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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第三章 迷宮(7)

 迷路に騙されるな。

 その言葉の意味は、階段を降りている最中に、意外なほどすぐに分かった。階段を降りている最中、迷路を取り囲んでいる崖に、道のように乗れる段があることに気付いたのだ。

「あれを歩いたら回り込めそうだね」

 段は上からは崖そのものに隠れて見えず、見える角度ではすでに階段から高い場所にあったから、注意して見ていなかったら見落としていたかもしれない。壁は凸凹していて、登るのは難しくなさそうだ。僕は壁の凹凸を利用して、段の上に乗ってみた。

 迷路が広すぎて遠くまでは分からないけれど、段は迷路を取り囲むようにずっと続いていた。

「行けそうだ」

 翼のあるスターティアは飛んで登って来た。キースはというと。

「少し下がってくれる?」

 と言われ、僕とスターティアがその通りにすると、キースの姿が一瞬消えて、段の上に現れた。ビースタルと同じ、狭間の世界を経由する方法で瞬間移動したのだろうと思う。

 三種三様の方法で段の上に登った僕達は、迷路を眼下に見ながら段を進み始めた。段の上は不気味なほど静かで、襲ってくるものもいなかった。

「広いなあ」

 と、キースが迷路を見下ろして歩きながら漏らした。

「本当に広いね。確かに、『実は出口に続く道はない』なんてことは、これでは分かりっこないな」

 僕も頷いた。それから、スターティアとキースに告げた。

「止まって。罠がある」

 本当に意地が悪い。こんな場所を見つけて歩くことなど想定していないだろうと高をくくっていると、落とし穴に嵌るようにできている。確かめたいとは思わないけれど、おそらく迷路に叩き落とされるのだろう。

「こんな場所に罠を仕掛けるのか」

 キースも呆れてものが言えないといった様子だった。僕もそう思う。

「見たところ結構沢山あるな。嫌になるね」

 僕も乾いた笑いを漏らして頷いた。とりあえず、キースとスターティアには待ってもらって、見つけた落とし穴の、見せかけの床を片っ端から剣の先で落としながら、僕だけが先行して歩く。見えている落とし穴に落ちるほど、キースやスターティアは不注意ではないだろう。一〇メートルほど進んで、僕は止まって振り向いた。

「ここまでくればひとまず安全だ」

 スターティアは飛んで抜けてきた。キースは瞬間移動して抜けてきた。二人の移動方法は便利だな、と少しうらやましくなった。

 それからは、しばらくまた罠もない平坦な行程が続いた。相変わらず襲撃を受けるようなこともない。迷路の隅はまだ遥か先で、過角を回り込んで続いている段は、白い筋のように見えていた。

「馬とかが欲しくなるね」

 僕が冗談交じりに言うと、スターティアが頷いた。

「本当です。広すぎますね」

 まあ、さっきみたいな罠がこの先にもあるのだろうから、馬で走るのは危険だけれども。それにしても。

「本当に屋敷の地下なんだよな、ここ」

 本気で信じられない。どうやったらこんなことになるのか。悪神に常識を求める方が間違っているとはいえ、あまりの広さに限度があるだろうと言いたくなった。そんなことを考えながら歩いていた僕の足が、ふと止まる。

 少し先の壁に誰かがいる。何か、と思わなかった理由に、すぐに気づいた。

「アラニス? 何故こんな場所に?」

 挨拶より先にそんな言葉が出た。

《ここまでよく頑張ったね。ここから先はちっとばっかり厄介すぎるからね、おばちゃんが手伝ってやるよ》

 蜘蛛だ。ムーンディープで会った、あの蜘蛛がいた。神代の英雄、アラニス。

《おや、驚いたかい? ノセルの奴とは腐れ縁だからね。おばちゃんは奴の支配域ならどこにでも入れるよ。知らなかったのかい》

 初耳だ。それよりも、アラニスが離れて、ムーンディープに残してきた皆は大丈夫なのだろうか。この間にレダジオスグルムが襲ってきたらと思うと、少しぞっとする。

《あん? ああ、あの阿呆たれ竜ならもう来たよ。おかげでそのあと半年は動けなかった筈さね。おばちゃんがコテンパンにしといたからね。安心しときよ。これで通算、一七二四勝〇敗二分ってね。あの阿保たれも懲りないもんだ》

