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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第四章 狂乱(4)

「で、ノセルの悪意はどうなったん……」

 僕達を見回しながら、メレールが相変わらずの高圧的な口調で言いかけて、突然黙り込んだ。そして、部屋からものすごく素早い身のこなしで飛び出すと、扉の影でガタガタと震え出した。

「なんでそんなモノがいるんだい」

 その目は、一点を見ていた。

 すなわち、アラニスを。

《誰だか知らないけど、おばちゃんサキュバスいちいちとっちめるほどマメじゃないから怖がらなくていいよ》

 アラニスは気にした様子もなく平然としていた。それから天井に張りついて告げた。

《どうせ帰るとこだしね》

「アラニスが来てくれなかったら、メレールも助からなかったよ。僕達を手助けに来てくれたんだ」

 アラニスのおかげでノセル悪意まで辿り着けたのに、怖がられるというのも不憫な気がして、僕はメレールの誤解を解くために、助けに来てくれたことを説明した。するとメレールは、

「レイダーク、その蜘蛛と知り合いだったのか」

 顔をゆがめたメレールが、僕のことも怯えた目で見た。よほどアラニスを恐れているらしい。

「アラニスは理由もなく君を退治するようなひとじゃないよ」

 僕は首を振ったけれど、

《ラルフ》

 と、アラニス自身が止めてきた。

《弁解してくれるのはありがたいんだけどさ、おばちゃんが恥ずかしくなってくるからやめとくれ。な?》

 そういうものか。アラニスにそう頼まれたとあっては仕方がない。僕はそれ以上言わないことにした。

《じゃ、おばちゃんは巣に帰るよ。そうそう、言い忘れるとこだったよ。伝言を預かって来てたんだったよ。『事情は分かっているつもりですが、一年以上音沙汰無しは流石に傷つきます』ってさ。誰からの伝言かは、ま、おばちゃんから言われなくても気が付いてやんなきゃだめだよ。魔法越しの会話しかしたことなかったとしても、それすらまったくないのは、寂しいもんだよ》

 ルーサだ。言われてみて、まったく話をしていないことに気が付いた。一年間記憶を失い、蜥蜴になっていたとはいえ、そのことも伝えていない。この一年間ちょっと、完全に連絡をしていない。あれこれ大変だったとはいえ、悪いことをしてしまった。

「うん、落ち着いたらすぐに謝らないといけないな」

 僕は頷いた。けれど、アラニスにちくりと釘を刺される。

《ラルフ、あんた落ち着いてる時なんてあったかねえ? 落ち着いてなくても時間を見て連絡してやりなよ》

 その通りだ。落ち着く暇もなかったから連絡できていなかったのに、落ち着いたらなんて言っていたら、それこそ、いつの話になるか分かったものではない。アラニスに言われた通り、無理矢理にでも時間を作らなければいけないだろう。

「そうだね、うん。ありがとう。必ず忘れないうちに話をするよ。それにしても、ルーサとも知り合いだったのか。おかげで酷いことをしていることを教えてもらえて助かったけど」

《何回レダとおばちゃんが戦ったか言ったろ。あんだけ戦ってるのに、奴と敵対してるお嬢ちゃんと知り合ってないわけないだろ? そんな不自然なことがあるかい》

 そうか。言われてみれば間違いなく……あれ。

「待って。レダジオスグルムって八〇〇歳くらいだよね。それで一七〇〇回以上戦ってるって多すぎない?」

《そうかもね。まあ、おばちゃんが、奴と直接やり合ったのは四〇〇年ぶりくらいだから、あんたからすると知らない話だろうかね。そうさね、こう考えてみな。レダは八〇〇才、あの子は六〇〇才。あの子がレダに対抗できるようになる前は、レダが二〇〇年近く野放しだったってことになっちまうさね》

 アラニスは天井から僕を見下ろして、たいしたことでもなさそうに話した。

《普通に考えてそんな訳ないだろ。あの子がやれるようになるまで、レダのおいたを全部叩き潰してたよ。しかも奴が一番血気盛んでやんちゃだった頃さ。そりゃ毎日毎日、一日何回も挑まれたね。他の奴と戦ってる最中でもお構いなしだったよ。相手にならなかったけどさ》

「なるほど」

 ふと根本的な疑問が浮かんだ。そもそも、神代って、どのくらい前のことだ。アラニスって、何才だろう。

《おばちゃん、サリアよりは年上だよ。一応、この神域歴だと、三〇〇〇年前以前が神代ってことになってる。ちゃんと先史時代の神話も勉強しなよ。おばちゃんの名前たくさん載ってるからね。敬ってくれていいんだよ》

