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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第一章 女神の失踪(2)

 アラニスは次に、アリシオンの中にあるマテリアル次元の話を始めた。

《この神域には、マテリアル次元はひとつしか存在しない》

 と、アラニスは言った。

《アースウィルという次元だ。次元としての規模や特色は、オールドガイアとほぼ同じだと思っておくれ。住んでる知的生命のうち一番多いのが人間で、他は、魔物と呼ばれるモンスターが住んでる。人間と魔物との関係は比較的良好で、逆に人間であろうと魔物であろうと、世間様の害になるモンは疎まれ、恐れられるような場所だ》

 おそらく比較的安全ということだろう。僕は頷いた。すると、アラニスは満足したように、次にここに来た理由を説明してくれた。

《ここは次元宇宙の中にありながら、隔絶されてる場所だから、ここが五魔神の軍勢に落とされてもほぼ誰も気が付かない訳だ。それだけに、アリシオンは五魔神の拠点にされちまうかもしれない。本来なら、そうならないように、アリスに手を貸してやってほしかったんだがねえ》

 と言ってから、アラニスはゆっくりと庭園を見回し始めた。

《魔法の形跡が残ってる。誰かがポータルを開いた跡だね。こりゃ、まずいね。攫われたってのはほぼ確定だね》

「どこへ連れ去られたか分かりそう?」

 僕が聞くと、

《ちょっと読み取ってみるよ。んー……アースウィルだ。やっべえな。うーん、うーん》

 アラニスは本気で悩み始めた。あっちへうろうろこっちへうろうろと歩き回っている姿は、まるで人間が悩んでいる様子にそっくりだった。

《駄目だ! やっぱりおばちゃんが入り込むのはまずい! ああ、なんてこったい!》

 そして、アラニスが本当に申し訳なさそうに続けた。

《さっきも言ったように、アースウィルは、無理矢理アリスが作ったもんだ。だから自然に生まれた次元と違い、とても崩壊しやすい。おばちゃんみたいな自分で言うのもなんだけど規格外が入り込むと、それだけで次元がバランス崩壊しかねないんだよ》

 覚えのある話だ。レインカースのことを思い出した。なるほど、そういうことか。

「ええと、どういうこと?」

 シーヌが話を理解しきれないように唸った。そうだった。シーヌはそもそもアラニスのことをよく知らない。

「アラニスは、見た目は蜘蛛だし、実際に蜘蛛なんだけど、とてつもない力を持った蜘蛛なんだ。神代の英雄と呼ばれていて、神話時代から生きている、とてつもない力を持ったひとなんだ。そんなひとが壊れやすい次元に入り込むと、それだけで、水の精霊の影響が強すぎて、レインカースの土壌が腐っていっていたのと同じようなことが起きるって話だよ」

 僕はアラニスの紹介も兼ねて、シーヌにそう説明する。シーヌも、僕の話を聞いて理解してくれたようだった。

「そういうこと。でも、その、アリスってひとを誰かが助けに行かないと、この、アリシオンですっけ? が大変なことにってしまうってことで、合ってるかな?」

 アリシオンが大変なことになるかは分からないけれど。マザー・アリスという女神様が危ないということは、容易に想像がついた。

「まあ、大変なことになるかはともかく、マザー・アリスが可哀想だと思う」

「そうね」

 と、シーヌが頷いた。

「でも」

 と、僕は思う。

「ルーサが手を出さないほうがいいのもアラニスと同じ理由なの? ルーサの場合、そこまで影響がない気がするんだけど」

 アラニスに聞いてみる。アラニスは足を止めて、答えてくれた。

《そうじゃないよ。あいつだよ、あの馬鹿な竜が狙ってるのさ。あの子が首を突っ込むと、あの悪ガキが手を出す格好な餌を与えちまうのさ》

「それは僕が首を突っ込んでも同じ気がするけど?」

 僕とレダジオスグルムはルーサのことを抜きにしても敵対している。だから、僕だって餌になりかねない筈だ。

《あんたはだって、今更レダにゃ負けないだろ》

「その理屈だと、僕がいればルーサが首を突っ込んでも問題なさそうな気がするけど」

 差が良く分からない。僕は首をひねった。

《あんただけなら、あの馬鹿はあんたの行く先々で邪魔するために暗躍するか、最悪あいつ自身が現れても、あんたに直接挑みかかる程度さ。でもあの子が下手に仲間を送り込んでみな。間違いなくレダ本人との戦争レベルになる。あんただって、レダ一匹のためにマリオネッツをわざわざ展開したりはしないだろ? 破壊の規模が違いすぎるのさ》

