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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第一章 女神の失踪(1)

 そこはまるで雲上の庭園のようで。

 僕とシーヌは暖かい穏やかな風が吹く花園の、中央にある円形のガーデンテーブルに向かって座りながら、花壇で揺れている色とりどりの花を眺めていた。

 助けが必要とは思えないほどの平穏だけが庭園には満ちていて、僕は逆に居心地の悪さを感じていた。

 アラニスに案内されて連れてこられた場所なので、場所が間違っているということはない筈だ。そのアラニスは当人を呼んで来ると言って席を外してしまっていて、僕達はアラニスが戻ってくるのを待たされていた。

「困ったなあ」

 シーヌは僕と同じように椅子に腰かけて花を眺めているけれど。僕とは根本的に違うことに苦悩していた。

 大きなヒレの付いた手を、握ったり閉じたりしている。実は、ヒレがつるつると滑って、グレイブがしっかり握れないのだ。念のためシーヌのグレイブは僕の無限バッグに放り込んではあるものの、武器がまともに持てないことに、シーヌは心底困っているようだった。

 確か、ヌークは強大な魔力を持っていると、ムイムが以前言っていた筈だ。だから、僕はシーヌに魔法書を読むことを勧めてみた。けれど、それを読んだシーヌの反応は、

「理解できない」

 のひとことだった。基礎学習をしていないので、魔法の初歩をそもそも知らないのだ。それでは強大な魔力も、内に秘めた潜在能力の域を出ない。

「大丈夫です」

 と、シーヌの頭の上で、一人のマリオネッツが胸を張った。紫色がかった銀の瞳をしている。

「シーヌ様が、戦えないのであれば、私達が、お守りします。安心してください」

 シーヌの頭の上には、三人のマリオネッツが並んでいる。

 紫色がかった銀の瞳のチリッカ。

 鮮やかな若葉色の瞳のルイーザ。

 清水のような青の瞳のオリビア。

 イマに選出してもらったシーヌ専属の護衛たちだ。全員仮面は外してもらっている。その方がシーヌも親しみやすいだろうと思ったからだ。

 彼女たちはシーヌの頭の上で、のんびりくつろいでいるけれど、これでも第一部隊の精鋭中の精鋭だ。ただチリッカが言うには、

「個人技だけで勝負したら、私たち三人がかりでも、エレカの方が、まだ、強いかも、しれません」

 という。エレカがスタンドプレーに走ってしまう理由が分かるような気がした。エレカ自身は普通に反応しているつもりなのに、周りの反応速度から飛び出してしまうのだということは、ブラックブラッドでの探索を通じて、僕もよく理解していた。

「でもこいつ危なっかしいよ」

 相変わらず背負い袋の上で寝転んでいるプリックがあくびをしている。彼に言わせればこの場所は退屈すぎてつまらないらしい。

「あんなに無尽蔵に敵が出てきたら、私だって疲れ果てます」

 プリックの横に座っているエレカが、不満げな声を上げる。二人には仲良くしてもらいたいのと、プリックが背負い袋の中身をいたずらしないように監視してもらいたいのもあって、僕はエレカにプリックと一緒に背負い袋の上にいてもらっている。

「この子たちは、シエルとは違うんだよね」

 まだよく理解できていないと言った風に、シーヌが言う。マリオネッツとインディターミネート・レジェンダリーは別物だと説明はしたのだけれど、いまひとつピンとこないようだった。

 まだ背負い袋の中の無限バッグに、六〇人潜んでいるのは、シーヌも知っている。現在の所は、第一部隊が同行している。ただ、全体の管理のために、全体の指揮官と第一部隊隊長を兼任しているイマは不在だ。代わりに、副隊長を務めているチリッカが部隊の指揮を執ることになっていた。

「それにしても、遅いですねえ」

 副隊長とは思えないほど、チリッカはのんびりしている。でもムーンディープで見た、一糸乱れぬ部隊展開で、スプライトたちを返り討ちにした中にも、チリッカはいた筈なのだ。いざ戦いとなれば頼りになるのだろうと思う。

