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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第三章 迷宮(5)

 工具を仕舞い、扉の先に進む。

 そこは小部屋になっていて、部屋の中央に黒っぽい立方体がある以外は何もなかった。向かいの壁に、奥に続いているだろう扉がある。

 僕とエレカは盾で身を守りながら、部屋に入った。立方体の様子は変化しない。調べてみるべきか迷ってから、僕は近づかないことに決めた。なるべく壁際を歩くことにして、部屋の反対側の扉に向かった。結局立方体は何の反応も見せず、僕とエレカは部屋の反対側の扉に辿り着くことができた。

 扉には罠はなく、鍵もかかっていなかった。扉を開け、部屋から出る。結局何だったのか。何の反応も見せなかった立方体の存在に、どっと疲れたような気分になった。

 扉の先はまた通路になっている。左右の壁には扉はない。通路の先は行き止まりで、これまでと全く色が違う、毒々しく紫に輝くゲートがあった。

「あのゲートから虫唾が走るような気配がします。この世のものとは思えない邪悪を感じます」

 エレカが警告の声を上げるけれど、警告してもらうまでもなく、僕にも分かった。むかつくような嫌な気配をひしひしと感じる。

「でも、進むしかないね」

「はい。ただ、何人かマリオネッツを呼んでから進んだほうがいいかもしれません。正直、私だけで戦力が足りるかどうか」

 エレカの言うことはもっともだと感じた。

「イマ」

 けれど、その名を呼んでみても、返答はなかった。

「あ」

 と、エレカも気が付いたようだった。

「遮断されています。戻って呼ばないと無理ですね」

 そのようだ。来た道を戻り、どこかでマリオネッツを呼んだ方が良いか。悩みながら背後のドアを振り返り、それは不可能だということにようやく気付いた。ドアのこちら側にドアノブがない。こちら側からは開かない扉だ。

「進むしかないらしい」

「そう、みたいですね」

 エレカの顔色が蒼白になった。何度か深呼吸をしてから。彼女が続ける。

「だいじょうぶ、らるふさまのことは、わたしが、まもります」

 声が震えている。呂律が回っていないほどに。緊張しているのか、怯えているのか。おそらく両方なのだろう。

「エレカ」

 僕は声を掛けてから、エレカの体を掴んだ。そして、何も言わずに背負った無限バッグの中に入れた。

「そんなに震えている君に助けてもらう訳にはいかない。少し休んでいてくれ」

 多分無限バッグの中には僕の声は届かないだろうけれど、僕はそう告げてから、ゲートに向かって歩き出した。

 ゲートに足を踏み入れる。

 出た先は、紫色の巨大な悪魔の顔を象ったオブジェがある部屋だった。

「ようやくここまで来たか」

 オブジェが口を開いた。聞き覚えのない声だ。けれど、ある程度正体には推測が付いた。

「屋敷に封じられた悪魔か」

「そうだ。貴様が探しているものはこの奥にある。だが、貴様がそれを手にすることはできん」

 悪魔の顔が告げる。お決まりの脅し文句だ。思わず笑ってしまう。

「僕を殺すから、か?」

「私には貴様を殺せんのはここまでで理解した。そうまでいうのであれば奥に進んでみるがいい。私の言葉の意味が分かるはずだ。しかし、奥に足を踏み入れたが最後、貴様は、ノセルの悪意を手に入れぬ限り二度と出られん。そんなことは不可能だからな、貴様は死ぬだけだ」

