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「なんなんですか今日は……折角るるさんに会えたと思ったら……!」
不満げなルベラさんの言葉が少し遠くに聞こえる。
こんな街中での衝撃音なんて嫌な予感しかしない。それも、なんと言えばいいのか……店内まで伝わった振動が、身に覚えのある雰囲気を纏っていたのなら、なおのこと。
「ハルカ」
「はい」
「……へ? あの、お二人とも──」
同じく肌で感じ取ったのだろう。一瞬で剣士の顔になったシュレーナさんが、一声とともに駆け出す。
わたしもすでに思考は切り替わっている。ベレー帽を放り捨てた彼女に続き、ざわめく店内をすり抜けて最短で店の外へと出た。
「……はぁ。なーにやってんだか」
悲鳴と、逃げ惑う足音。
それらがひしめく店の前では、大きな道を断つようにして一本、亀裂が地面を走っていた。
たったいま人為的に作られたのだと分かる破壊痕は、強引で荒々しく、しかし間違いなく“剣による一撃”なのだと分かってしまう。ひどく歪んではいるけれども、それはたしかに同門の太刀筋だったから。
「──あっはは、ホントに見つけられた! 超感覚──これホンモノじゃないっすかァ!!」
今しがたの衝撃から感じた雰囲気──剣気は、ツヅリ一刀の技。それも、わたしもよく見知った人物のもの。道着姿の下手人は、逃げ隠れすることもなくわたしたちの前に立っていた。
直近の記憶で言えば、一週間と少し前か。
道場のロッカールームで話していた三人のうちの一人。溌剌とした赤短髪の、わたしの二つ歳上の門下生。あの日わたしが修練を見ていた相手。名前は──
「──やっほ、アチェリーちゃん。これどういうこと?」
「どうって……決まってるじゃないっすか。力の証明っす! 万事断つ万能の剣術の!」
彼女の前に立ったシュレーナさんが、いつも通りの声音で呼びかける。応答は異様なハイテンション。爛々と輝く瞳と合わさり、アチェリーさんは立ち姿からして常ならぬ雰囲気を醸し出していた。
「…………正気じゃなさそ。なにに手ぇ出した?」
「そうやってすぐ見抜いてくるの、いつもムカついてましたっ! シュレーナさん!!」
「あっそう。ごめんねぇ、あんまりにも分かりやすいもんだからさ」
二人がやりとりするあいだに、わたしは少し下がった位置から周囲の状況を確認していた。
本当に幸いなことに、斬撃の直撃を受けた人はいない様子。あくまで直撃は、だけども。
地面を抉るほどの衝撃、飛び散った礫、それらを受けて負傷した人は目に見える範囲でも大勢いる。無辜の者たちが地に伏し、苦しみに喘いでいる。
「……師範代には連絡済みです。すぐに来るはず」
「おっけー……とはいえ、それを座して待つわけもなし」
シュレーナさんの言葉は、今にもまた剣を振りかざしそうなアチェリーさんを指したものでもあり。また同時、わたしたち自身を指したものでもあった。
この場に脅威があるのなら、それを切り裂く力が必要であるのなら。わたしたちが戦わない理由はない。たとえ、いつもの得物が手元になかったとしても。
「模造刀とか売ってたら楽だったんだけどね」
王都内では事前申請なしの帯刀・帯剣は禁じられている。だからわたしたちは今、完全な丸腰──というわけでもない。
「で、『DX! 光る! 鳴る! 刀剣セイバーブレード』ならありましたよ……!」
シュレーナさんが相手の気を引いているあいだに、こっちは店の入口に陳列されたおもちゃの刀を拝借していた。わずかに反りのある軽量合材の魔導玩具を一振り、シュレーナさんに手渡す。
さてわたしのほうはと言えば、『刀剣セイバーブレード』の近くに落ちていたご老人用の杖を構えて、アチェリーさんを睨みつける。あちらの得物は言うまでもなく真剣だ。シュレーナさんが普段使っているものよりもやや刀身の長い打刀。よくよく見てみれば、先の一撃によってか、刃先が少しだけ毀れているのがうかがえた。
