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レレア師範が到着したのは、それからすぐのことだった。
ルベラさんに説明をする猶予もなく、止血を施したアチェリーさんの様子を四人で観察する。
「馬鹿なことを……」
いつもの飄々としたそれではない、重たいため息交じりの師範の声が、ことの重大さを物語っていた。
気を失ったアチェリーさんは、文字通り血の気の引いた青い顔で地面に倒れている。わたしが気付ける身体の異常に、師範が気付かないはずもない。
既に通報済みの王都治安局員が到着するまで、恐らくそう時間もかからないだろう。
そのあいだ、すっかり人気のなくなった道の只中で、ルベラさんは混成魔術による簡易な調査を行ってくれた。意識のないアチェリーさんの心身、それがどんな状態にあるのかの。
「──これはあくまで、本職ではない身での私見ですが」
ルベラさんが一体どういう心境でこの場に残ってくれているのか、今それを問う余裕はない。師範も、わたしたちのあいだに漂う空気になにかを感じてか、口出しをすることはなかった。ルベラさんが魔導士協会のライセンスカードを見せたことも、理由の一因かもしれないけれども。
ともかくその言葉に、魔術に疎いわたしたち三人は耳を傾けるほかない。
「遠目に見た時にも思った通り、精神錯乱系の禁制魔導を付与された形跡があります。それも強力な」
不安感やストレスの増大、それに伴う思考の鈍化や視野狭窄化などを引き起こす違法な魔術。それを受けた者とよく似た特徴が、アチェリーさんには表れているらしい。それと同時に、感覚器官を過剰に鋭敏化させる禁止薬物の反応も。
「…………」
「ただ……検査魔術の反応的には、既存の禁制魔導そのものとは微妙に異なる……まるで、一枚フィルターでも噛ませているかのような……」
言いながらもルベラさんは首を傾げている。
魔術に明るくないツヅリの一派が口出しなどできるはずもなく、わたしもシュレーナさんも師範も、黙ってアチェリーさんを見下ろすことしかできない。
ツヅリの剣士……それも上位門弟の一人が、魔術的な禁忌に手を出すだなんて。一見するとまったく不可解で、異常で、師範すらも下手なことを言えずにいる。
「不安、ストレス……」
半ば無意識のうちに呟きながら、思い出すのはほんの一週間ほど前のこと。
ロッカールームで盗み聞いた言葉。魔導士への敵愾心、ツヅリが軽んじられることへの憤り、乾いた笑い声。
“しょうもないまとめサイト”の記事は、わたしが思うよりもずっと、アチェリーさんを不安にさせていたのだろうか。
……いや、彼女の言葉を思い返せば。
あるいはもっと単純に、わたしとシュレーナさんという、より上位の門弟が気に食わなかっただけかもしれないけれども。
真実を、少なくとも今この瞬間に知ることはできない。これからあとの聴取は、わたしたちではなく王都治安局の仕事だ。
「……ま、死ななかっただけ感謝しろって感じ?」
わたしたちが施した止血処理とルベラさんの魔術的処置はどちらも的確で、治安局員がもうすぐ到着することも合わせて考えれば、アチェリーさんの命に別状はないだろう。
けれども、シュレーナさんが切断した右手首も、わたしが刺し潰した肺も、まったくの元通りにはなるまい。彼女はこれから剣士としての道はおろか、ただ暮らすにも苦しい体で生きていかなければならない。多大な罪と罰を背負いながら。
無辜の民を守るために必要なことだった。だからわたしの心に罪悪感はない。ただ、彼女の心の歪みに気付けなかったことが口惜しい。
「……わたしが、もっと──」
「んや、それはないっしょ」
口を突いて出た弱音は、シュレーナさんの声で即座に切り捨てられた。
「なにか悩んでたんだとしても……結局、道を踏み外したのはこの子自身の選択。そこに同情の余地はない」
戦いの傷跡が色濃く残る周囲を見回しながら、シュレーナさんはなんてことないような口調で言う。あの日のロッカールームの会話を、シュレーナさんが聞いていたのかは分からない。けれども彼女の目には、憐憫はあれど悔恨はなかった。
「あーしらは、この暴走した馬鹿から民草を守った。そんだけ」
「……ああ、そうだな。お前達はよくやった」
師範も、静かにそう言うだけだった。
わたしとシュレーナさんの手にはもう、砕けた杖もおもちゃの剣もない。
空いた手のひらを幾度か、握っては開く。そうする僅かなうちに、仕事の早い王都治安局員の方々が近づいてくる足音が聞こえてきた。
これで正真正銘、事態は収束した……と、言えるのだろうか。
◆ ◆ ◆
当事者ということで当然、治安局への動向及び事情聴取はあった。
とはいえやはり異例の事態で、治安局員のみなさんも混乱しながらの対応。ルベラさんの検査結果も判断材料に入れつつ、しかしすぐになにかを断定することはできない。だものでわたしたちへの聴取も、夜もまだ更けきらない辺りでひとまずは終了した。
状況的にも目撃証言的にも、わたしやシュレーナさんが鎮圧のために動いたことはすぐに認められた。だからなにかしら制限などを受けることもなく、「後日また聴取と検証に協力願いたい」という言葉をもらって解放されたのは、まだ夜も更けきらない程度の時間。
「……っても夕飯にはもうだいぶ遅いけどね」
「ま、まあ……日を跨がないうちに帰れましたし……」
起こったことへの混乱と、疲れたお腹すいたという感情はまたべつの話だ。
わたしの思考はすでに、まだぎりぎり開いてるだろう店を探して手早く買い物するか、それともわたしの家の残り物で夕飯(というかもはや夜食?)を済ませるか……というところに向かっていた。
「まーじ、明日午前いっぱい空いててよかったぁ〜」
「シュレーナさんがそういうタイミングを選んだんじゃないですか」
「まーね」
治安局の建物をあとにしながら、左隣のシュレーナさんと二人、ほっと息を吐く。
右隣からはルベラさんの、もう本当にいろんなことが気にかかっているような気配が漂っていて。わたしがなにかを言う前に、シュレーナさんがルベラさんへ煽るような?声を向けた。
「ってわけでー? あーしらはこの辺で失礼しますねぇー? これからこの子んちで色々あるんで。泊まりで」
「ぐ、く……仮にもこんな事件の後で、よくそんな物言いができますね……」
ルベラさんの表情はさらに複雑そうなものに。シュレーナさんはなぜだか勝ち誇ったようなそれ。
いや、でもあの、そのぉー……
「……もしよろしければルベラさんもご一緒にどうですか? ……って、さ、誘おうと……思ってたんですけどぉ……」
「は?」
「はい勿論!! ぜひ!!!」
だ、だって、いろいろ説明しないわけにもいかないだろうし。さすがに、ねぇ……?




