13話 鉱石の行先
地下六層には、貨物用の昇降機が三基ある。
一番と二番は、毎日大量の鉱石を地上へ運んでいた。
三番だけは、何を運んでいるのか分からない。
俺が最初に目をつけたのは、そこだった。
「監督、ひとつ提案があるんですが」
採掘作業を終えたあと、思い切って声をかけた。
「何だ」
「荷車の積み方を変えれば、もっと運搬量を増やせると思います」
監督は眉をひそめた。
「貴様、石を掘るのが嫌になったか?」
「いえ。日本では港で荷役の仕事をしていました。重い荷物の扱いには慣れています」
昇降機の前では、鉱石を積んだ荷車が何台も順番を待っていた。
そのうちの一台を指さす。
「あの荷車、右側に重い鉱石が偏っています。あれだと揺れたときに傾くんです。積み直せば、一度にもう少し運べます」
「……やってみろ」
監督は半信半疑だった。
だが、実際に積み方を変えてみると、荷崩れが減り、昇降機の往復回数も少なくなった。
「ほう。なかなか使えるな」
監督が笑った。
褒められたのは、この鉱山へ来て初めてだった。
「明日から運搬場で働け。ただし、三番昇降機には近づくな。あそこは特別な荷物を扱う」
「分かりました」
俺は素直に頭を下げた。
禁止されると、余計に気になるものだ。
◇
運搬係になって三日目。
俺は少しずつ、この鉱山の妙なところに気づき始めていた。
一番と二番の昇降機には、運搬記録がある。
何台の荷車を積み、どれだけの鉱石を地上へ送ったか。俺も積み込みを担当するので、その数字は確認できた。
ところが、採掘場から運ばれてくる鉱石の量と、地上へ送る量が合わない。
最初は倉庫に貯めているのだと思った。
だが、毎日相当な量の鉱石が届いているのに、保管場所は一向にいっぱいにならなかった。
「どこか別の場所へ運んでいるんだろうな」
夕食のとき、小野寺さんに相談すると、彼はすぐにそう言った。
元運送会社員だけあって、荷物の流れには詳しい。
「倉庫が増えてないなら、入った分だけ出ているってことだ。お前が知らない搬出経路があるんだよ」
「やっぱり三番ですかね」
「可能性は高いな。でも、勝手に近づくなよ」
そう言って、小野寺さんは薄いスープをすすった。
「西川のこともある。次に監督を怒らせたら、俺たちが第九層送りだ」
反抗して連れていかれた西川は、まだ戻ってきていない。
あれ以来、誰も監督に逆らわなくなった。
「分かっています。無茶はしません」
「本当か?」
「……なるべく」
小野寺さんはため息をついた。
◇
手掛かりを見つけたのは、宮本さんだった。
「相田君。三番の昇降機、地上へ上がっていないみたいよ」
「えっ?」
「昨日、夜の作業が終わるころに見たの。あの昇降機の重りが、上へ動いていたわ」
昇降機には、荷台と釣り合いを取るための重りがついている。
重りが上がれば、荷台は下がる。
「じゃあ、三番は下へ?」
「ええ。普通の人には暗くて見えない場所だけど、私には《夜目》があるから」
宮本さんは小さく肩をすくめた。
「こんなところで役に立つなんて、あまり嬉しくないけどね」
それから俺たちは、作業の合間に三番昇降機の動きを調べた。
もちろん、近づきすぎないように。
俺は運搬記録から鉱石の量を確かめ、小野寺さんは荷車の行き先を注意して見た。
宮本さんは、暗い通路の奥で動く昇降機を観察した。
そして分かったことがある。
三番昇降機は、夜になると大量の鉱石を積んで下へ降りていた。
採掘した鉱石を、地上ではなく、さらに地下へ運んでいるのだ。
「地下で精錬しているんじゃないか?」
小野寺さんが言った。
「それ自体は、おかしくないですよね」
「ああ。問題は、どうして秘密にしてるのかだ」
確かに、そのとおりだった。
◇
その夜、運搬場の片付けをしていると、三番昇降機の前に警備兵が集まってきた。
例によって、俺たち一般の作業員は近づけない。
荷車に積まれているのは、黒い布をかけた大きな木箱だった。
