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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第一章 女神の失踪(5)

 僕達が村の側に辿り着いた時には、すでに戦いは終わっていた。

 見える範囲だけでも相当な数の猪のような獣人の死体が転がっていて、彼等のものだろう長柄斧も転がっている。エレカが言っていたことは間違いではなかったらしい。

 エレカの姿はすぐに見つかった。

 村人だろう人々に囲まれて、案の定何か押し問答をしている。エレカはひどく困った様子でしきりにあちこち見回していて、僕達の姿に気が付くと、村人の輪の中から一目散に逃げ出してきた。

「たすけてください、らるふさまぁ!」

 半泣きで逃げてくるエレカを、

「こら、ちゃんと話を聞いてあげないと駄目じゃないか」

 僕は捕まえて村人たちの所へ連れ戻す。村人たちの輪が遠巻きではなかったから、怖がられている訳ではなかった筈と、僕は判断した。

「魔物だ」

 村人たちに緊張が走ったのが分かる。僕は彼等から少しだけ距離を置いて止まり、

「僕はラルフ。この子の旅の連れです。魔物ですが狂暴化はしていないので皆さんと争う意志はありません。この子はエレカ。この子にどういったご用件でしょうか」

 そう聞いてみた。村人たちは顔を見合わせてから、僕達と一緒にミシルとクウがいることに気が付いたようだった。

「危険はないのか?」

 二人に村人が尋ねる。ミシルは満面の笑顔で頷いた。

「アタシとクウも森でごろつき狼人から助けてもらったよ。このひとたちすっごく強いの」

「ああ、我々も村の危機をたったいまそこの小さなお嬢さんに救ってもらったところだ。強いのはよく知っている」

 村人たちもそのことに異論はないようだ。ただ、強いからこそ警戒されるということはある。

「僕達は、村で流行り病の患者が増えていると、ミシル達から聞いて、お力になれればとやって来ました。僕達は治癒の魔法にいくらかの心得があります。ただ、僕が魔物なのは確かなので、いらない不安を抱かせてしまうようなら、僕は村に入るつもりはありません。もしよろしければエレカだけでも治療にあたらせますが、どうしましょうか」

 僕が村を訪れた理由を説明すると、村人たちはいっそう難しい顔をした。

「旅の方、流行り病ではありません。村の者が冒されているのは、魔物たちに掛けられた呪いなのです」

 なんと。それはよしんば森の奥でミシル達が薬草を摘めていたとしても効果がない。僕は止めておいて良かったと安堵した。そして、村人たちに頷いた。

「呪いの除去であれば、むしろ病の治療よりも得意分野です」

 と、答える。それから僕は、村人たちに最初の質問をまた繰り返した。

「いかがでしょう。エレカにも何か御用があるようですし、ご用件だけでもお聞かせいただけないでしょうか」

「分かりました。村長を呼んできますので、しばらくお待ちください」

 村人の一人が村の中に走って行った。急ぐこともない。僕達は村長がくるまで待たせてもらうことにした。

「足は痛まない? 大丈夫?」

 と、シーヌに声を掛ける。狭間の世界では、彼女は、ブーツが壊れ、瓦礫で足の裏が傷だらけだったことを思い出した。カーニムの宮殿で足の傷は癒してもらっていて、ブーツもカーニムが新しいものを用意してくれていたから、裸足ということはないものの、それでも歩きなれない道で痛んでいても不思議はない。

