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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第三章 迷宮(1)

 スターティアが離れる。

 エレカは僕の前に浮かんでいる。

「主殿、お下がりください」

 エレカは静かに告げた。

「悪魔の力に毒されているようです。毒が抜けるまで耐えれば、スターティア様も元に戻るでしょう。それまでお任せください」

「理由は分かる?」

 僕が問うと、

「おそらくは。スターティア様はノセルの悪意の力も求めたいとおっしゃったように、力への渇望が強いのでしょう。竜ならではの気質とも言えます。指輪が自分で外せなかったのも、無意識下で指輪の力を欲するがゆえだったのではないでしょうか。そのため、指輪に込められた悪魔の毒に冒されてしまったものと思います。しかし、私は」

 スターティアが動く。エレカを両手で鷲掴みにしようとする。

 エレカはその指の間をするりと難なく抜け、挑発するようにスターティアの頭を盾で軽く小突いた。

「スターティア様が悪い訳ではないと思います。助ける方向で対応いたします」

「相変わらず指示を待たずに自分で決めるんだね」

 これは重症だ。もうここまで来ると疑いの余地もない。エレカは兵役には不適合だ。けれど、それが彼女なのだから、僕はそれでいいと思った。

「勿論だ。引き続き頼む」

 時間を稼ぐことについては、僕よりもうまくやれそうだと思う。僕は周囲の警戒だけ行うことにして、スターティアへの対応はエレカに任せて離れて見ていることにした。

 同時に、確認したいことを確認しておく。

「イマ」

 呼ぶと、イマは現れた。閉塞空間は破れたようで、ひとまず安心だ。

「主殿、いかがなさいましたか」

 イマの問いに、僕は頷いた。

「エレカの待遇についてだ。彼女は確かに部隊に編成しての活用は難しいと思う。でも、冒険ではとても頼りになることが確信できた。できれば僕の専属として今後も一緒に連れ歩きたい。問題ないかな」

「エレカの配属は主殿直属の正規兵とするということでよろしいでしょうか」

 イマが確認の言葉を述べる。

 兵士でなくともいいけれど、と思いながら、僕は頷いた。

「承知いたしました。本人には主殿の口で直接伝えられますか? そのほうが本人も励むのではないかと思われますが」

 イマの言葉に。僕はもう一度頷いた。

 イマは敬礼をして、帰っていった。

 エレカとスターティアの殴り合いは続いている。スターティアは正直を失っているからか魔法は一切使わず、それに応えるようにエレカも剣と盾だけで応戦していた。

 スターティアは完全に目が据わっていて、いまだ正気でないのが見て取れる。その分攻撃は粗野極まりなく、知性の欠片も見えない攻撃がまぐれ当たりするほど、エレカの技量は甘くもなかった。

「意外に深く毒されているようです。昏倒させてしまっても、恨まれないでしょうか。いえ、止めてほしいとおっしゃっていたのですが、感謝されても良いくらいと信じましょう」

