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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第七章 勇気の双眸(2)

 ミシルとクウが休んでいる間、エレカはイマと向き合って状況を整理していた。

 寺院に入ってすぐは礼拝室になっていて、エレカとイマは礼拝室の片隅で話をしていた。礼拝室は南北に長く、左右、つまり、東西の壁中央に扉が一つずつ。扉の先は寺院の奥に続く廊下で、寺院の関係者の住み込みスペースや、司祭の執務室、応接間、来客用の客間などに繋がっている。

 待機中のマリオネッツは、奥の部屋で休んでいる為、礼拝室には姿がない。ミシルとクウも、見習いの神官達に客間に案内されて行った。

 エレカの報告を聞いたあと、領主レフルや司祭クリフは市民達の避難生活の取りまとめに戻る為に、礼拝室の奥の方にいて距離がある。

 エレカ達が護衛してきた市民達は、礼拝室の中で、他の住民達に混ざって暖をとっている。彼等のことは領主レフルと司祭クリフが迎え入れた為、エレカ達マリオネッツがこれ以上面倒を見る必要はなくなっていた。

 その為、エレカとイマの会話に加わる者も、注意を向けて聞いている者もいない。礼拝室の中はごった返していて、二人の声は礼拝室の奥まで届かなかった。

「他の地域とは逆なのが気になりましたが、原因は明らかですね。何者かが故意にシューカの毒の効果を捻じ曲げている形跡は、探すまでもなくあちこちから感じます」

 そう話すイマの表情は、言葉とは裏腹に深刻そうだった。状況はそれ程に悪いということだ。

 メルサーグの住民の内訳は、四万が人間、二万が魔物となっている。暴徒と化しているのはすべて人間で、最初は武装組織同士の抗争に過ぎなかった武力衝突は、まるで流行り病か呪いのように飛び火し、現在となっては人間の約九割が暴徒という惨状だった。暴徒と化さなかった四千人のうち、寺院に無事避難できた住民は少ない。

 マリオネッツが到着した時には、都市は既に死体と瓦礫の海で、何とか救助を急いだものの、救えた人間は、二〇〇人にも満たなかった。ほぼ都市は壊滅したと言って良い数字だった。

 他の土地とは違い、魔物は狂暴化していない。彼等がいなければ、人間達は暴徒として徘徊しているか、あるいは、死体を晒しているか、の、どちらからの末路を辿っていた筈で、正常な人間の生存者がいなかっただろうことは容易に想像できた。そして、この都市では本来魔物の武装は許されておらず、魔物達にも夥しい死者が出ていた。

 さらに、魔物達は寺院への避難を拒否した。理由は語らず、彼等にしか分からない。

 暴徒化していない生存者があまりに少なく、都市の大半は破壊されて機能不全を起こしており、寺院以外の避難場所もない。一刻も早く人間の狂暴化を鎮静化させなければ、魔物は全滅するだろう。

 寺院内はマリオネッツが交代制で張り続けている結界により清純に保たれていて、暴徒化は防げている。それもいつまでももつ保証はどこにもなかった。

 プリックは寺院内にはいない。イマとはこまめに状況の情報交換を行っているようだけれど、当初の予定の通り、都市の郊外にパペッツを展開し、魔物の流入を防いでいた。メルサーグ近隣でも、在野の魔物達は他の地域同様狂暴化していて、しかも街から狂暴化した人間が荒野に度々飛び出そうとするのも防がなければならず、結局、プリックはパペッツを、一〇〇でも二〇〇でもなく三〇〇展開させていた。一部調子に乗りすぎて崖を崩落させたり森林を薙ぎ倒したりしているパペッツもいるにはいるけれど、人間達自身が破壊した都市の惨状を考えれば彼等がやりすぎた被害は微々たるものといえた。

 メルサーグ周辺は、東西に延びる峡谷の中に作られた都市で、街道も東西に延びている。峡谷の北崖や南崖の途中には狭い足場が作られ、坑道がいくつか掘られている、という立地で、長年かけて整備されてきたのだろう足場は、人間達自身の手であっけなく崩されて、坑道までの道のりは完全に寸断されていた。

 あらゆる意味で、メルサーグの鉱山都市としての機能は破壊されてしまっていて、生き残った人間達と、都市に生きる魔物達の数では復興は絶望的だった。それでも、人間達よりも、むしろ魔物達がメルサーグから離れる意志を見せなかった。イマからエレカが聞かされた話では、都市から離れたら自分達が狂暴化するからという理由ではなく、彼等は命尽きるまで自分の故郷を守るのだと話しているのだという。