「ねぇ、あーしも杖じゃ駄目だったん?」
「シュレーナさんは、そ、反っている得物のほうがいいかなって……」
「うーーーーーーん…………しゃあなし」
「……いや、なに言ってんすかお二方。いくらなんでも舐めすぎっすよーそれ──はァッ!!」
言葉と刃、両方が割り込んできた。
不意をついたつもりなのだろう、勢い込んだ気迫とともに。
「っととぉ」
「っ!」
第一撃、大振りな横薙ぎはわたしとシュレーナさんそれぞれが左右に跳んで回避。追撃はこちらへは来ず、アチェリーさんはシュレーナさんを追って連撃を繰り出していく。
「ほらっ、ほらァっ! どうっ、っすかァ!」
上段からの振り下ろし、刃を翻しての切り上げ、そこから素早くバツの字に二連──伴う剣気によって一太刀一太刀が大気を揺らがせ、時には地に刀傷が走る。これまでのアチェリーさんでは有り得なかった苛烈な斬撃の嵐を、しかしシュレーナさんは全ていなして見せていた。
“びゃあああん!”、“ずばぁあああん!”、“ざしゅぅぅううう!”。
『DX! 光る! 鳴る! 刀剣セイバーブレード』から、音と光を発しながら。
「や、やりづらぁ……」
シュレーナさん自身がふざけているわけではない。それはもちろん。ただ、その……あの剣が勝手に、振るたびに派手な音と光を出すというだけ。むしろこれは、柔い素材のおもちゃで真剣による斬撃を幾度となく受け流している、シュレーナさんの実力の証左ですらある。
アチェリーさん的には腹立たしいようだけれども。
「あーマジで苛つくっすっ……その人を小馬鹿にしたような態度……!!」
「いやこれはあーしのせいじゃなくない? ってか普段からそんなこと思ってたんだ……ちょっとショックかも」
言葉のわりに、シュレーナさんはまったく悲しそうには見えない。極めて冷静に、“しゃばぁあああん!”と音を鳴らしながら袈裟斬りをいなしている。よし、ひとまずここっ──!
「『ツヅリ一刀──游擘』!!」
……ツヅリの剣技を高らかに叫んだのは、わたしではなくアチェリーさんだった。
これまでの彼女であれば反応できないタイミングでの背後からの刺突、それを狙ったわたしは、そもそも間合いに入る前に彼女が放った斬撃飛翔の技で妨害された。
体ごと半回転しながらのその攻撃は、振り始めの刃先でシュレーナさんを牽制しつつ、速度が乗って放たれた斬撃波でわたしを狙う強引なもの。威力も、直撃は貰いたくないと思わせるほど。
「──っ」
わたしは即座に足さばきを変え──背後に誰もいないことを確かめたうえで──『游擘』を回避した。
ツヅリの流派は万能の剣術。飛ぶ斬撃くらいは当然、一つと言わず存在する。けれどもこの威力は、やはり今までのアチェリーさんではあり得ないものだった。
「あらまー……随分と荒っぽくなっちゃってさ」
わたしが気付けることだ。当然、シュレーナさんもすぐに気付く。
威力は上がっている。剣速も同じく。劇的と言ってよいほどに。しかし一方で、洗練さは失われている。荒っぽく、なんというかこう……ギザギザとした太刀筋に変わってしまっている。
「強くなったんすよ、自分は!!」
悲しいかな、アチェリーさん自身はそれに気付いていないようだけれども。
楽しげに叫ぶ彼女の死角に回ってもう一太刀──これもまた反応された。剣技は荒れているのに、後ろに目でもついているかのようにこちらへの反応だけは過敏だ。
「ふ、ははっ……筆頭弟子二人相手に、『両極』相手にやり合えてる……! いや勝てる……! やっぱり自分には才能があったんっす! あっはァ!!」
シュレーナさんは正面から攻撃をいなし続け、わたしは隙を見て攻撃を試みる。心許ない得物では思うようにダメージを与えられず、アチェリーさんはますます調子づいていくばかり。
