第七章 勇気の双眸(4)
インビンシブルを見送った後、彼から得た情報の正確性を確認する為に、エレカは寺院の中に戻った。領主レフルに坑道の話を聞く為だ。プリックは住民達と触れ合うような面倒くさいことはしなくないと嘯いて、エレカと別れて街の外へ飛んで行ってしまった。
「生憎私は坑道の構造までは詳しく把握できていない。住民の中に鉱山労働者がいるかもしれない。聞いてみよう」
彼はそう言って住民達に声を掛けて回った。避難住民達のすべての職業を領主が把握している訳もなく、住民達の中を歩き回って、手新次第に坑道に詳しい者がいないか聞いて回っていた。
しばらく住民達に声を掛けて回っていた領主が、一人の大柄な男を連れて戻って来た。黒い髪、黒い目、浅黒く筋肉質な体。見るからに屈強な鉱山労働者といった風体の男だった。
「鉱山なら俺の庭みたいなもんだ。何でも聞いてくれ」
男は屈託なく笑い、エレカの前にやって来た。エレカは男に礼拝室の入口近くの長椅子に座らせ、その前に浮いて話を聞くことにした様子だった。領主レフルも都市の問題に関する話は聞いておきたいと言って同席している。彼も鉱山労働者の男と一緒に長椅子に座ってもらった。司祭は避難住民の心のケアに忙しいようで、話は聞きに来なかった。
「仲間からの情報では、メルサーグの地下まで坑道が伸びていると話ですが、本当でしょうか」
単刀直入に、エレカは男に聞いた。
「ん? ああ。南六番坑道がメルサーグの地下まで入り込んでるな。だが、古い坑道で、今は誰も掘ってないぜ」
男はすんなり答えた。インビンシブルの情報の信憑性が増してきた訳だ。エレカはさらに尋ねた。
「立ち入ろうと思えば、今でも誰でも入れますか?」
「まあな。閉鎖されたって話は聞いてないな。だが本当に何も残ってないぜ。何だってそんな場所に興味を持ったんだか知らねえが、お嬢ちゃんみたいな、立派な身なりの別嬪さんが行くとこじゃないさ」
朗らかに笑い、男が膝を叩く。都市は滅茶苦茶、窮屈な避難生活の最中だというのに、疲れや絶望とは無縁そうな様子は、過酷な労働で鍛え上げられた逞しさから来ているのかもしれない。
「こう見えても、埃だらけの地下も、鬱屈とした洞窟も、慣れています」
エレカは笑顔で答えてから、質問を続けた。
「坑道の先が大きな空洞に繋がっているということはありませんか?」
「いや。それは知らねえな。本当か?」
初耳だ、と、男は不意に笑みを消し、驚いた顔になった。
「俺が知る限り、鉱石が採れてた頃は、坑道をぶち抜いて空洞に出たって奴はいない筈だ」
「何者かが勝手に掘ったという可能性はありませんか?」
話は核心に入って来た。これほど大掛かりな問題を引き起こしているのだ。誰にも知られていない空洞の方が、悪事には如何にも都合が良いというのが相場だ。
「なくはないな。敢えて入る鉱夫はいないからな、こっそり掘るのは簡単だろう。だが、こちとらしがない鉱山掘りだ。悪事で入り込む奴に心当たりがないかと聞かれても、生憎さっぱりだ」
男は腕を組み、そんな彼にエレカは頷いてみせた。
「そこまでは要求しません。やったのが誰であろうとそれはもう問題ではないと、私は思います。誰であろうとこの都市の惨状に対する罰を受けねばならないのは最早明白で、誰がではなく、何故このような惨劇を起こしたのかを白日の下に晒すことが、二度とこのような過ちが起こされない為に必要なことだと信じます」
「全くもってその通りだな」
レフルも頷き、
「その為にも、罪人は、できるだけ生きた状態で捉えてはもらえないだろうか。可能な限り我等の法で裁かねばならないと思う」
そう、エレカに頼んだ。
エレカもできるのであればそうするべきなのだろうと考えたようで。けれど、それは難しいだろう、と、考えてもいるようだった。
「可能であれば。しかし、このようなことが少人数で起こせるとも思えません。組織的であれば、首謀者の捕縛は難しいということは、予め承知しておいてください。この都市だけでなく、アースウィルの平穏の為に、逃れられる失態を防ぐ必要があり、絶対に避けなければならない事態を防ぐ為に、その場で斬って捨てなければなりません」
「それは承知している。君達の判断であれば信用できると私は考えている。君達がその場で対処すべきと判断したら、君達の判断を優先してほしい。そも、君達が駆けつけてくれなければ、この寺院内にいる全員が、既に命はなかっただろう。そんな我々を親身になって救ってくれた君達を、疑う余地などあろうか」