「大丈夫、ありがとう」

 シーヌは頷いた。無理しているのでなければいいのだけれど。彼女が我慢しているのか、それとも本当に大丈夫なのか、僕には分からなかった。

「痛む時は言ってね」

 そうお願いしてから。

 僕は次にエレカを見た。まだ僕が手で捕まえたままだ。

「それでエレカ。何故村のひとたちから逃げ出したのかな」

「ええと、お礼をしたいって言われてしまって、どう答えていいか分からなくて」

 エレカは、見るからに、怒られる、と怯えた顔をしていた。その認識は間違ってはいない。

「エレカ、そういう場合は囲まれる前に去るか、話をちゃんと聞いてから断らないと。逃げるのは失礼だよ」

「いや、それはこちらにも落ち度があった。その子を怒らないでやってください」

 村人にそう言われて、僕は首を傾げた。

「落ち度というと?」

「いやあ、連中を全部退治してほしいくらいだなんて、我々が無責任に囃し立てたもんで。そらお嬢ちゃんも困るってもんですよ」

 村人が魔物の死体を眺めながら苦笑した。確かにそんなことを言われても、困るといえば困るけれど、気持ちは分かるから、責める気にはならない。

「エレカ、彼等は本当に困っているんだ。村の存続が掛かっているといっていい。そして、エレカは自分の意思でその問題に関わったんだ。迷ったら僕に相談してくれればいいのだから、中途半端な人助けをして、身勝手に放り出すのはやめてほしい」

 でも、エレカは別だ。彼女の行動は褒められたものではない。

「引き受けるとも、引き受けられないとも、勝手に答えられなかったのは仕方ないけれど、だからといって逃げ出しては駄目だよ。困っているひとたちに糠喜びさせるのは、とてもひどいことだからだ。分かってほしい」

「はい、ラルフ様のおっしゃる通りです。逃げ出したりして、ごめんなさい」

 エレカは、謝った。僕でなくて、きちんと村のひとたちに。だから僕はエレカを解放してあげた。

 エレカは僕の頭の上に乗って、村人を眺めている。僕はそんなエレカに、彼女が果たさなければいけない責任について、彼女に考えてもらうための問いかけをする。大切なことは、まだ終わっていない。

「それで、エレカはどうするの?」

「どうって、どういうことですか?」

 おそらく追及が終わったと思っていたのだろう。ほっとした顔をしていたエレカが、驚いて僕を見下ろした。

 僕は笑顔を浮かべて、彼女に言って聞かせた。

「君には、自分がどうするのかを決断してほしい。彼等のために戦うか。戦わないか」

「私が、ですか? ラルフ様ではなく?」

 エレカの問いに、

「彼等の村を魔物から救ったのは僕でなくてエレカだ。彼等が淡い期待を抱いている相手も僕ではなくエレカだ。だから、僕が横から口を挟んで勝手に決めることはできない。君が決めていいし、君に決めてほしい」

「分かりました」

 エレカは頷いた。それから彼女は村のひとたちに頭を下げた。

「ごめんなさい。私は、ラルフ様の護衛の兵士です。だから、私はラルフ様を余計な危険に巻き込むことはできません。私は、魔物退治には行けません」

「そういう言い方は駄目だ。それはちょっとずるいよ」

 僕は言った。エレカの言い方は認められなかった。それはエレカの立場上ではある意味正しいけれど、僕はそれをエレカには求めていない。

「僕を理由にするのはやめてくれ。その言い方は僕が恨まれる」

 敢えてそういう言い方をした。

「でも」

 困った顔をするエレカの前に、チリッカがしびれを切らしたように飛んできた。

「あのね、エレカ。それを理由にするなら、勝手な判断で、飛び出して行っては、駄目でしょう? あなたは、主殿の指示も待たずに、勝手に、飛び出して行ったの。勿論、それは村を救うためだったのだから、その決断が、間違っている、という話ではないのよ。でも、その時点で、それは、もうあなた個人の問題で、あなたは、マリオネッツとしてではなくて、主殿のご意思を問うでもなくて、エレカとして、自分の決断と、行動に、向き合わなくては、いけません。よく考えて。あなたは、自分で考え、飛びだしていく、そういう判断ができたのだから、考える頭を、持っているでしょう? 主殿のための、人形ではない、そうでしょう?」

 ゆっくりとした口調で、時間をかけて話すチリッカの言葉は、優しくもあり、厳しくもあった。けれど、僕が直接口にして言って聞かせるべきかを迷っていたことを、すべて代弁してくれるものだった。のんびりしているようでも、やはり副隊長なのだな、と僕は感心した。

「私は」

 エレカが戸惑ったように僕を見た。

「今回のことに関しては、リーダーはエレカだ。僕は君の決断に従うよ」

 と、僕は頷いた。

 村の中から、村人に案内されて、口髭を生やした男性が歩いてくるのが見えた。


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