんだけどさ四月一日。西條さんが黒幕だという証拠も根拠もないし、そもそも、その行動で西條さんが得をするとは思えないんだけど」
「ですよねっ!? この人頭おかしいんじゃないですか!? お兄さんは話が分かる人で良かった! お兄さんからも言ってやってくださいよ! ……って伝えてください」
西條さんが、身を乗り出して全力で同意してくる。
むしろ、知り合いならこの頭のおかしいとち狂った人をどうにかしてくれと言わんばかりだ。
そして、言い終わった瞬間、四月一日の方に向きを変え僕を指さしながら伝えてくださいと言った。
うん? なんだこれは?
新手のキャラ付けか?
考えて僕は直ぐに思い出す。
『男子禁制の契約』
正直グレーゾーンじゃないのかと思うが、西條さんも苦肉の策なのだろう。
話の通じない女子と会話のできない男子。
必然的にこの手法になってしまうのか。
「ちょっと、私の月見里に何色目使ってんのよこのロリっ子は」
「誰がロリっ子だ!」
低いトーンで呟く四月一日。
瞬間、飛んで来る西條さんの反論。
おい待て、今私のって言わなかったか?
なに? 僕、四月一日の所有物なの?
所有物認識だったの?
ゴホン、と四月一日。
「失礼。言葉遣いが乱れました。西條さんにメリットが無い? 本当にそう思う? 月見里」
西條さんは何か言いたげだったが、四月一日が話を戻す。
「いやいや、そりゃそうだろ。殺そうとする立場ならまだしも、西條さんは殺されそうになった立場なんだぜ?」
「そうですっ! あたしは被害者じゃないですか!」
西條さんが、四月一日を見ながら僕に同意する。
「それでは加害者のメリットってなんだと思う?」
加害者のメリット……?
それは当然考えるまでもなく。
「邪魔者の排除」
うんうん、と四月一日の方を見て頷く西條さん。
「では被害者のメリットは?」
いや、それこそメリットが無いって考えなんだけど。
殺される人にメリットがあってたまるものか。
「へー、メリットが無い。ねぇ。じゃあ今、月見里がしているその行動は何かしら?」
今している行動?
僕、今何かしているか?
四月一日からの、謎の攻撃を受ける西條さんを助けているだけだが?
助ける? 施し?
被害者は周りから同情される?
「ええ、その通り。被害者だからといって優しくされたりするでしょうね。災難だったね。だとか言われたりして」
「そんなことの為に西條さんは落とされたのか?」
「そんなこと? ふふ、笑っちゃうよ、月見里。他にもメリットを上げてみる? 例えば、一之宮先輩。先輩はとても心配するでしょうね。先ほども来ていたんでしょう? なんなら、俺が一生大事にするから、なんて言葉でも聞けちゃったりなんかしたんじゃないですか?」
「う、うん。確かにそんなことは言われましたけど……」
四月一日はさらにメリットを提示する。
「もし、ストーカー被害にあっていると知っていたとしたら、ストーカー逮捕されることによって排除されることも、十分メリット足りうる」
一石二鳥ですね。と四月一日。
「そんなトンデモ理論信じられるわけないじゃないですか! いい加減にしてくださいよ! それにあなたは言いましたよね!? 凍島さんが突き落としたって!」
「ええ、それは事実だと私は思っていますよ? 実際に凍島さんが西條さんを突き落としたのでしょう」
「は? この人本当に頭おかしいんですけど? お兄さんなんとかしてくださいよ……って伝えてください……」
西條さんが再び僕に助けを求めてくる。
潤んだ瞳。上目遣い。小さく縮こまり、微かに震えている。
「それですよそれ。そのあざとい行為。いい加減やめません?」
四月一日はうんざりした様に言う。
「そんな事言わないでくださいよ。あたしは普段からこんなんですっ!」
西條さんの必死の抵抗。
しかし、四月一日は容赦しない。
「全部計算して演技しているんでしょう?」
正直それは四月一日もやっているだろう。
いや、やっているからか。
同族だから。
目的は違えど手段は同じだから簡単に見抜くことができる。
「そんなことないっ!」
「嘘ですよね、それ。実は私嘘を見抜く特技がありまして。コールドリーディング、って言うんですけどね。知ってます? まあ、私の数少ない些細な特技の中の一つなのですが」
「ふざけないでください! 真面目に正直にやってくださいよ! 証拠もないのに予想だけであたしを悪者扱いして。もういいです、帰ってください」
言うが早いか、西條さんはベットに横になると布団を被って反対側を向いてしまった。
「真面目にやるのはあなたです。私の特技の話をしましたがあなたの特技は演技ってところですかね」
「…………」
「おっ、反応しましたね。それでは西條さんの本質も暴いたところで、西條さんサイドでの謎解きといきましょうか」