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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第三章 迷宮(8)

 それから。

《さて、そんなことよりノセルの悪意を探してるんだろ。だったらこっちだ》

 アラニスは壁を登っていってしまった。そして、僕の目の前に束ねられた蜘蛛の糸が降りてきた。

《掴まって登りな。下ばかり見てると正解の道に気付かないもんだよ。気を付けな》

 僕は蜘蛛の糸に掴まって、壁をよじ登った。壁は空洞の天井までそそり立っていて、二〇メートルほどよじ登った場所に、横穴がぽっかり空いていた。こんな道に気が付く筈がない。

 スターティアは飛んで登って来た。キースも何とか瞬間移動して登って来た。すでに迷路とか迷宮とかそういう問題の構造ではなかった。

「ありがとう。アラニスがいなかったら、たぶん永久に迷っていたよ」

《そうだろうね。そう思わなかったら、おばちゃんだって来ないさ》

 先に立って歩くアラニスが、

《ちょい止まりな。丁度いいから、一対一なら無敵だってとこ、見せてあげようじゃないのさ》

 正面に大きな空間があるのが見える。冷気が漏れてきていた。何かがいるのは分かる。

《若い氷雪竜がいる。隠れて見てな。あんた達危ないから出てくんじゃないよ。勝手に氷漬けになるのは絶対堪忍しておくれだからね》

 そう言うと、アラニスは天井に張りついて走って行った。僕達は隠れながら近づいて、通路の中から空間を覗いた。

 空間は広く、中央に真っ白い鱗に覆われた竜がいた。体長は二〇メートルほど。アラニスは若いというけれど、竜としては成熟している個体だ。

 天井を這うアラニスには気づいていない。アラニスは無造作に、無造作すぎるほどに自然体で天井をドラゴンの頭上まで這っていった。

 ドラゴンは、その巨体に反して感覚は鋭敏だ。近づくアラニスに気が付くと、苛立ったように天井に向けて顎を広げた。氷のブレスを吐くつもりなのだ。

 けれど、アラニスの方が速かった。半透明の蜘蛛の巣のような魔法がドラゴンを絡めとる。通常、正面からの拘束魔法など軽く打ち破るはずのドラゴンの動きが、大あごを開いたままぴたりと止まった。

 さらに畳みかけるように。

 アラニスはオレンジ色に発光する蜘蛛の巣を放った。それがドラゴンに当たると、ドラゴンの体が同じ色に発光し始めた。ドラゴンはまだピクリとも動かない。

 アラニスの攻勢はまだ終わらない。

 今度は青く発光する蜘蛛の糸を放ち、ドラゴンの体から、光る球体を引きずりだした。

 そして最後に、球体を引き寄せると、アラニスはそれをかみ砕いて、地面に降りた。竜の巨体は、黒い煙のようになって消えた。

《とまあこんな具合だね》

 強い。文章に起こすとその手際を記しにくいけれど、実際には、ドラゴンにアラニスが見つかってから、二、三秒ほどの間の出来事だった。まさに瞬く間に、氷雪竜を消し去ってしまった。

 起きたことが良く理解できない。

「魂を砕いたの?」

 そのくらいしか、僕には思いつかなかった。けれど、アラニスは、違うという。

《それじゃ生物しか倒せない。そんな中途半端なもんじゃないよ。見てな》

 そういうと、ドラゴンを消したのと全く同じ流れで、アラニスは広間に転がった石を狙い始めた。

《まず、“存在”を『縛る』だろ。これで動きを止める》

 そう言いながら、半透明の蜘蛛の巣を伸ばし。

《次に、“存在”を『固定する』だろ。これで存在が流動しなくなるから存在を変えたり、別に転移したりして逃げることもできなくなる》

 オレンジ色の蜘蛛の巣を当てて、石を光らせて。

《それから“存在”を『抜く』のさ。で、引っ張り出した“存在”を》

 青い蜘蛛の糸で光る球体を石から引っ張り出して、そして。

《最後に、『砕く』と》

 アラニスは球体を噛み砕いた。石はドラゴンと同じように黒い煙になって消えた。

《はい、消滅ね》

 なんだ、これは。

 僕は自分の思考が理解を拒んでいるのを感じた。これが神代の英雄の力だというのか。確かに一対一では無敵と豪語するだけのことはある。しかし、あまりに危険すぎる力なのではないだろうか。

