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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第一章 女神の失踪(6)

 僕達はそれから、口髭を生やした男性に案内されて、村長宅に招かれることになった。シーヌの足を休ませてあげたい僕にとって、村に入れてもらえたのはありがたく感じられた。

 移動の間に村のことを少し聞くことができた。名前をモーデン村というらしい。総人口一〇〇人にも満たない小さな村だ。ほとんどの村人が農業を営んでいて、村の暮らしはもともと豊かとは言えないらしい。

 そこへきて、魔物の狂暴化による被害が重なり、村の暮らしはかなり逼迫しているようだった。確かに村の住宅の軒先では、出来損ないの野菜やら、やせ細った芋だとかが籠に入れられて置かれているのが見受けられ、食べられるものでなんとか食いつないでいる苦労がしのばれた。

 村人たちも元気がない。十分に満足できる食事がとれていないうえ、いつ魔物が襲ってくるか分からない緊張で、酷く疲れた様子のひとが多かった。おそらく夜もぐっすり眠れていないのだろう。

 エレカは僕の頭の上で、そんな村の光景をじっと見つめていた。

 村の住宅はすべて丸太を組んだ木造で、案内された村長宅も木造だった。村長宅と言っても他の家よりも立派ということは特になく、外観も普通の平屋の家で、家の中も食卓、応接間を兼ねた部屋と台所が一続きになった広間と、書類仕事用だろう簡単な書斎、それとベッドが二つ置かれた狭い寝室の三部屋に分かれているだけの質素な家だった。各部屋の間を隔てる扉はなかった。

 人数が多いため、村長は食卓のテーブルと椅子を隅に寄せ、床に敷物を広げてくれた。

 僕、シーヌ、ミシル、クウ、そして村長が輪になって床に座り、エレカは僕の頭の上、チリッカ、ルイーザ、オリビアはシーヌの膝の上に落ち着いた。プリックは会話に加わるつもりがないらしく、僕が背負ったままの背負い袋の上で相変わらず寝転がっている。

「私は、カルド。このモーデン村の村長をしとります」

 まずは、村長が名乗った。

 淡い赤茶色の頭髪をした、三〇台後半の男性だ。彫りの深い顔をしていて、日焼けの跡が濃い。背は高くなく、体格も筋肉質というほどがっしりした体格はしていないものの、肉体労働で鍛えられた体つきはしていた。

 村の中を歩いている時に模擬が付いたけれど、モーデン村のひとは、麻で出来た上下の上に、毛糸で織ったベストを着ているひとが多い。カルドも赤茶色の毛糸で模様が織られた、灰色のベストを着ていた。

「エレカさんという方が、村を取り囲んでいた魔物を退治してくださったと聞きました。まずは村を代表して、お礼を申し上げます。すぐに駆け付けお礼をすべきところでしたが、村の被害状況の確認をしなくてはならず、ご挨拶が遅れて申し訳ない」

 沈黙。

 僕は頭の上のエレカを指で突いた。

「ええと、その、どういたしまして」

 エレカがひきつったような緊張した笑顔で口を開く。とても居心地が悪そうに、いつもの元気な声をどこかへ忘れてきてしまったような張りのない声だった。

「私が、その、エレカです。私と、一緒にいるのが、私が仕えている方で、ラルフ様といいます。ラルフ様の隣の方が、ええと、ラルフ様のご友人で、シーヌ様です。シーヌ様と一緒にいる、私とよく似た者たちが、ええと、シーヌ様の護衛で、チリッカ、ルイーザ、オリビアといいます」

 それでも、つっかつっかえであるけれど、エレカがきちんと僕達を一通りカルドに紹介する。それでほっとしたのか、エレカは少し落ち着いた表情になり、考え込みながら、カルドと話を始めた。