「我等も思いは同じですが、彼等魔物は帰属本能が我々人間よりも強い。コロニーを守ろうという意志は人間とは比べ物にならぬのです」

 というのが司祭クリフの弁らしい。エレカもその言葉をイマ経由で聞いて納得していた。

「暴徒化している人間達が、現在どのくらい生き残っているのかは、正確に把握できません」

 イマが珍しく弱気な顔をする。というのも、意志を喪失して暴れるだけの存在になった人間達が、果たして、生きているのか、死んでいるのか、判断が難しかったからだ。人間を狂暴化させている仕掛けを解除できたとして、彼等が元の人格に戻る保証もなかった。

「ともすれば、ひと思いに全滅させてあげる方が、彼等を楽にしてあげられるのではないかという疑問すら感じています。エレカ、私達はどうするべきなのでしょう」

 相当迷っている。イマがエレカに相談しているという異常性が、彼女達が置かれている状況の困難さを物語っていた。

「私は」

 エレカは、そんな境遇にあって、逆に迷いを振り切った顔をしていた。

「奇しくも、こんな絶望的な場所を見て、ラルフ様が言っていたことが理解できた気がします。何も試さないうちから諦めることはしないって、こういうことなんだなって」

 笑っていた。礼拝室の一番奥にある、杯のような形の神座を眺め、司祭達の話ではその上に灯っていた筈の光がひと欠片もなく、ただ暗いオブジェとしておかれている様子にも、ただ状況を受け入れている瞳は真っすぐだった。

「狂暴化を止めても、彼等は元には戻らないのかもしれません。彼等はその場で儚く命を失うのかもしれません。あるいはもとに戻っても、狂暴化の記憶は残り、一生を苦しむのかもしれません。そうなる前に殺してくれれば良かったと、私達はなじられるのかもしれません。でも、それはやりきったあとの結果の話で、私達はまだ何もしていないのだから、結果を恐れて救うことを放棄したら、私はきっと、神兵でも聖騎士の兵でもなくて、ただのモンスターに成り果てるんだと思います。私が邪悪狩りの生活が一番嫌いだったのも、多分そうだったんです。救うのでも、守るのでもなく、ただ狩るしか選択肢がないのは、モンスターと変わらないから」

「確かに。私達がモンスターになる訳にはいきませんね」

 イマも、迷いを振りほどくように頷いた。仮面の奥で笑ったのかもしれない。そんなイマに、エレカはさらに満面で笑った。

「何より、これはラルフ様の使命でなくて、私が託されたことです。だから、私が納得しないまま、私が納得できない選択は、しません」

「そうですか」

 ああ、と、やっとイマも明るい声を上げる。彼女の迷いの中には、エレカを心配する思いが混じっていることに、エレカもようやく気付いたように少しだけ目を見開いた。

「無理をしている訳ではなかったのですね」

「勿論です、イマ様。だって、私の選択は、私のものです」

 エレカは力強く頷いて。

「安心して、イマ様も休んでください。疲れたままの頭じゃ、ろくな考えが浮かびませんよ。大丈夫です、私は一人で飛び出したりもしません。私の仲間が仮眠をとってるうちに、私がいなくなる訳にいかないじゃないですか。私も少し休憩して、私の仲間がこれからの探索に耐えられる英気を養うのを待ちます。シューカのことを考えると、急ぐべき時であることも確かですけど、だからといって、メルサーグの人達を犠牲にして良い理由にはなりません。速やかに彼等を救い、戦力をシューカに集中させる為に、今は休むべき時なんです」

「そうですね。私も休むことにします」

 イマは頷いて、寺院の奥へ続く廊下へと消えて行った。その後ろ姿を見送って、エレカは口の中で小さく呟いた。

「そりゃ、私だってしんどいですよ」

 それから、ほう、と小さなため息をついて出入り口の扉の横あたりの床に蹲った。

「でも守らなければあの人達が死んでしまうんですから、頑張るしかないじゃないですか」

 エレカの体は小さい。そんな風に人間達をこっそり覗う彼女の姿は、礼拝室に並んだ長椅子の影に隠れて、人間達に気付かれることはなかった。

「もし駄目だったら、その時に泣きます」

 そんな呟きが、寺院内の誰の耳に届くことも。


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