表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
196/419

第一章 女神の失踪(4)

 敵の数は五。一体一体の間は結構距離がある。さっき逃げた獣人が仲間を呼んだのだろうか。

「エレカ」

「はい」

 声を掛け合い、左右に分かれる。僕は右へ。エレカは左へ。回り込むように獣人に詰め寄り、まずは右端の一体の頭を飛ばす。接近してしまえば大して強くはなさそうだ。ただ、相手は弓を持っている。剣では少々面倒な相手だった。

 剣を腰に戻す。もともと盾は背負ったままだ。地面に転がった、死んだ獣人の弓を蹴り上げて拾うと、僕は獣人の死体の矢筒から矢をわしづかみに引っ張り出した。

 矢は六本、十分だ。五本を口にくわえ、一本を弓に。ちらっと見ると、その間に、エレカは二体を切り伏せていた。相変わらずの速さだ。

 矢が飛んで来る。僕は身を沈めて躱し、逆に矢を放ってきたばかりの獣人の眉間を射抜いた。久々の弓だけれど手ごたえは悪くない。

 もう一本、矢を口から取ったときには、エレカが最後の一体も切り伏せていた。口にくわえた矢をすべて手に持ち直して、僕は身を起こした。

「弓矢もお使いになるんですね、お見事です」

 エレカが戻ってきて言った。変に感嘆されても僕が居心地が悪い気分になる。僕は苦笑で応えた。

 でも、ちょうどいい。獣人たちが持っていた弓を集めて、一番使い勝手が良さそうなものを選んで腰の後ろに付ける。品質はどれも似たり寄ったりの単弓だったけれど、真っすぐ飛ぶだけでも間に合わせとしては十分だった。一番歪みの少ない弓を選んでおく。背負い袋の中から、自分の矢筒を出して、それも腰の後ろに付けた。自前の矢も残りが心もとなかったので、獣人達が持っていた矢はすべて持って行くことにする。矢は二二本になった。品質は決して良くないけれど、敵を倒せるのは分かったから問題ない。

 僕とエレカは皆の所へ戻り、皆が問題ないことを確認する。チリッカ達がついていたのだから大丈夫だろうとは思っていた。予想通り、誰も怪我はしていなかった。

「ほわあ」

 と、少女が感嘆の声を上げる。

「おおー」

 と、少年も目を丸くしていた。

 二人はエレカと僕を交互に見て、

「強い」

 そう漏らした。正直に言うと相手が弱かっただけだ。ろくに動きもしない、丸見えの相手の矢に当たるほど、僕も間抜けにはなれない。エレカに至っては言わずもがなだ。

「エレカは本当に強いよ」

 僕は笑って答えた。エレカは僕の言葉が嬉しかったのか、照れ笑いを浮かべた。

「でも」

 と、少女が首をひねる。

「あなたたち魔物よね? 何ともないの?」

 何ともないとはどういうことだろう。言われた言葉の意味が分からなかった僕は、エレカと顔を見合わせた。セレカも首を傾げている。

「え。だって、最近になって魔王が現れたから、魔物は皆、狂暴化してるでしょ?」

 そう言えばそんなことをアラニスも言っていた。なるほど、現在のアースウィルは、魔物が狂暴化した状態にある訳だ。

 モンスターと魔物は同じではないということなのか。僕は自分がそういった悪い影響を受けている感覚はなかった。

「問題ないよ。僕達は少し特殊なんだ」

 ということにしておいた。アリシオンの外から来た、なんて話を下手にするものでもない。

「そうだった。まだ名乗っていなかったね。僕はラルフ、それから、この子がエレカ。僕の背負い袋の上で転がっているのが、プリック」

 僕は、自分の仲間を二人に紹介した。いい加減、名乗っておいた方が良いだろう。

「それから、水竜のような見た目のひとが、シーヌ。そして、シーヌの護衛の、チリッカ、ルイーザ、オリビアだ」

「アタシはミシルよ」

 と、少女も名乗ってくれた。

「クウ」

 少年は名前だけを口にした。聞いた瞬間は唸り声かと思ったけれど、それが名前で良いのだろう。

「でも、魔物が狂暴化しているなら、なおさら危ないよ。君たちはどうして薬草が必要なの?」

 もしかしたら本当にやむに已まれぬ事情があるのかもしれない。魔物が狂暴化しているのが分かっていながら森に入るのだから、単なる腕試しなどとは思えない。

「アタシたち、修行の旅の途中で、近くの村に逗留してるの。そこで流行り病が発生しちゃってて、お世話になってるお礼にと思ったんだけど、予想以上にこの辺の魔物が強くて」

