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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第四章 狂乱(8)

 ひしゃげた剣と盾をエレカに返す。

 エレカは剣と盾を受け取ると、地面に並べて撫で始めた。

「乱暴に扱ってごめんなさい。ありがとう」

 剣と盾に語り掛けているエレカの顔は、痣だらけだった。彼女はゆっくりと細い息を吐いて、目を閉じた。

 エレカの全身が淡い光に包まれる。暖かく、そして、きれいな光だ。そして、その光が消えると、エレカの姿も、彼女の剣と盾も、何事もなかったかのように綺麗な状態に戻っていた。

「ラルフ様は大丈夫ですか? お怪我とかはありませんか?」

 エレカに聞かれて、自分の体を見回す。見える限りは大丈夫のようだ。

「うん、問題ないよ」

 僕は頷いた。それから、遠くから歩いてくるメレールとキースを眺める。

「ディーグは撤退した。ひとまずは、勝った、のかな。被害が多すぎて、勝った気がしないな」

 キースの言うとおりだった。あまりにも死体が多い。メレールの手下たちは、生き残った者よりも、死体の方が多いように見える。

「レイダーク様がご無事ならそれで問題ありません」

 そんなことを言いながら、スターティアもやって来た。彼女の指揮下についていたサキュバスたちも何人か一緒についてきた。

「やれやれだね。あのちっこい連中はどこから来たんだい」

 メレールが苦笑する。まったく良く分からない幕切れになったと言いたそうな顔をしていた。

「変な船から湧いて出てきた連中といい、あいつらといい、何が何だかさっぱりだ」

「パペッツはおいらの手下どもだ。すげえだろ」

 プリックが笑う。確かに、彼がパペッツを呼んでいなかったら全滅は免れていなかったと思う。

「パペッツ! てったーい! 余計なもの壊す前に撤退しろよー」

 彼が号令を掛けると、降下してきた時とは逆に、パペッツたちは空高くへ一斉に消えていった。プリックの命令に背くことはないようだ。

「助かったよ」

 僕の言葉に、

「せいぜい感謝してうまいもん食わせろ」

 にかっと笑ってプリッツは僕の背負い袋の上に戻った。それから、背負い袋の上に寝っ転がったまま、ひらひらと手を振って思い出したかのように言う。

「それから、エレカ」

 それは、僕に向けられた言葉ではなかった。

「おいらも鬼じゃないかんね。次からは、死にかける前に、ちゃんとタスケテクレって言ってな。死んでからじゃ遅いだろ?」

「はい。そうします」

 エレカはプリッツに答えてから、少し考えこんだ。そして、その名前を呼んだ。

「イマ様、聞こえますか」

「どうしましたか……これは」

 イマはすぐに現れ、それから、周囲の状況に驚いたように言葉を失った。

「何故お呼びいただけなかったのですか?」

 僕に疑問を投げかけるイマに、エレカは首を振った。

「敵は次元間の転移やテレパシーを遮断する方法を持っています。それに、一部の迷宮などでも遮断されてしまうようです。このままでは、ラルフ様をお守りすることができないと思います。何か方法はないでしょうか」

「それは……。主殿、この度の不手際、大変申し訳ありませんでした。至急対策を講じますので、しばしご猶予をくださいませ」

 イマは、エレカの話を聞いて状況を理解したようだった。その場にいるエレカを含む一一人のマリオネッツたちを見まわして、頷いた。

「皆、良く主殿を守り抜いてくれました。全員仮面を外していることも不問にしておきます。だいたいの理由の想像もつきます。主殿の指示に従いなさい」

「イマ様、ありがとうございます。それで、もう一つお願いがあるのですが」

 エレカはおずおずと、イマに向かってさらに続けた。イマは少しだけ不思議そうな顔をしてから、内容に合点がいったように聞き返した。

「言ってみなさい」

「対策が講じられるまでの間、ラルフ様に同行し、お守りする兵が必要だと痛感いたしました。今回、十分にお守りできたとは言えませんが、それでも私含めて一一名の兵がいたことは幸いであったと考えています。どうか、同行の部隊を持ち回りで編制いただけないでしょうか」