「ひょっとして、次元そのものを消したりできる?」

 あまり考えたくないことだけれど。思わず僕は聞いてしまった。

《なんでそんなことしなきゃいけないんだい。誰も得しないよ、そんなこと。お断りさね》

 できない、とは言わなかった。このひとは破壊の神か何かの間違いではないのだろうか。蜘蛛の形の恐怖そのものに見えた。

 ただ、気になることはある。僕はあまりに次元の違う話に、さらに質問を続けることをやめることができなくなっていた。

「でも、例えば、存在を絶対消されない、なんて桁外れな能力を相手が持っていたらどうなるんだろう。そんなものがいてほしくはないけれど」

《そっかそっか。大前提として、言っとくの忘れたね。おばちゃんはダメージを与える方法は顎しかないけどね》

 と、アラニスは言った。

《おばちゃんの顎ね、砕けないものはないから。分かりやすく言うとね、『すべての耐性を無視する』のさ。おばちゃん相手に消えたくなかったら、おばちゃんより先に動くことだね。それが初級編ってやつさ》

「なるほど」

 キースが頼りたくなる気持ちも分かる気がした。アラニスが戦えばダーゴスなんて数秒で片付くのではないだろうか。

《おばちゃんだって生涯現役はお断わりさ。みっともなく老体引きずる前にお役御免になりたいよ。分かるだろ》

「そうだね。アラニスならおそらく僕よりずっとうまく立ち回るんだろう。でもきっとそれではいけないんだ」

 アラニスは強い。それは間違いない。だからといってアラニスだけが強いままではいけないのだろう。

《今はまだギリギリおばちゃんはあんたに勝てるけど、それも長くないと思うよ。おばちゃんは衰えるだけで、あんたはまだこれからだ。頑張んな、ラルフ》

 アラニスがそう言うならそうなのだろう。とにかく今はそんな未来の話よりも、ノセルの悪意を何とかすることだ。

「進もう。バッグの中のマリオネッツたちも心配だ。できるだけ早くノセルの悪意を回収して、こんな場所の影響から解放させてやりたい」

《そうしようかね》

 アラニスはまた先に立って歩き出した。

 ここから先は厄介だと言ったアラニスの言葉に嘘はなかった。大きな亀裂や積みあがった岩の山、高低差が大きすぎる崖など、普通に考えられたらどうにもならない障害が行く手を阻む。そのたびにアラニスが蜘蛛の巣で橋をかけ、よじ登るための糸を垂らし、ネットを張って受け止めてくれ、と僕達が立ち往生しないように助けてくれた。

 そしてアラニスが引退したいと言っている気持ちも理解できた。

 僕達は何度も休憩を挟みながら洞窟を進んだ。アラニスは休憩のたびに、潰れたように地面に這いつくばった。

「間接痛むの?」

 僕が聞くと、

《思い出すからやめとくれ》

 きっとこれまで、僕達には想像もつかないほど、激戦を経験して生きてきたのだろう。アラニスの体は悲鳴を上げ始めていて、きっとそれが衰えだと、自分が緩やかに寿命に向かっているのだと、アラニスにも実感として分かっているだ。

 何度目かの休憩中だった。目の前には長くて急な下り坂があった。

「長い間、たくさん戦ってきたんだろうな」

 僕がそうつぶやくと、

《野垂れ死ぬつもりはなかったからね》

 アラニスがそんな風に答えた。

《でもさ、何だろうね。最近、妙にはじめて巣から出て探索した時のことを思い出すんだよ。つまんない冒険さ。ただのキノコ探し。その頃につきあいがあったフェイが欲しがってね。結果は散々さ。お目当てのキノコは見つかったってのに、当のフェイはその時にはもう、あたしの背の上で死んでた。おばちゃんだって、助けられないものは助けられなかったよ。それからもずっとね。おばちゃんもね、思い出すのは死んだ奴のことばっかりさ。それでいいんだよ。忘れるんじゃないよ》

 アラニスは起き上がった。

《みんな聞いとくれ。この坂を下りたら最後の難関だ。アンデッドだらけの通路を進むことになる。おばちゃんが先頭に立って道を作るからね。遅れたり逸れたりするんじゃないよ。いなくなった奴は、おばちゃんも助けられないからね》

 まだあるのか。

 僕達は思わず顔を見合わせた。キースもスターティアも、疲れ切った、苦々しい顔をしている。僕もきっと同じ表情をしているのだろう。

 もううんざりだ。


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