 状況次第ではあるけれど、よほどのことがない限り、レダジオスグルムが直接襲ってきたら、僕は自分で対処するだろう。いまひとつ納得はしきれなかったけれど、そうかもしれないという感覚は少しだけあった。

「それはともかく、マザー・アリスを僕が助けに行く必要がありそうだと、考えた方が良いのかな。勿論そうした方が良いなら、僕は喜んで探しに行くけれど」

《そうだね。正直、おばちゃんも、頼めるのは今、あんたたちしかいないよ、ラルフ、シーヌ。行ってくれるかい?》

 アラニスの頼みに、僕とシーヌは頷いた。それを満足そうに見届けたアラニスは、アースウィルについて、さっきより詳しいことを教えてくれた。

《アースウィルは人間と魔物が比較的良好な関係を保ってるってさっき言ったけど、実は例外が起きてることがあるんだよ。発生理由は分からないけど、飛びぬけて強い力を持った人間や魔物が生まれることがあって、そいつが他の人間や魔物を狂暴化させてることがあるらしくってね。そういう時は、次元自体の治安が悪化してるし、住民も皆、ピリピリしてる筈だよ。そういう状況になってる可能性もあるからね。いきなり街を訪れないで、野外で一旦様子を見たほうが良いかもしれないね》

 それはまた面倒そうな話だ。とはいえ、最悪の状況は想定しておくに越したことはない。用心してしすぎるということはないはずだ。気を付けておこう。

「分かった。用心するよ」

 それでも、行かないという選択肢を選ぶ理由はない。あとは現地の地名や社会の情報がほぼ皆無という頭の痛い問題はあるけれど、ここで広い世界のすべてを学習している訳にもいかないだろう。それは現地で情報収集するしかないと考えよう。

「エレカも、チリッカたちも、よろしく頼むよ」

「天盤を追放になった方とはいえ、女神様を見捨てる訳にはいかないですもんね」

 やれやれ、といった風に、エレカは引き受けてくれた。そして、チリッカたちも同じ反応だった。

「私達も異論はありません、主殿」

「ありがとう」

 彼女たちに礼を言ってから、僕はもう一度アラニスに声を掛けた。

「ほかに何か知っておいておいた方が良いことはある?」

《そうさね。アースウィルは広い。下手したら年単位の探求になるかもしれない。アリスだって、次元を作れるほどの力はある女神だ。早々殺されたりなんてことにはならないと思うし、アースウィルはアリスの力で出来た次元だから、アリスが原因で崩壊することもない筈だ。あんまり焦りすぎず、無茶しないで助けてあげておくれだよ。ただ、アースウィルの情勢がどうなっているかは分からない。魔術の形跡を追跡したから、マザー・アリスがいる場所から、そう遠くない場所には飛ばしてやれると思うけど、それに油断せず、用心しておくれだからね。それと、分かってると思うけど、現地人は、アリシオンの外にさらに神域があるなんてことは知らないからね、それも気を付けておくれだよ。まあ、妄想癖があるとか、そんな風に思われるのが普通は落ちだけどさ、あんたたちみたいなのは多分アースウィルにはいないからね。自分達のナリだけで十分怪しいんだってことを、忘れないでおくれだよ》

 そこまで言うと、アラニスは少しだけ魔法の形跡を眺めるようなしぐさをした。

《それと、魔法の形跡が、外の、つまり、あんたたちも良く知ってる神域の魔法のパターンにそっくりだ。おばちゃんが言ったこと、覚えてるかい? レダの奴がすでに入り込んでるかもしれない。そこは十分注意しておくれだよ。あいつとはなるべく迅速に片を付けとくれ。アースウィルを掛けた戦乱を引き起こすんじゃないよ。それをやったらルーサが手を出すのと同じことだからね。頼んだよ、レイダーク。あんたとマリオネッツ、パペッツに掛かってる。頼んだからね。おばちゃんからは、そのくらいだ》

「分かった」

 頷いて。僕は椅子から立ち上がった。

《じゃあ、ポータル開くよ。帰りは女神様に頼んでおくれ》

 そう言って、アラニスが僕達の前にポータルを開いてくれた。光の渦が回りはじめる。

「行こう」

「ええ」

 僕はシーヌと頷きあい、彼女の手を引いて、ポータルに入った。


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