 エレカは頷いて、まずイマにそう訴えた。それから、少しためらった後、僕に。

「ラルフ様にもお願いがございます。今回、私達一一人を無限バッグにお入れになったことから、私も考えたんですが、持ち回りの一部隊を、常に無限バッグの中に忍ばせておいていただくという訳にはいきませんか? 今回のような、次元間のつながりが遮断された場合の対策になると思うんです」

 なるほど、確かにそうだ。ただ、その扱いは正しいのだろうか。

「でも、バッグに押し込めるのは、ちょっとかわいそうかな」

「今回、まさしくいざという時だったじゃないですか。今回のラルフ様のピンチに、つながりが遮断されていたと伝えたら、皆どんな顔をするか想像してください。ラルフ様のピンチに気付けず、お守りできなかった皆の無念を考えてください。それを考えたらきっと、全然かわいそうじゃないと皆言うと思うんです」

 エレカの目は強い意志を湛えていて。イマも、他の一〇人のマリオネッツも、同じ視線を僕に向けていた。

「エレカの言うとおりです。まさに皆の思いを代弁してくれました。総意ととっていただいて結構です」

 というイマの言葉にも、マリオネッツたちは力強く頷いた。僕は少しためらってから、答えた。

「分かった。これからはそうしよう。イマ、編制が決まったら教えてほしい」

「承知いたしました」

 イマはそう言い残し、戻って行った。エレカ以外のマリオネッツたちも、仮面をつけ直し、部隊に帰還していった。

「それで、まあ、なんだけどさ。本番はこんなもんじゃないんだろうね」

 僕の方が一段落つくと、メレールがまた口を開いた。見れば、メレールの屋敷はボロボロになっていた。人型がやったのか、それともパペッツが破壊したのかは分からない。屋敷の周辺まで死体や結晶の波円が散乱している当たり、両方かもしれない。ジンは無事だろうかと、僕はちらっと考えた。

「こんなもの、本格的な侵攻を考えたら、前哨戦にもならないよ」

 キースがため息をついた。それを聞いて、メレールが苦い顔をする。

「ああ、やだやだ。考えただけでもぞっとするね」

 そして、スターティアに顔を向けて、首を振った。

「もうあんたに任せるよ。あたしゃこんなのは趣味じゃない。どうせ屋敷もめちゃくちゃだ。バルダの奴の所もボスがいなくなって大混乱だろうねえ。スターティア、あんた何とかできないかい」

「住むところは大丈夫だと思います。ノセル悪意の影響が解消されたので、呑み込まれたわたくしの城塞も元に戻っているでしょう。まずはそちらに行く場所のない者を収容しましょう。それから、本格的な侵攻に対し、ブラックブラッドの者としてどう振舞うのかを考えましょう。わたくしはこんなものの側に立つことは絶対に嫌ですけれどね」

 そう言って、スターティアは結晶の破片を一つ拾って、握り潰して砕いた。メレールも結晶の欠片を一つ摘まみ上げて、忌々し気に放り投げた。

「あたしだって御免だよ。白状すると、一度はちらっとあっち側の方が得かもなって考えたけどさ、実物のバケモンども見てその気が失せたよ。おお、いやだいやだ。気持ち悪いったらありゃしない」

「そうですね。同感です」

 スターティアはメレールに頷いてから、僕に言った。彼女の目にはこれからのことを考えている彼女なりの決断が浮かんでいた。

「レイダーク様は、他の次元も回らねばならないのでしょう。しかし、わたくしは、ここに残り、そして、悪の次元に対しての、レイダーク様のための足掛かりとなる勢力をまとめたいと考えております。どうかお許しください」

 確かに、五魔神の侵攻に立ち向かう時の戦力は必要だ。それは悪の次元においても変わらない。けれど、悪の者達に世界を守れといって、素直に聞く訳がないだろうと思う。だから、スターティアに足がかりになってもらえるのは、間違いなく助かるだろう。

 僕はその決断を認めることにした。

「分かった。大変な役目だけれど、お願いできる?」

「勿論です。わたくしだって、死にたくはないですから」

 スターティアはそう言って笑った。

「ありがとう。僕は一度全体の状況を確認するために、別の次元に移るよ。スターティア、無理だけはしないようにね」

 僕の言葉に、

「はい、次にお会いする時までに、必ず軍勢をお見せできるようにしておきます」

 スターティアが笑った。

 そういえば、と僕は見回す。あのネーラと名乗ったサキュバスはどうなったのだろう。

 姿は、見えなかった。


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