 そうなるのか。あまりに長生きしているものととばかり出会うから、いい加減感覚が麻痺しそうだった。

《それで、ほかに質問は? おばちゃんもう帰ってもいい?》

「なら、僕からも質問させてもらっていいかな?」

 と、キースが突然口を挟んだ。

「僕が知る限り、蜘蛛の姿のアラニスって、失われたアーケイン・スパイダーの王国を求めて放浪しているっていわれている亡国のアラニスしか知らないんだけど、王国はこの神域にあったの?」

《ない》

 アラニスはあっさりキースの質問に答えた。

《どこにもなかったけど、この神域はアタシを受け入れてくれた。だからここにいる。失われたものは、二度と戻らないことが分かっただけさ》

「そうか……悪いことを聞いたね」

 キースがそういって質問を切り上げた。

 そういえば、と、僕はふと考える。アラニスは、キースのことを晶魔と呼んだ。そして、次元宇宙のことを、神域と呼んだ。その言葉を使う者たちは。

「ひょっとして、アラニスって、外世生まれなの?」

 僕は尋ねた。

《おお? 今更? 今更そこ?》

 アラニスに驚かれた。今まで気が付いていなかったのか、といった風に。

「いや、うん。今気が付いた」

 素直に僕が認めると、アラニスはしばらく黙り込んで、僕を見下ろしていた。それから、皆を見回して告げた。

《おばちゃん帰るよ。おばちゃんやることができた。ラルフ、何日かしたらまた来るよ。ちょいとその時に話がある。話っていうか、頼みたいことだね》

 そういうと、皆が声を掛ける間もなく、姿を消した。頼みとはいったい何だろう。アラニスが何を考えたのか、僕には分からなかった。

「ふう」

 と、メレールが安堵のため息を漏らす。アラニスが帰ったことで、本当にほっとしたらしい。

「聞きそびれてた。それで、ノセルの悪意はどうなった?」

 改めて、と言うように聞いてくる。僕が答える前に、プリックが口を開いた。

「おいらを呼んだか?」

 どこにいるのかと思ったら、僕の背負い袋の上だった。エレカが近くで睨んでいる。

「なんだいこの変なのは? 神殺しの力はどうなった?」

 メレールは、僕のそばまで来ると、背負い袋の上を覗き込んで言った。

「なんだと。おいら、おまえくらいぶっ飛ばせるんだからな。あんまり舐めた口きくとコテンパンだぞ」

 馬鹿にされたととったプリックが拳を振り上げる。プリックの実力は僕も気になるところではあるけれど、こんな場所で争いは勘弁してほしい気持ちの方が勝った。

「諍いを起こすなら外に出よう。とりあず地下から移動しない?」

「我々も同行して宜しいでしょうか」

 マリオネッツたちに聞かれた。戻って休んでほしいのが本音だったけれど、彼女たちが望むのであればと、僕は引き続き同行を許可した。

 僕とスターティアが並び、その後ろにキースとメレールが続いた。エレカは頭の上で、プリックは荷物の上だ。マリオネッツたちは僕達を取り囲んで、護衛するように浮かんでいた。

 地下室を出ると、部屋の外は階段下にあった回廊のような通路だった。回廊を歩いていくと、マリナレシアが閉じ込められている部屋の扉が見えた。

「そういえばメレール、マリナレシアはずっとあのままなのか?」

 僕は問いかけた。思い出すだけでもあまり気持ちの良いものではない。

「ああん? ああ、あいつか。繋いどかないと、うちの手下食うんだよ。仕方ないだろ」

 メレールが忌々しげに答える。

「でもそれは君が魂をマリナレシアから抜いたからじゃないのか?」

 僕が聞くと、メレールが首を振った。

「あたしにそんなことできる訳ないだろ。やったのはバルダの奴だよ。全く忌々しい話さ」

 そして彼女がそう言った時。

 血相を変えたメレールの手下のサキュバスが通路を走って来た。

「メレール様! バルダの奴が、変な獣を引き連れて攻めてきました!」

 そして。

 僕はそのサキュバスに飛びついて引き倒した。

 僕とサキュバスの頭上を結晶が掠める。

 現れたばかりのデブリスを、エレカが剣で貫いて砕いたのは、それと同時だった。

 結晶は、ほかの誰かに当たる前に、キースが砕いていた。


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