 なるほど。まだ何かあるという訳だ。どのみち来た道は戻れない。どう脅されようと進むしかないのは明らかだった。

「インプからお前もノセルの悪意に支配されていると聞いた。力を暴走させているそうだな」

「それを知ってどうする。貴様には何もできまい」

 随分諦めのいい悪魔だ。物分かりが良いことは必ずしも調書とは限らないことが良く分かる。

「どうだろうね。少なくとも僕はやってみるまでは結論を出したりはしないけれど」

「コボルド風情が粋がるな」

「コボルド風情でも死なずにここまで来たじゃないか」

 思ったより危険は少ないかもしれない。僕は無限バッグからエレカを出してあげることにした。

「少しは落ち着いた?」

「ショックでした」

 エレカに怒られた。

 当たり前だった。いきなりバッグに突っ込まれたら誰だって嫌に決まっている。

「ごめん、あんまりにも怖がっていたから見るに堪えなくて」

 それよりも屋敷の悪魔だ。僕はエレカに悪魔の巨大な顔を指さしてみせた。

「悪魔、ですね。キースさんが封じたっていう悪魔ですか」

 エレカはやっと気が付いたようにしげしげと巨大な顔を眺めた。悪魔が忌々しげな声を上げる。

「近寄るな、神兵」

「いやです。触っちゃいます」

 エレカは手にしている盾を背負い、空いた手で悪魔の顔の表面を軽く何度か叩いた。感触を確かめているようだ。

 そして、不思議なことを言いだした。

「あらら、悪魔じゃないじゃないですか」

「え? そうなの?」

 僕は驚いて聞き返した。その可能性はまったく考えていなかった。

「神兵であるマリオネッツは誤魔化せませんよ。悪魔か別のものか、間違うはずないです。これはただのジンです」

 エレカが得意そうに言うと、

「やめろ!」

 と、ジンは叫び声をあげた。何故そこまで隠したがるのか分からないけれど、相当嫌がっていることだけは分かった。正体が暴かれると何か困ることでもあるのかもしれない。

「そのことが発覚するとまずいのか?」

 聞いてみる。ジンは激しく歯ぎしりして、答えた。

「当たり前だ。悪魔でないと知れたら、俺を恐れるものがいなくなるだろう」

 なるほど、言いたいことは分かる。

「確かに。よそならその程度と言っているところだけれど、ことブラックブラッドでは死活問題だな」

 僕は頷いた。ここでは一度軽く見られたら命の危険すらある。

「エレカ、すまない。ここはそういう次元なんだ。彼は悪魔だ。そういうことにしておいてあげてくれ。ただのジンでは襲われかねない」

「はあ。良く分かりませんが、ラルフ様がおっしゃるなら正体は秘密にしておきます」

 エレカには理解しがたいようだったけれど、少なくとも正体を言いふらしたりはしないと約束してくれた。とりあえず、ジンに関してはそれでいいだろう。

「おお、助かる。なんだ、話の分かるやつじゃないか。聖騎士というからもっと堅物かと思っていたぞ。それならば話は違う」

 ジンはそう言ってにやりと笑った。

「いけ好かない、善に凝り固まった輩かと思っていたから、死ねばいいと思っていたのだ、横柄な態度をとってすまなかった。詫びよう」

「いや、大丈夫だ。気にしなくていい。君もノセルの悪意の被害者だと聞いている。どうしたらいいか、何か情報はないか?」

 僕は首を振った。友好的でない態度をとったということであれば、僕も似たようなものだ。彼のことはとやかく言えない。

「この先は一見、複雑な迷宮になっている。その為騙されて迷路を律儀に進もうとしやすいが、それでは永久にノセルの悪意には辿り着けん。ノセルの悪意の影響で、俺は正解を明かすことまではできんが、精一杯の情報をやろう。迷宮に騙されるな」

「肝に銘じよう。重要な情報をありがとう」

 僕は頷いた。いずれにせよ進まなければならない。奥からはとてつもない嫌な気配が漂ってきているのも分かるけれど、ここにいても閉じ込められたも同然なのだ。

「エレカ、おそらく君が感じた嫌な気配は、この奥にある。これからそっちへ行かなければならないけれど、大丈夫かい? もし辛かったら、荷物で休んでいていいよ」

「私はお人形じゃありません。さっきはごめんなさい、取り乱しちゃいましたけど、もう大丈夫です。ラルフ様はしっかりお守りします」

 エレカの声に震えはない。その言葉に嘘はないだろう。そろそろ先へ進もう。

「ありがとう。無事、ノセルの悪意を屋敷から取り除けるよう、頑張ってくるよ」

 僕はジンに約束して、奥の迷宮へと足を進めた。


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