「村の外に魔物の死体を転がしておくと、他の魔物を呼び寄せちゃいますよね。どうしておきましょうか」

「それは村の者でも処理できます。そこまでお手間をかけては申し訳ない。こちらで片付けておきます」

 カルドはエレカの様子を笑わなかった。場慣れしていない彼女のペースに合わせて話してくれている。エレカもそれは感じ取っているようだった。

「魔物が集団で襲ってきたのは初めてなんですか?」

 エレカが状況を確認し始める。頭が働いている証拠だ。僕も少し安心して、しばらく黙って彼女に任せてみることにした。

「ここまで本格的に襲ってきたことはありません。今回かぎりで済めばいいのですが」

 カルドの言葉に、床に落ちたエレカの影の頭が動く。頷いたのだ。

「もともとはあの魔物と村との関係は良かったのですか? その、もともとは交流があった相手の場合、退治、という訳にはいきませんよね?」

「猪人ですか? 交流はありませんでした。そもそも彼等とは話が通じません」

 カルドは猪人について説明を始める。エレカは自分の知らないモンスターの話と合って、神妙に聞いていた。

「彼等はもっと森の奥に住んでいたはずの魔物です。体も大きく、見た目は狂暴そうですが、もともとは草食で、縄張りに入り込んだものを追い返すために戦うほかは、特に人を襲ったりはしない魔物でした。狂暴化したとしても、森から出てくることはないと思っていたのですが、ここまで積極的に人を襲うとは」

「武器は使うようですけど、知能は本来高くなかったりしますか?」

 エレカが、少し考えこむように間を置いてから聞いた。いい傾向だ。いろいろな可能性を考えているのだろう。

「はい、そうです。何故お分かりに?」

 カルドの問いに、

「使役している者がいる可能性を考えていました。その想像が正しい場合、この村がとても危険だということになります。使役している者が、この村を明確に狙っていることになるからです」

 エレカはそう答えて唸った。

「もし違うにしろ、最悪の場合を、つまり、この村が何者かに狙われていると想定して、対決したほうが良い気がします」

 すでにエレカの声には迷いはなくなっていた。自分の意見をすらすらと口にする彼女は、自分がどうしたいのかがきちんと分かっているようだった。

「でも、失礼ですけど、私には、この村に冒険者を雇う余裕はないように見えます。それに、魔物が狂暴化しているのは、この村の周辺だけではないでしょう。軍隊の出動を要請しても、来ないのではないですか? もし来るとしても、おそらく時間がかかるでしょう。軍隊が到着した時にはすでに村が全滅していることも十分に考えられるんじゃないでしょうか。現在も、十分危機的状況が続いていると、私には感じられます」

「おっしゃる通りです。このままでは村は全滅するでしょう。護衛を頼むこともできないため、村を捨てるにしても、道中が安全に終わるとは思えない。どうにもならない状況で、困ってはおります」

「それであれば」

 エレカは一瞬だけ僕を見下ろしたようだった。けれど、すぐにカルドに視線を戻し、僕に意見は求めなかった。

「すでに一度村を包囲した魔物に手を出していますし、村だけでなく、私に対しても、魔物たちが逆恨みをしていることは十分に考えられます。もしご存じであれば、魔物の巣の場所を教えていただけないでしょうか」

「退治しに行くと? しかし、お支払いできるものがないというのに、そこまで命を賭けていただく訳には」

 カルドの言葉に、エレカが首を振る。

「私にその気がなくても、向こうが私を襲ってくることは十分あり得ますし、火の粉を先に払いに行くだけです。それに、村を包囲した魔物を一掃できる程度には、私も腕には覚えがあります。危険すぎるほどの危険ではないです。村はすでに放っておいても襲われる状態で、私が蜂の巣を突くことでの不利益も、この村にはないんじゃないでしょうか」

「分かりました。猪人はもともと村の西側にある森で暮らしています。村からはお支払いできるものがないため、正式な依頼にはできませんが、宜しいでしょうか」

 カルドは魔物の巣を教えてくれた。

 村の依頼にはできないというカルドの問いかけに、エレカは、条件を付けた。

「それで結構です。ただ、図々しいお願いなんですけど、シーヌ様が病み上がりで、私が出かけている間、体を休める場所を借りることはできますか?」

「そのくらいであれば、お安い御用です」

 カルドが頷き、それを聞いたエレカはようやく僕に声を掛けた。

「ラルフ様はシーヌ様についていてあげてください。知らない地で一人置き去りにされては、シーヌ様も不安でしょう。猪人退治は、私自身で責任もって完了してきます」

「分かった。何人かマリオネッツを連れて行く?」

 念のため聞いておく。エレカがそう判断するのであれば、連れて行ってもいいだろうと思っていた。

「マリオネッツとしてでなく、エレカとして自分の行動に始末をつけてきます。大丈夫、私は一人で敵と戦う方が得意です。ご存じですよね? それに、一人で戦うことには、むしろ慣れているんです」

 エレカは首を振った。

「行ってきます」

 にっこりと笑うと、エレカは窓から出て行った。エレカは一度上空に舞い上がると、一直線に西へ向かって飛んだ。そして、すぐにその姿は見えなくなった。


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