「こちとら今は女児とお婆ちゃんなんだからさっ……! ちょっとは優しくしてくれてもいいんじゃない、のっ、とぉっ……!」
「誰がァ!!」
もはや剣圧だけで風が起こるほどの剛力に、“ずぎゅぉぉああああ!”と『刀剣セイバーブレード』が悲鳴を上げている。刃毀れという概念があの玩具にあるのかは不明だけど……少なくとも、シュレーナさんですらいつまでも捌き切れる状況ではないのは確かだ。
ここまでの短い戦闘だけでもよく分かる。今のアチェリーさんの体は、もう筋肉や血管の盛り上がり方からしておかしい。明らかに真っ当な剣士の肉体ではなくなってしまっている。いや、血走った目やおかしな言動を鑑みれば、精神も同様にか。
先程シュレーナさんが言っていた通り、なにか良からぬものに手を出した可能性は高いだろう。もう彼女は同門ではない。斬り伏せるべき外道だ。
「……ふぅ」
この際、手段は選べない。
おそらく今のアチェリーさんは今のわたしたちから、逃げようと思えば逃げることもできてしまう。師範代が来るまでにそれを許してしまえば、逃げた先でまた、彼女が間違った剣を振るってしまうかもしれない。誰かを傷つけるかもしれない。断固として止める、ここで。
そのためにこそ……ツヅリの理念に則って、僅かばかりツヅリの剣士らしからぬことをする。
「ちくちくちくちく……陰気でウザったらしいんっすよ『地極』ゥ!!」
もう幾度目か背後から杖で刺しにいって、そしてまた防がれる。ついにわたしの名を呼ぶことすらなくなったアチェリーさんは振り向くこともなく後ろ手に、片手間に、こちらの杖先を斬り飛ばしてみせた。
そう、こちらを見ていない。
知覚が過剰発達しているのか知らないが、目視での警戒すら怠っている。
曲がりなりにもツヅリの上位門弟だった者として、ツヅリの剣ならば見ずとも察知できると……そう驕っている。
だから、わたしが剣術以外を使う瞬間に気付けない。
「──『混成魔導:礫砂/水球』」
「んなっ……!?」
これはごく初歩的な混成魔導だ。
アチェリーさんが剣閃を刻み荒れた地面の礫を操って、そこに水を足して、ほんの少しだけ足元をぬかるませる。元来、こんな程度の足場じゃ、ツヅリの剣士は揺らがない。
「くっ……!」
だけどもそれが突然起これば。
驕り高ぶり、足元が疎かになっていた状態で、泥濘にそれを掬われれば。
一瞬の隙が、たしかに生まれてしまう。シュレーナさんもわたしも見逃すはずがない、大きな隙が。
「「『ツヅリ一刀──」」
なんの符丁もなくとも、わたしたちは声を揃えることができた。得物とも呼べない得物を構えて、ツヅリの名を唱える。
“ツヅリの流派は万事断つ万能の剣術。以って、全ての者を護るためにこそ”
「──游擘』!」
「──穿孔』……!」
斬撃と刺突、二つの“飛ぶ剣技”がアチェリーさんに直撃する。
「ガッ──、ァ……」
シュレーナさんの放った前者は彼女の右手首を切断し、わたしの放った後者は肺を一つ貫いた。
『刀剣セイバーブレード』は“ずぎゃがびっがびびび”と音を立てて砕け、わたしの杖は縦に裂けてしまい……そしてそのときにはもう既に、アチェリーさんは倒れている。
一応、こんな異様な状態なのだから、まだ動ける可能性も視野に入れていたけれども……
「ぇ゙、っ゙、ヒュ──」
「ほぼ意識ないね、よし拘束」
「は、はいっ……!」
瞼や唇を痙攣させ、二箇所の傷口から血を流すアチェリーさんは、どうやらもう剣を握ることはできなそうだった。
ひとまずは状況終了、と言って良いか。
「────色々と、気になる事が出来てしまいましたが……ひとまずはその、倒れている方。禁制魔導と薬物らしき反応が見て取れますね」
…………全部見られちゃってたなぁ。ルベラさんに。
カクヨム様での百合コンに間に合いましたので、以降は週二回を目安に更新していく予定となります。




