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継承惑星  作者: 室木 星嶺
第一部 始まりの場所

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第六話 継承者

倉庫から脱出した後。


二人は湾岸地区を離れ、人気のない工業地帯へ入っていた。


夜風が冷たい。


玲司は凛の後ろで、バイクにしがみついたまま黙っていた。


頭の中が整理できない。


父の死。


追跡。


武装組織。


そして、何度も起きた“偶然”。


考えれば考えるほど、現実感が消えていく。


やがて凛は、コンテナ置き場の片隅でバイクを止めた。


周囲に人影はない。


薄暗い照明の下、一台の黒いSUVが停車していた。


エンジンは切られている。


凛はバイクを降りながら言う。


「移動手段を変える」


玲司もヘルメットを外した。


「……用意良すぎだろ」


「追跡を想定してるだけ」


凛は短く答え、SUVへ近づく。


運転席の窓が少し開いた。


中にはスーツ姿の男が座っていた。


四十代くらい。


無言のままUSBメモリを凛へ渡す。


凛も何も言わない。


男は玲司を一瞬だけ見る。


その目には奇妙な緊張があった。


まるで危険物を見るような。


玲司は思わず睨み返す。


「……何だよ」


男は答えない。


すぐ車を降り、別の車両へ乗り換えて去っていった。


玲司は不気味さを感じた。


凛はSUVへ乗り込む。


「乗って」


玲司は数秒迷ってから助手席へ座った。


ドアが閉まる。


静かな車内。


凛はエンジンをかけ、車を発進させた。


夜の湾岸道路を、黒いSUVが走っていく。


窓の外では、赤色灯を点滅させたパトカーが何台も走り抜けていた。


遠くの高速道路では渋滞。


上空には報道ヘリ。


ラジオからは緊迫したニュース音声が流れている。


『本日未明より世界各地で確認されている異常現象について、政府は依然として原因不明との見解を――』


『太平洋沿岸で再び潮位異常が――』


『欧州宇宙機関は重力観測データの一部公開を停止――』


玲司は助手席で黙ったまま窓の外を見ていた。


街はいつも通りに見える。


なのに、何かが壊れ始めている気がした。


凛がバックミラーを見る。


「追跡は切れた」


玲司は返事をしない。


数秒後、低く呟く。


「……全部、親父のせいだって言うのか」


凛は少し黙った。


「あなたのお父様は、長年ある秘密を抱えていた」


玲司は笑った。


乾いた笑いだった。


「秘密って何だよ。国家機密か? 宗教か? 人体実験か?」


凛は答えない。


その沈黙が逆に重かった。


玲司は苛立ちを隠せなくなる。


「何なんだよアンタら! さっきから訳分かんねえ事ばっかり!」


凛は前を向いたまま言う。


「……まだ全部は話せない」


「ふざけんな」


玲司はダッシュボードを叩いた。


「親父は死んだんだぞ!」


車内に沈黙が落ちる。


ラジオだけが流れ続ける。


『アメリカ西海岸で局地地震――』


『通信障害の原因は現在も不明――』


玲司は顔を伏せた。


頭の整理が追いつかない。


父の死。


追跡。


異常現象。


武装組織。


そして、自分だけが何も知らない。


凛が静かに言った。


「……あなたのお父様は、最後まであなたを普通に生きさせようとしていた」


玲司の視線が動く。


凛は続ける。


「だからずっと隠していた」


「……何を」


凛は答えなかった。


その代わり、車は湾岸地区の古い廃ビル前へ停車した。


人気のない倉庫街。


波の音だけが響いている。


凛はエンジンを切った。


「今夜はここに身を隠す」


玲司は車を降りる。


冷たい夜風。


遠くで雷が光った。


二人は廃ビルの中へ入る。


古びたエレベーターは止まっていた。


凛は階段を上がる。


玲司も無言で続いた。


五階。


埃だらけのフロア。


簡易照明だけが点いている。


凛は窓際へ立ち、外を確認する。


玲司はソファへ座り込んだ。


限界だった。


「……もういい」


低い声。


凛は振り返る。


玲司は顔を上げた。


「説明してくれ」


沈黙。


「親父は何だった?」


凛は答えない。


「何で死んだ?」


玲司の声が震えていた。


怒りなのか、恐怖なのか、自分でも分からない。


凛はゆっくり息を吐いた。


そして静かに言う。


「神谷恒一は、“継承者”だった」


玲司は眉をひそめた。


「宗教か?」


「違う」


凛は真っ直ぐ玲司を見る。


「継承者は、地球そのものと生命同期している存在」


玲司は数秒沈黙した後、笑った。


「……は?」


「継承者が死亡すると、地球は崩壊を始める」


雨音だけが響く。


玲司は呆然としていた。


「頭おかしいだろ……」


「信じなくてもいい」


凛は静かに続ける。


「でも、あなたのお父様が死亡した直後、世界中で異常現象が発生した」


玲司の顔から血の気が引く。


空の亀裂。


停電。


地震。


さっきの異常。


全てが脳裏をよぎる。


凛はさらに言った。


「そして現在、その反応はあなたへ移行している」


「……何を言ってる」


「神谷玲司」


凛の声は静かだった。


だが重かった。


「あなたが、新たな継承者よ」


玲司は言葉を失う。


その瞬間だった。


廃ビル全体が微かに揺れた。


窓の外。


遠くの空に、黒い歪みが走る。


まるで空間そのものが軋んでいるようだった。



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