「何か問題が起きているのでなければいいけれどな」

 心配になって来た。相談を受ける前に問題に巻き込まれたら、責任を負いきれなかったときに困ってしまう。

「かといって下手にうろついて良い訳がないしね、待つしかないな」

「問題が起きてるなら蜘蛛のおばちゃんがなんかテレパシーで送ってくんだろ」

 と、気楽そうにプリックが言う。それもそうだ。アラニスが何も言ってこないのなら、今のところは僕の出る幕はないのだと考えよう。

 それにしても、暇だ。

 次にいつ話せるかも分からないし、またルーサに連絡でも取ろうか、そんな風に考えていると。

 ようやくアラニスが跳ねながら戻ってくるのが見えた。見たところ、誰かと一緒のようには見えなかった。

《参ったね》

 アラニスは、僕達のそばまで到着すると、本気で困ったように告げた。

《あの子がいない。いないなんてことはまずありえないから、おばちゃんも想定してなかったよ》

「あの子っていうのは、女神様のこと?」

 僕が問いかけると、

《そうだ。本人がいないのに説明するのも格好つかないけど、アリスって名前だ。まだ五〇〇才ちょっとの、まだ子供と変わらないような若い女神さ。この神域を作った子なんだけどさ、勝手に神域を作ったことで、天盤から追放されて、自分が作ってしまった神域を、責任もって管理するように言われてる訳ね。それで、未熟ながらに、罰を込めてマザー・アリスって呼ばれてるんだけど》

 アラニスはそう言って説明してくれた。

 僕が聞きたいのは、そういうこともいずれ聞くべきなんだろうけれど、そういうことではないのだけれど。

「そうじゃなくて。失踪したということだよね。問題が起きているということだよね?」

《あ? ああ、そうさね。逃げるとは思えない子だから、攫われたか何かってとこだね》

 アラニスは素直に認めた。だから、僕は彼女に確認すべきことをまず聞いた。

「アラニスが捜索に首を突っ込むのは大丈夫なのかな? ルーサがここの問題に首を突っ込まない方が良いなら、君はもっと駄目という気がするのだけど」

《駄目だね。ちょいとまずい》

 アラニスがその質問にも肯定する。だとしたら、選択肢は一つしかない。

「手掛かりがあればいいんだけど」

 僕は椅子から腰を上げた。シーヌが立ちあがった僕を眺めながら不思議そうな顔をしている。それとは裏腹に、シーヌの護衛の三人は、冷ややかな目をしていた。

「状況を確認する前に、捜索に名乗りを上るのは、おやめください、主殿」

 チリッカの口から、抗議の声が上がる。言いたいことは分かるけれど、ほかに探せるひとがいないのだから仕方がない。

《そうさね。捜索するかどうかを決める前に、知っておいてもらった方がいいこともある。まあ、まだ座ってておくれだよ》

 アラニスもそう言って、僕が名乗り出るのを止めた。確かに、僕は、アラニスに連れてこられた次元のことを何も知らない。話を聞くのが先だと気が付き、椅子に座り直した。

《本当はアリスに説明してもらいたかったんだけど、いないんじゃ仕方ないね。代わりにおばちゃんが説明するよ。いいかい。ちょっと難しい話かもしれないけど、みんなよく聞いておくれだよ》

 アラニスは神妙な声で話し始めた。

《まず、この神域についてだ。ここはアリシオンと呼ばれている。もちろん、アリスが作った神域だからだ。本来ここは神域じゃなく、アストラル界しか存在しなかった次元で、生命など存在しない、不毛な場所だった。アリスはその次元を自分の領域として管理していたけど、その不毛さに耐えかねて、アストラル次元の中にマテリアル次元を自分で作ってしまったのさ。まあ、とはいえ、それ自体は問題ないし、知的生命を誕生させるだけなら問題がなかった。でも、ちとやりすぎたんだ。アリスは箱庭、つまり、人類やモンスターが営む文明まで、人為的に作り出してしまったんだ。寂しかったんだろうね。本来それは許されないことで、悠久の存在であったとしても、禁忌にあたる。そのため、この次元はミニマムな神域として外界から隔絶されるように封印され、また、このような事態を引き起こした罰として、責任をとって永劫にこの神域を見守ることを、他の悠久たちに求められて、アリスもまたこの神域に閉じ込められた。ここは、そういう場所だ》

 アラニスはそこまで話すと、僕達を見回して、しばらく言葉を切った。

 完全に理解することは、僕には難しかったけれど、何となく分かったことは、厄介な場所に連れてこられたのだということだった。


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