 ミシルの話を聞いて、僕は少しだけ考え込んだ。病であれば、僕やマリオネッツたちで癒せるはずだ。ただ、僕達が現れて、村人達が怖がらないかが心配だった。しばらく悩んだ末に、僕は、やはり見捨てる訳にはいかないという方向に気持ちを倒した。

「病であれば僕達が癒す魔法を知っている」

「本当に?」

 ミシルの言葉に、僕は頷いて見せた。

 今度はミシルが少し考えこんで、クウと顔を見合わせてから、頷きあった。

「お願い。ついてきて」

 僕達はミシルとクウに先導されて、移動を始めた。なんとなく二人がシーヌよりよっぽど危なっかしく思えて、シーヌはチリッカだけが護衛をし、ルイーザにミシルを、オリビアにクウを守ってもらうことにした。

「魔王ってことは、上級悪魔でしょうか?」

 ぼそぼそと、僕だけに聞こえるように、エレカが疑問を打ち明けてきた。

「そんな者がいれば私にも分かる筈なんですが、この次元にそんな気配を感じないです」

「君が考えている魔王と、この地で言われている魔王は別種のものなのかもしれないね」

 僕にも分からない。そもそも上級悪魔がいるのであれば、もう少し魔物が群れていてもよさそうなものだ。今は答えが出ない、という結論で、僕とエレカはその話を一旦胸にしまっておくことにした。

 それからは黙って歩く。すでに森を抜けていて、周囲にはなだらかな斜面になっている草原が広がっていた。

 草原でも何度か魔物の襲撃があった。羊のような角をもち、水牛のように大きな獣(怪力牛というらしい)や、泥をこねたような見た目の一つ目の奇怪なもの(泥目玉という名だそうだ)など、見たこともないような、名前も分からないものが大半で、見た目の奇妙さに反して、強さはそれほどでもなかった。見通しが良いため、見敵必殺の勢いでエレカが即座に退治してしまうので、正直、僕の出番はなかった。

 とにかく、個人戦闘でのエレカは多才だ。ブラックブラッドでも見た光の矢や拡散する光線のほかに、雷撃、火炎球、凍結など、何種類の魔法が使えるのか確かめるのが怖くなってくるくらい多様な魔法を操って魔物を撃退していく。

「何故シュリーヴェとの戦いのときには魔法を使わなかったの?」

 気になって聞いてみたら、

「魔法だって、狙わなきゃ当たらないですもん。味方を黒焦げにするのは私、嫌ですよ」

 エレカにそう言われた。なるほど。

 ミシルとクウはとにかくエレカの強さ、つまり、敵の発見の早さ、敵の殲滅の早さに驚き続けていた。シーヌも最初は驚いていたけれど、僕がこっそり、

「天盤の戦士だから、彼女」

 と教えてあげると、

「ああ、そういうこと」

 と、何か納得したようだった。ただ、今度は別に心配し始めた。

「どこかで止めてあげた方が良いかも。ちょっと張り切りすぎ」

「そうなんだけどね」

 それは僕も思う。止められるものならとっくに止めているし、エレカ本人も止まるものならとっくに止まっている。けれど、エレカは指示を待ってくれないし、待てないのだから仕方がないのだ。そして、一番の問題は、それでうまくいってしまうことなのだ。

 村が見えてくる。

「様子がおかしいです」

 と、エレカが皆に告げた。遥か彼方に、点のように見えているだけの村が見えているだけの状況で。

「村が魔物に囲まれています。走って行ったのでは手遅れになります。チリッカ様、ラルフ様をお願いします」

 そう言って、エレカが飛んで行ってしまう。僕も止めはしなかった。勿論、責任は持つつもりだ。

「流石にこれは……大丈夫なの?」

 シーヌがつぶやく。

 たぶん、村は助かるだろうと思う。エレカが負けるとは思えない。だからこそ問題なのだけれど、おそらくエレカはまだそのことに気が付いてもいないだろう。

「できるだけ急ぐ必要はあると思う。けど、エレカは魔物には負けないよ。負けないからこそ、たぶんまずいことになるけれど」

 僕はシーヌに答えて、走り出した。

 おそらく早く行ってあげないとエレカが限界を迎えてしまうだろう。

 それだって、エレカ自身が招いていることのはずだから、本当であれば、すべて自分でなんとかさせるべきなのだろうけれど。

 流石にそれはあまりにも可哀想だから、ついていてあげるくらいはした方が良いのだろうと思う。それでも、大事なところはエレカ自身に決めさせなければならない筈だ。

 エレカが、自分で決断するということの付けを払う時が来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