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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第七章 勇気の双眸(1)

 エレカの視線の先、建物の向こうで、朝日が昇り始めていた。

 武力衝突中の者達も、できるだけ生き残らせたいと言っていたエレカは、既にその考えを改めたように、迷わずに襲ってくる暴徒は斬って捨てていた。

 その行動が、まさしく、エレカが想像していたよりも、ずっと状況が悪いことの証明だった。街路には夥しい血の染みが溢れ、扉や窓が破壊された建物も多い。積み上げられた木箱や木造の小屋などでは、煙が燻っているものも数多くみられ、庭の草花は踏み荒らされ無残に地面に這いつくばっている。街路樹は折れ、幹には幾本もの矢が突き刺さっていた。

 暴徒を鎮圧しなければ、都市が破壊されかねない状況で、いたずらに死者を増やすべきでないなどといっていては、逆にいたずらに市民が犠牲になるばかりだった。

「ミシル、クウ。このまま寺院まで突っ切ります。援護を頼みます」

 東西に延びる通りで叫びながら、エレカが、北に延びる通りに進路を変える。その通りは短く、前方に、厳かに聳える鉄の門が見えた。

 門には血走った目の暴徒が群がり、体のあちこちから流血しているのを気にもせずに、手にした様々な武器で滅茶苦茶に鉄の大扉を叩いていた。口から泡を吹かんばかりの彼等には理性の欠片も見えず、まさに狂暴化、という表現がぴったりな様相だった。

 門の上空には一二人のマリオネッツが浮かんでいて、門に群がっていた暴徒を光条で打ち、沈めている。暴徒は瞬く間に打ち倒された。

 もっとも通りの暴徒が一掃された訳ではない。一部は門を離れ、新たな獲物とエレカ達に向かってきている。明らかに人としての意識の欠如した不気味な表情とは裏腹に、彼等は訓練された兵のような無駄のない動きでエレカ達に向かって駆けてくる。まず、近くにいた五人の暴徒と接敵し、エレカが三人、ミシルとクウが独りずつを受け持った。

 エレカが相手をする三人は、片手剣と円盾一人、戦斧一人、短槍一人という構成で、ミシルが向かった相手は、巨大な戦鎚を持ち、クウの相手は両手に短剣を持っている。どの相手も、鎧は革鎧だった。

 まずは手早く相手を片付けたのはクウだった。リーチの差はそれほどないことから、クウは先手を取って相手の懐に飛び込み、両手を捻り上げて短剣を手放させたのだ。徒手空拳になった相手を昏倒させるのであれば、武術家にとってまったく困難なことではなかった。

 その間、ミシルは無理に戦鎚と渡り合おうとはせず、距離を取って隙を伺うことに専念していた。相手も無駄に戦鎚を振ろうとはせず、ミシルが飛び込んでくるのを待っているかのように身構えていた。

 その背後から、カバーに入ったクウが襲い掛かる。暴徒はそれに反応した。

 戦鎚を横殴りに振り回しながらクウを振り向こうとして。

 クウが踏みきり、それに呼応して、ミシルも跳ぶ。二人が挟み込む形で放った飛び蹴りを受け、暴徒は首を九〇度捻られながら、戦鎚を遠くに放り投げてもんどりうって倒れた。

 こうしてミリルとクウが二人を倒したのと同時に、エレカも三人目を斬り伏せた。エレカは魔法の閃光で相手にした三人の目をくらませると、一人ずつ確実に斬り倒して済ませた。まずは守りに入られると面倒な盾持ちの首を刎ね、返す剣で戦斧持ちの腕を斬り上げて、頭から一刀両断、最後に槍持ちの槍も斬り上げて折ると、落ち着いてその首を飛ばして倒した。映像として傍目として見ると、迷いのない、恐ろしい手際だった。

 次に六人が襲ってくる。それ以降は若干距離があり、エレカが纏めて魔法で焼き払って進んだ。

 エレカ達の後ろには四八人のマリオネッツがいる。彼女達は三〇人弱の、どう見ても戦う力を持たない市民達を囲んで守っていて、側面や背後から襲ってくる暴徒達を、可能であれば追い払い、追い払えないと判断した場合にはやむなく倒した。市民達は一様に怯えていたけれど、エレカ達を信用してくれているようで、彼女達の先導や護衛に身を任せていた。

 市民達がマリオネッツを信用している理由はマリオネッツが盾の代わりにぶら下げている聖印によるものだろう。その聖印はリーネが首から下げていたものと同じで、つまりはマリオネッツ達がマザー・アリス教団の協力を得ることに成功した証だった。