 戦った回数の桁がすごすぎる。ムーンディープで一緒に戦った時にも強いなとは思ったけれど、アラニスがそこまで強いとは思わなかった。

《おばちゃん、一対一なら無敵だよ》

 強すぎる。ダメージを与える方法が顎しかないという話なのに。

《そんなことは良いからさ。お友達紹介しとくれよ。まずはそっちの別嬪さん、おやヴイーヴルじゃないかい。久々に見たよ》

「わたくしは、トワイライト・スターティアと申します。スターティアとお呼びください」

 スターティアが名乗ると、

《あいよ。おばちゃんはアラニスだ。名前くらいは知ってるかね。そうか、トワイライトの。もう五〇年前か。あれはひどい話だったよ。生き残りがいてくれて嬉しいねえ》

 どこまで活動範囲が広いのか。スターティアたちのことも何か知っているらしい。

《媚娼の女神ゲリエルはおとなしくしてるかい? あいつのせいでヴイーヴルも随分とっ掴まって酷い目にあったのは知ってるかい》

「はい、わたくし自身、あの騒動で生まれた娘です」

 スターティアが頷く。彼女の出自にそんな逸話があったとは知らなかった。

《そうかい、強く生きるんだよ。同じ目にあいそうになった時は、いつでも相談しとくれよ。おばちゃんがまたゲリエルとっちめてやるからね》

 スターティアがそれ以上、その話を続けたくなさそうなそぶりを見せたからか、アラニスもスターティアとの話を切り上げた。それから、キースに体を向ける。

《それで、そっちのあんたは晶魔か。おや珍しい。アメシストタラスクなんておばちゃんも初めて見たよ。どこから迷い込んできたさね》

 どうやらデブリスのことにも詳しいらしい。神代の英雄と称えられる存在だと、これほどまでに知識や経験が詰まっているということなのだろうか。

「僕はキース。アラニスってあのアラニス?」

 キースもアラニスのことを知っているようだ。どういうことかと思っていると、

《どのアラニスのことか、おばちゃんちょっと分かんないけどさ、たぶん、そうなんじゃないかね。おばちゃん、おばちゃん以外のアラニスなんて聞いたことないよ。あ、そうでもないか。けっこう聞いたことはあるけど、おばちゃん以外のアラニスは、とりあえず見つけ次第全部ぶちのめしてきたからね》

 アラニスがとぼけた答えを返した。もっとも、その内容は物騒極まりなかった。

 恐ろしい話を聞いたような気分になる。偽物がそれだけ出ることも恐ろしいけれど、本人にことごとく退治されたというのもすごい話だ。

「隊長来ているよ」

 キースが言うと、

《知ってる。なるほどね、あんたダーティー・チャンクか。そりゃご愁傷様。相も変わらずあの坊やはおいたしてんのかい?》

 アラニスはまるでダーティー・チャンクという傭兵部隊とは顔見知りのような反応をした。

「そんなことより、深刻な話がある。狭間の世界でダーゴスを見た」

《へえ、そりゃ大変だねえ。頑張んな。まさかあんた関節キシキシ言ってるような歳のおばちゃんに、最前線に立てなんて馬鹿なこと言わないだろうね》

 アラニスが迷惑そうに答える。アラニスが力を貸してくれればとても心強いのは確かだけれど、アラニス本人が言うことも分かる。

「しかし、僕が知っているアラニスなら、そのくらいのことはできる筈だ。協力してもらえないというのは、理解できない」

 キースはアラニスの言葉に不満がある様子だったけれど。でも僕は、そうではないと思った。

「キース、無理強いは良くないよ。例え全次元宇宙規模の危機で、皆が生き残るために戦わなければいけないとしても、その規模は一人一人違う筈だ。アラニスにはアラニスの規模がある。成り行きに任せよう」

 僕はそう言って、アラニスに視線を向けた。

「僕はアラニスから次を任されたのだと思っている。僕が勝手にそう思っているだけだけれど、アラニスだって永久に動ける訳でもない。きっとそういう時なんだ。だから最初からアラニスに頼りきることはしたくないな」

《いやいや、勝手にじゃないよ。おばちゃんそう言ったつもりだったんだけど。キースもよくお聞き。あんたが頼るべきはおばちゃんじゃなくてラルフだ。そこんとこ、間違えるんじゃないよ》

 アラニスはそんな風に語った。

《もし、その時、その場所に、おばちゃんもいたら、当然、おばちゃんだって頑張るさ。協力しないとは言ってない。でもさ、もし、その時、その場所に、おばちゃんがいなくても、あんたたちは。頑張るんだよ。そういうことさね》

 きっとそうなのだろうと、アラニスの話は、僕にもそう思えた。


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