レフルから見て、エレカ達が人間でないことは明らかだろう。けれど、彼はそのことには一切の懸念も挟みはしなかった。真剣にエレカを見る視線には、明らかにごく小さい身のマリオネッツを、一つ一つの人格として、嘲ることも、軽んじることもなく、捉えていた。
「分かりました。その信頼と期待を裏切らないよう、私も最大限の努力を約束します」
だからそこ、エレカも受け取った責任をしっかりと背負うつもりができていて、人々を思う目には熱が籠っていた。臆することなく困難に立ち向かう覚悟のできた目。果たしてメルサーグの人間達には、エレカが何に見えていることだろう。
「勿論、私だけで成せることではありません。ですから、窮屈な避難生活を強いることになってすみませんが、私の仲間が活力を取り戻すまで、しばらくの猶予をください。人々の不安と苦労には心が痛むばかりですけれど、彼等も、不眠不休では戦えないんです」
「それも十分承知している。しっかりと休んでから、坑道に向かっていただければ良い」
エレカと領主レフルがそんな会話をしているところへ、
「宜しければ」
と言いながら、二人の所へやって来た。
「うちの寺院の者も連れて行って頂けませぬか」
傍らに、まだ少年といっても良い若い男を連れていた。簡素は祭服を纏っていて、赤髪の少年だった。背は高くなく、色が白い。
「申し出は嬉しいですけど」
エレカは、その華奢な体躯を見て、思わずたじろいだ。あまりにも線が細く、頼りなげな少年で、それは無理もないことだった。
「戦えるようには、見えません」
「僕は確かに肉弾戦が得意ではありません。ですが、支援術と癒しの術に関しては自信があります。見ればあなたのパーティーは貴女が最前線と治癒の両面を担当されていて、負担があまりに偏りすぎているように見えます。僕が加われば、お仲間の方々の回復の負担から、あなたを解放することができます。あなたが前線を保持することに専念できるようになれば、もっと多様な戦術が採れるのではないでしょうか」
少年の言葉に、エレカはため息をついた。若い、炎のように緋色の瞳の輝きが、エレカに注がれている。エレカは言葉を探してから、もう一度ため息をついた。
「私のパーティーに、回復役はこれ以上必要ありません」
結局エレカは、やんわりと断る言葉を探すことを諦めたように、司祭と少年に、正直な意見をぶつけた。
「確かに支援の必要は感じています。けれど、必要なのは魔法による遠距離攻撃です。私が足を止めることができない為、戦闘が始まる際に目くらまし程の役にしか経たない術しか使えないことの方が深刻なんです。ですから気持ちは有難いんですが、私が必要としているのは、神官じゃないんです」
そもそも、回復の負担は最初の頃からするとかなり減ってきている様子は傍目にも分かった。ミシルとクウはもともと素養があったのだろう。度重なる、激しい戦闘を経験していることで、短時間で目覚ましい程に戦い方が巧みになってきている。エレカが回復などのフォローに回らなければならなかったのは最初のうちだけだった。
「彼等が如何に強かろうとやはり徒手空拳で、敵によっては近づくまでに先に攻撃されてしまうのが問題なのです」
「それでは、お二人が接近するまでの時間を短縮するのはどうでしょうか。そういった支援なら僕にも可能です」
少年は言って、しばらく考えた。
「それと、足を止めて敵の接近が待てる状況であれば、味方が足を止めても無防備にならないよう、防御術で支援することも可能です。そうすれば、エレカさんがもう少し強力な術で敵を迎撃することも可能ではないでしょうか」
「それでも」
結局、エレカは少年の申し出を、受け入れることはなかった。
「その力はメルサーグの住民の方々の為に使ってください。激戦に散らす危険を冒すことはできません」
自分の身を自分で守れない者を、エレカは仲間として数えることは、出来なかったのだ。
「私達は、あなたが知らない敵と渡りあって来ました。あなたが思っているよりも、私達についてくるというのは危険なことなんです。私達も、あなたを守りながら戦うということは出来ません。分かってくれますか?」
エレカの言葉に。
司祭と少年は驚いたように顔を見合わせて、それから、頷いた。




