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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第四章 狂乱(6)

 どちらが先に動いたかは分からない。

 突撃の合図などない、混沌とした始まりだった。あっという間に敵味方入り乱れた乱戦が始まり、血と肉編と結晶が飛び散る戦場と化した。

 敵のものとも味方のとも知れない、興奮した歓喜の叫びが聞こえてくる。僕が知っている戦場とは全く違う荒れ狂った獣たちの狂乱が繰り広げられていた。

 いつもなら、先陣きって斬り込んでいるところだけれど、僕は困惑して後ろで見ていることしかできなかった。何故なら味方を少しでも生き残らせるために切り込もうとしても、その味方からも無座別に攻撃を受けたからだ。僕自身が自分の身を護り、かつ、味方殺しをしないためには、乱戦には跳び込まず、後ろで見ているしかなかった。

 マリオネッツたちも、僕と同様に困惑しているようだった。僕を狙ってワープしてくるデブリスを退治するだけで、僕と一緒に後方で乱戦には跳び込めずにいた。

 悪魔たちは、自分の血が流れるたび、敵の破片が飛び散るたび、愉悦の叫びを上げてヒートアップしていく。まさに地獄だ、と僕は思った。

「これで良いのです」

 スターティアが僕の隣に来て言った。

「あなたはこの戦場の大将です。後方で味方の働きに任せれば良いのです。あとは下々の暴力が敵を食らいつくすのをお待ちください。それが、悪に分類される我々の戦場なのです」

「でも、これは。あまりに凄惨すぎる。誰も生き残るために戦っていない。生き残りたければ、は、どこへ行ったんだ」

 僕はこの戦場に恐怖を感じていた。戦うために戦っている者達の叫びが、醜く耳にこびりついた。

「これが典型的な、悪の手下たちの戦いです。彼等にとっては、戦場とは、自分の命を賭け金に、敵を叩きつぶす暴力の快楽を貪る場なのです。強い者、運がある者が生き残り、弱い者、運がない者が死ぬだけです。死ぬような間抜けが悪いのが、悪の言い分なのです」

「でも僕は、僕に力を貸してくれるひとたちには死んでほしくない」

 僕はスターティアに心境を吐露する。スターティアは、笑顔を浮かべた。

「分かります。私のガーネットを通じて、レイダーク様の悲痛な思いは、わたくしにも痛いほど伝わっておりますから。それでも、根本的に違うのです。あなたは死ななければ敵に勝てる、と言うでしょう。彼等は、敵に勝てば生き残れる、と言うのです。全く考え方が異なるのです」

 どこかから、まるでハンマー同士を打ち合わせるような音が聞こえている。音の出所を探ると、キースと、ディーグが打ち合っているのが遠くに見えた。キースの傍らにはメレールがいて、キースに襲い掛かろうとするる他のデブリスを防いでいる。キースとディーグは、双方ともに頑強すぎるほどに頑強で、お互いの打撃が効いているように見えない。不毛な打合いだった。

 けれど、その表情は、全く違う。

 キースの目には、自分がディーグを釘づけにしている間に、他のデブリスが蹴散らされれば勝てるという決意が浮かんでいた。

 一方、ディーグには、目の前にいる、目障りなキースを打倒し、打ち勝つことを求めている執着が窺えた。

「君には、僕は倒せない!」

 キースが叫んでいる。

「人の元に堕した貴様を、俺が倒せないことなど許されない!」

 ディーグが呼応するように叫び返していた。ディーグからすればキースは堕落したアメシストタラスクで、そんな相手は、おそらくは生粋なアメシストタラスクらしい理屈で生きているはずのディーグより劣っていければおかしいのだろう。

 悲しい考え方だ。

 そんな風に考えていると、不意に乱戦をかき分け、敵味方区別なく叩きのめしながら掛けてくる影があった。

 バルダだ。その陰には、シュリーヴェがいる。バルダを盾に乱戦を突っ切って来たシュリーヴェが、僕達の前に止まった。

 バルダは貴族風のコートを纏った、長身の男に見える。吸血鬼らしい風体だった。白目をむいていて、自我はまったく感じられなかった。

 僕の前に一一人のマリオネッツが並ぶ。その周囲を、シュリーヴェが追加で召喚したデブリスが取り囲んだ。すべてビースタルだけれど、数が多い。

 バルダとビースタルに囲まれたマリオネッツたちは、圧倒的に数で負けている。それでも、彼女たちの背中からは、引く、という意志はまったく感じられなかった。

「まずは目障りな人形どもを殺せ」

 シュリーヴェの声に、ビースタルが襲ってくる。シュリーヴェはとめどなくビースタルを召喚していて、マリオネッツたちがいくら倒しても、ビースタルは無限に襲ってきた。一体一体は極めて弱いにしても、切れ目なく襲ってくるビースタルに、マリオネッツたちも徐々に動きに精彩を欠いていった。