 エレカ達が鉄の門に辿り着くと、門を守っている一二人のマリオネッツが素早く門を開ける。護衛していたマリオネッツやエレカ達3人が道を開けると、市民達は我先と門の中に駆けこんで行った。

 門の内側は清純な池と草花が美しい前庭になっていて、その中央が石畳が突っ切り、奥にある、大理石が美しい、暗い色の煉瓦屋根の寺院の建物に続いていた。敷地内は静穏に保たれ、暴徒の姿はなかった。

 市民達が敷地内に全員入ると、エレカ達は通りに戻らずに門を閉めた。

「皆さん、護衛お疲れさまでした。次の作戦まで小休止を取ってください」

 エレカは護衛をしていたマリオネッツに声を掛け、それからミシルとクウに頷いた。

「ミシルとクウも。夜通しお疲れ様。眠いでしょう? 司祭様に場所を借りましょう。あなた達も少し仮眠が必要です」

「ありがとう、そうさせてもらうね」

 ミシルやクウも素直に従う素振りを見せた。門の警固の一二人に見送られ、市民達の避難を護衛してきた、エレカ達のパーティーと、マリオネッツ四八人も市民達を追って建物に向かった。

 建物は白塗りの両開きの大扉から中に入れる。その周辺にも六人のマリオネッツが警固についていた。

「お疲れ様、でした」

 その持ち場を指揮しているマリオネッツが、エレカに挨拶をする。チリッカだった。市民の最後の避難地といわんばかりに、寺院の周辺にマリオネッツの戦力が集中していた。

 幸いなことに、寺院の建物は大きく、損傷も目立たない。サール・クレイ大聖堂と比べても、それ程遜色ない程に立派だった。幸運にも生き残れた市民達を収容する余裕は十分にあるようで、中では、炊き出しや、毛布などの必需品の配布など、避難生活を協力して送っている様子が見て取れる。その中心には、司祭と思しき若い男性と、裕福そうな身なりの中年の男性が指示を行っていた。

「司祭様、領主様、生存が確認できた市民の収容が完了しました」

 その二人の前にエレカは飛んで行き、声を掛けた。ミシルとクウもエレカを追ってくる。三人の姿を認めると、中年の男性は大きく頷いた。

「このような困難な時に、お前達のような、弱き者に寄り添える、強き者達が駆けつけてくれたこと、まさに心強く思う。本当に有難う」

 中年の男性が、エレカ、ミシル、クウの三人に声を掛ける。焦げ茶の髪と、赤茶に近い色の瞳の男性で、黒を基調とした、上質な衣装を纏っている。胸元には、山岳の守護者とも思しき巌のような亀を象った金属でできた紋章の飾りを付けていて、実際の所、同じ紋章が街路脇に旗として閃いていたから、その男性がメルサーグの領主であることは見て明らかだった。

「もったいないお言葉です。レフル・ランザル様」

 ミシルが領主の名を口にしながら、畏まる。

「このような時だ。礼は無用としよう。我等はメルサーグの民の為に尽力せんとする同志だ。そうだろう、クリフ・エーガン」

 レフルは首を振り、隣にいる若い司祭を見た。司祭は薄い卵黄色の祭礼服を着ていて、白銀の髪と、淡く緑色にも見える碧眼の人物だった。背は領主の方が高かったものの、司祭の背が低いという訳でもない。

「全くもって、ランザル様。尊きマザーの御威光が神座より消えた暗き時に、天より来られたとも偲ばれる御姿にて、小さきながらも強き身をもって我等を助けてくださったあなた方を、どうして我等より下と置けましょう」

 メルサーグ寺院の司祭であるクリフは、領主レフルの言葉に頷いた。二人はエレカを天よりの助けと考えているようで、全幅の信頼の表情を見せていた。

 それは祀られたマザー・アリスの象徴とされる神座に灯り続けた光が失われてしまったことが原因で、その代わりとなる、人々の心の拠り所が必要だから、と、計算しているふしもあった。

「いずれにせよ」

 それを知りつつも、エレカはその意図を否定することはしない。双眸には、求められるのであれば可能な限り受け止めるという、決意と勇気がみなぎっていた。エレカは本当にまっすぐに、自分の意思で立とうとしていた。

「私の仲間は夜を徹して戦っています。ひと時の仮眠の時間をお許しいただき、場所をお貸しいただけないでしょうか」

 そして、それは、ミシルとクウのことを蔑ろにするという意味でもなかった。エレカは、領主レフルと司祭クリフに、ひと時の寝床を正直に要求した。

「勿論喜んで」

 その言葉に、司祭は是非もなく頷いた。


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