 エレカもそろそろしびれを切らしてきたようだった。

「申し訳ありません、スターティア様、お許しください」

 言っても聞こえていないだろうスターティアに、エレカはそう声を掛ける。襲い掛かるスターティアの手を舞うように避けて。

 そして、エレカはスターティアのこめかみを盾で強打した。

 その小さな体のどこにそれだけのパワーがあるというのか。スターティアの体は一撃でぐらりと崩れ、その場に倒れた。

 素早くスターティアの頭の下にエレカが潜り込む。エレカは剣と盾を放り出すと、スターティアが頭を地面に打ち付けないように支えて、そっと降ろした。

 それからまた剣と盾を拾い、スターティアが気を失っているのを確認してから、エレカは僕の所に戻って来た。

「ありがとう、お疲れ様」

 声を掛けると、エレカは、ばつが悪そうに言った。

「剣と盾を放り投げたことは、イマ様には内緒にしていただいてもよろしいでしょうか」

「そうしておこう。でも、たぶん大目玉を食らう時間はもうないと思うけれどね」

 僕は笑いながら答えた。そして、エレカがスターティアの相手をしている間に、イマと話したばかりだということを告げる。

「そうなのですか。それと怒られる時間がないことと、どう繋がるのでしょうか」

 エレカが、話が分からないと言った様子で、困惑の声を上げる。確かに、そうかもしれない。

 僕は、咳払いをひとつしてから、エレカに告げた。

「エレカ。君の配属先が決まった。君も今日で見習い卒業だ。君の配属先を僕から伝えよう。心して聞くように」

「はい。……え。正規のマリオネッツということですか? 私も?」

 一度剣を掲げて姿勢を正してから、エレカがますます困惑の声を上げる。本格的に何が判定材料になったのか分からないのだ。

「勿論。君の配属先を発表する。君は僕の直属の仲間として、今後冒険に同行してもらう。これからよろしく頼む」

 僕はそう言って、ニヤッと笑ってみせた。その言葉にしばらく放心したほうに黙り込んでから。

「え……? ちょくぞくですかぁっ!」

 およそこれまで見てきたマリオネッツたちが発しなかったような、素っ頓狂な声を上げて、エレカは目をまん丸に見えるほど見開いた。

(あ。マリオネッツって、目、動くんだ)

 初めて知った。僕も少なからず驚いた。

「いいんですか? もっとベテランの兵とかもいますよ? 今まで見習いから脱出できなかったような私が、いきなりそんな大抜擢をされて、正規兵の皆に恨まれないでしょうか。大丈夫でしょうか? ええと、間違いではないんですよね? 私で本当によろしいのですか?」

 エレカはがたがたと震えて喚くようにまくし立てた。何となくその姿に安心する。このくらい感情を出してくれた方が、僕もなんとなく嬉しい。

「間違っていないよ。ここまで君は僕に指示を一回も求めなかった。正直兵士としては失格だ。けれど、冒険をするうえで、自分の判断で危険に対応できる能力や、自分の意見を明確に持てることはとても大事なことだ。だから君は兵として部隊編成にいれるよりも、一緒に冒険に連れて行った方が活躍できると、僕は判断した」

「はあ。ずっとあるじどののおともさせていただくなんて、せきにんじゅうだいです。ううう、しっぱいしないかしんぱいです」

 まるで子供の用に舌ったらずに聞こえる怪しい呂律で言うエレカに、ついに僕は我慢の限界を迎えて噴き出して笑った。

「うん、いいね。そのくらい気軽に感情を表に出してくれると僕も嬉しいな。これは同行してほしい理由がもう一つ増えたよ。君がいると楽しそうだ」

「はい……マリオネッツとして恥ずかしいですけど、主殿がお望みであれば、努力します。あ。あの」

 と、エレカは襲るお揃うと言った目で僕を見た。

「主殿呼びもやめろ、とか、おっしゃいますか? ひょっとして」

「呼びやすい呼び方をしてくれればいいけれど、気軽にラルフと呼んでもらえるのが僕はうれしいかな」

 僕はどちらとも言えないという意味で、首を傾げてみせた。エレカが困るようだと、変にぎくしゃくしてしまうかもしれない。

「やっぱり……。そうかなという気はしました。では、改めて。お供として精進しますので、どうぞよろしくお願いします。ラルフ様」

 敬礼ではなく、ぺこりと頭を下げてエレカは挨拶をして。そして。

 のっぺりとした顔を外した。

「これ、実は仮面なんです。外れるんです」

 仮面の下から覗いたのは、妖精や人間と同じような肌色の顔だった。金色の丸い瞳と、小さく、うっすらと紅色に艶のある唇が、はにかんだ笑顔の形になった。

「お供であれば、ラルフ様は、こちらの方が、きっとお好みなのではないでしょうか」

「うん、それなら外しておいてくれるかな。表情が分かりやすい方が助かるし、正直仮面越しだと、具合が悪くても気付けなくて危ないからね」

 僕が頷くと。

「イマ様にこんなところを見つかると、本当に怒られるんですよ。イマ様に見られた時は、ちゃんとラルフ様のご指示であることを、伝えてくださいね。怒られるのは嫌です」

 そう言って、エレカは笑った。

「でも自分から外したじゃないか」

 僕はそれを指摘しながらも、

「イマにも、仮面を外した方が安全だと説明しておくよ。君が怒られるのは理不尽だ」

 そう言って、エレカに約束した。


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