 それでも僕やスターティアが一緒に戦おうとすると、

「ラルフ様やスターティア様は、すべての兵の要です。危険に晒す訳には参りません。お下がりください」

 エレカ達にきつく拒否された。

 しばらく防戦が続いたあと。シュリーヴェが苛立った表情を浮かべた瞬間だった。

 一〇体のマリオネッツがビースタルを引き付け、エレカがシュリーヴェの手元の結晶を狙って奇襲を掛けた。

 シュリーヴェは咄嗟に反応しきれていない。シュリーヴェが戦いに不慣れなのが一瞬の隙を生んだのだ。そして、エレカの剣が、シュリーヴェの手の結晶を捉え。

 けれど、エレカは横から割り込んできたバルダの拳に殴られ、僕の胸元に跳ね飛んできた。

 慌ててエレカを抱え、受け止める。

「エレカ、無茶をするな」

 僕の声に、エレカは面目なさげに笑った。

「簡単にはいきませんね。ちょっと甘く見すぎました」

 エレカはすぐに戦線に戻った。表面上動きに変化は見られないけれど、正直心配だった。

エレカがまたビースタルをすり抜けて飛ぶ。今度の狙いはシュリーヴェではない。バルダに向かって回りこんで行った。

 バルダの拳を回避し、剣を突き立てる。剣はバルダの眉間を捉えたものの、刺さりはしなかった。

 バルダの攻撃もエレカには当たらない。エレカの攻撃もバルダに有効的なダメージを与えることができていない。

 僕は我慢の限界を感じた。バルダに向かって走った。

 マリオネッツの制止を振り切り、エレカをつまみ上げて。僕は片手にエレカをつまんだまま、剣だけを手に斬りかかった。

 バルダは僕の剣を腕で受け止め、逆の手で殴ってくる。僕は体を捻り、それを躱すと、バルダの足を蹴り飛ばした。

 バルダが体勢を崩し、倒れる。意識のない相手を転倒させるのは難しくはない。

 剣を返し、バルダの首を刎ねた。バルダは霧になり、飛び去ろうとする。その霧に向かって僕は。

 エレカを投げた。

「エレカ、とどめを頼む!」

「はい!」

 エレカはその意図に即座に反応した。エレカの剣が霧となったバルダを斬り裂き、バルダは霧散して消えた。

「最初からこうすべきだった」

 僕はもう少し早く自分で動くべきだったと反省する。それは一瞬のことで、すぐにまだ続いている戦いに意識を切り替えた。

「シュリーヴェ。来い」

 盾を背中から外し、僕はシュリーヴェと対峙した。まるで自分の思考が戦場の状況の一瞬後を察知しているかのように冴えわたっているのを感じた。そうだ、これが僕の戦い方だ。後ろで見ているのは、僕の戦い方ではない。

「私はあなたには勝てない。だから、私はあなたとは戦わない」

 一歩下がり、熊のようなデブリスを三体召喚する。確かムーンディープでも見たことがある奴だ。トリックスターが、グリズム、と呼んでいたのを思い出す。

 直後、背後にゆらぎを感じた。

 もう一体、時間差で背後から奇襲を掛けてくる。僕は体を沈めて横殴りの一撃を躱し、逆に背後のデブリスを切り上げた。四体目のグリズムは粉々に砕け散った。

 正面の三体に向き直る。すでに一体は戻って来たエレカに砕かれていた。その勢いのまま、一体を僕が、もう一体をエレカが受け持って倒す。その間に、次のグリズムが召喚されていた。

 グリズムを召喚したことでバランスが崩れ、ビースタルをマリオネッツたちが全滅させて駆けつけてくる。完全に流れはこちらに傾きかけていた。

 周囲の様子も、シュリーヴェが最前線に出てきてしまったために、デブリスの数は減る一方だ。悪魔たちは気焔を吐いて残ったデブリスに躍りかかっていた。

 そんな時だった。

 何か、巨大なものが、頭上に影を落とした。


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