鉱石を運ぶときには使わない、鉄の帯で補強された箱だ。
俺は荷車を押しながら、横目で様子を窺った。
何が入っているかは分からない。
ただ、箱を運ぶ兵士たちは妙に慎重だった。
重いというより、傷つけたくない荷物を扱っているように見える。
そのとき、少し離れた選鉱場にいた宮本さんと目が合った。
彼女は小さく頷いた。
あとで話を聞こう。
◇
「箱の横に、何か印があったの」
共同寝室へ戻ってから、宮本さんが教えてくれた。
「黒い塗料で消してあったんだけど、暗いところだと塗り残しが分かるのよ。角みたいな形が三つ、重なっていたわ」
「角が三つ……」
「相田君、覚えてない? 最初にここへ来たとき、入口に貼ってあった戦争の布告」
俺は記憶を探った。
確か、魔王軍に注意するよう呼びかける大きな張り紙があった。
そこに描かれていた敵軍の旗。
黒い、三本の角。
「……似ていますね」
「ええ。でも、見間違いかもしれない」
小野寺さんが腕を組んだ。
「魔王軍から奪った物資かもしれんしな。印だけで決めつけるのは危険だ」
もっともな意見だった。
ただ、気になることが多すぎる。
秘密の昇降機。
地上へ運ばれない鉱石。
厳重に警備された木箱。
そして、消された印。
「もし、本当に魔王軍の荷物だとしたら……」
宮本さんが言いかけ、口を閉じた。
俺も、それ以上は考えたくなかった。
魔王軍と戦うために呼び出された俺たちが、敵を助ける仕事をさせられているとしたら。
女神様は、そのことを知っていたのだろうか。
◇
翌日、俺は三番昇降機の動きをもう少し詳しく調べた。
ただし、警備兵が見ている前で近づくような真似はしない。
運搬係として働きながら、昇降機の音を聞く。
荷台が動き始めると、鉄の鎖が規則正しく鳴る。
しばらくして、音が止まった。
数を数えていた俺は、首を傾げた。
地上へ向かう一番や二番に比べ、三番が動いている時間はずっと短い。
しかも、下へ降りたあと、同じくらいの時間をかけて戻ってくる。
途中の階で荷物を降ろしているのかもしれない。
その日の作業が終わるころ、宮本さんが駆け寄ってきた。
「相田君、分かったわ」
「何がですか?」
「三番の昇降機。操作盤が一瞬見えたの」
彼女は声を落とした。
「行き先を示す数字があった。六、七、八、それから九」
「九……?」
「荷台が止まったとき、九のところに印がついていたわ」
俺は息を呑んだ。
第九層。
西川が連れていかれた場所だ。
俺たちが掘った鉱石は、あそこへ運ばれているのか。
「西川さんも、まだあそこにいるんでしょうか」
「分からない。でも……」
宮本さんは、そこで言葉を切った。
通路の向こうから監督が歩いてきたのだ。
俺たちは慌てて離れ、何事もなかったように作業場へ戻った。
◇
その夜、三人で小声の相談をした。
「第九層か……」
小野寺さんは難しい顔をしていた。
「普通の採掘場なら、どうしてわざわざ秘密にするんだろうな」
「それを確かめたいんです」
「言っとくが、俺たちだけで乗り込むのは無理だぞ」
「分かっています」
俺は頷いた。
三番昇降機には警備兵がついている。
仮に乗り込めたとしても、下で何が待っているか分からない。
だから、まずは証拠を集める必要がある。
グラードの外へ出られたとき、誰かに事情を説明できるように。
「何とか、外へ知らせる方法を探しましょう」
俺が言うと、宮本さんと小野寺さんも頷いた。
そのあと寝床へ戻ったが、なかなか眠れなかった。
女神アリエスは、俺たちに魔王軍との戦いを支えてほしいと言った。
その言葉を、今も覚えている。
だけど、俺たちは本当のところ、誰のために働いているのだろう。
地下のどこかで、三番昇降機の鎖が軋む音がした。
今夜もまた、鉱石が第九層へ運ばれていく。
そして、あそこには西川がいるかもしれない。
俺は薄い毛布を引き寄せ、目を閉じた。
せめて、あの昇降機に何が積まれているのか。
それだけは確かめなければならないと思った。




