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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第二章 悪意(8)

 これは罠だ。

 気が付いた時には手遅れだった。振り返るとすでに退路はなく、すぐ背後には壁があるだけだった。取り込まれたスターティアの城塞に、僕達はまんまと誘い込まれたのだ。だとしたらのんびりしているのは危険だ。出口などというものがあるのかは分からないけれど、このまま城塞に閉じ込められていたら良くないことになる予感がしていた。

「エレカ。ここから次元跳躍は可能そう? それか、ゲートは開けそう?」

 僕は念のために確認してみた。エレカは少し押し黙った後で答えた。

「阻害されています。脱出は、不可能です」

「閉じ込められたか」

 苦々しい思いで呻いて、僕は通路の先を見据えた。

「現在地がどこかは、君にも分からない? スターティア」

「わたくしが覚えている城塞と同じであれば少し歩けば分かるとは思いますが、わたくしが記憶している限り、わたくしの城塞には背後に壁が出現するような仕掛けはございません。となれば、すでに変質していると考えた方が自然です。わたくしの記憶は頼りにはならないでしょう」

 なるほど。問題だらけではあるけれど、状況は理解できてきた。とにかく分岐に行き当たるまで歩くしかない。僕達は頷きあい、通路を急ぎ足で歩き始めた。

 当然警戒のために剣は抜いたままで、盾も手に下げておく。何が起こっても不思議ではない状況下でできることなど、用心以外にない。

 通路には窓も扉もなく、ただまっすぐに続いていた。長すぎる通路の先にも目立ったものは見えてこない。時々振り返って見ると壁背後は常に壁で、実は前に歩いているつもりになっているだけで、同じ場所から進めていないのではないのかという疑問を覚えた。

 確かめるために背負い袋から布切れを一枚床に落としてみると、高熱で蒸発するように布は塵になって消えた。本格的に尋常ではない空間だと確信する。

 幸いなことに背後の壁は、僕達が止まっている間に迫ってきたりはしないようだ。僕は通路の床に手を当てて、自分の手に影響もないことを確認した。床は冷たく、高熱を発したりもしていなかった。

 くさびを一本床に転がす。それも塵になって消えた。背負い袋の中を確かめてみると、くさびの数は減っていなかった。なるほど、と、頷く。

「普通ではないな。本格的に閉鎖空間に閉じ込められたかもしれない。次元牢に近いのかもしれない。となると、発想の転換が必要だな」

「空間そのものを破壊するしかないですね」

 頭の上で、エレカが頷いた。問題は、それだけの力を出す方法だ。僕は背負い袋をまた開けて、できれば使いたくはないものが入った小袋を取り出した。使うべきか、しばらく悩む。

「それは?」

 スターティアが首を傾げた。彼女はヴイーヴル、つまりは竜だ。使うのであれば、僕よりも彼女だろう。

「ネビロスから貰った指輪が入っている。空気を殴っても空間に影響が出るとは思えないから、壊すべきは壁だと思う。おそらく君がこの指輪を嵌めれば壁を打ち抜くほどの力が得られるのではないかと思う。ただ、長時間使用するとモンスターの本能が暴走するとも言っていた。危険な代物なんだ。だから、使ってもらうべきか悩む」

 僕は天井を見上げた。こんなものに頼らなくてもいい力の出し方があればいいのだけれど。

「そうですね。壊すとしたら、壁しかないでしょう」

 スターティアは背後の壁、それから、左右の壁を掌で軽く叩いた。そして、ため息をつく。

「これはわたくし自身の腕力だけでは壊せませんね。まずは、わたくしとエレカで、魔法で壁を攻撃してみるのはいかがでしょうか」

 確かに普通に考えればそうだ。けれど僕はそれをむしろ危険ではないかと懸念していた。だからそれを確かめるべきだろうと考えた。

「少し待って」

 僕は久々に炎の玉を出現させるための魔法を念じた。炎の玉は出現するなり炎の頭と燃え盛る腕、ぱっくりと開いた目と口の形の空洞を持った怪物に変貌し、襲ってきた。

 予期していた僕はすぐに聖者の盾で炎の怪物の拳を受け止めようとする。けれど、怪物の拳は僕の盾に届くことはなかった。

 相変わらずの反応速度で、僕よりも早く反応していたエレカが、手にした剣で怪物を斬り裂いた。

 魔物はじゅうじゅうと燃え尽きるような音を上げて消え去った。

「ありがとう」

 頭の上に戻ってくるエレカに礼を言ってから。

「思った通りだ。強力な術など使ったら何が起こるか分からない」

 ふう、と息を吐いて警戒を解く。尋常ではない空間だけに、魔法が正しい姿で発動するとは思えなかったけれど、思った通りだった。

「危険ですね」

 あっさりとスターティアも認めた。けれど、嬉しいとはとても思えない。いよいよ腕力に頼るほかなくなってきたということを意味しているからだ。

「使うのか、悪魔の指輪を」

 僕の口からため息が漏れた。正直に言って使いたくはない。けれどほかに方法を思いつかなかった。

「貸してください」

 僕には決められないと確信したのか、スターティアは手を差し出してきた。はっとして彼女の顔を僕が見ると、スターティアは覚悟を決めた目をしていた。

「分かった」

 僕は小袋をスターティアの手に置いた。彼女はそれを握りしめて、一度だけ微笑んだ。

「この場所で悪魔の指輪の力を利用したら、何が起こるか分かりませんよね。だから、お願いがあります。レイダーク様、エレカ、もしわたくしが正気を失っていると思った時は、わたくしを止めていただけますか。殺していただいてかまいません」

 スターティアは僕達の返事を待たなかった。僕が口を開けようとする前に、小袋からネビロスの指輪を取り出し、左手の人差し指に嵌めた。

 外見上、変化はなかった。

 スターティアが奥歯を噛みしめる音が聞こえた。それで彼女の中で何かが起こっているのだということを知ることができた。

 スターティアは周囲の壁を見回すと、どれでもいいと言いたげに、一番手近な、退路を遮る壁を右手で轟と殴りつけた。通路全体が揺さぶられるような振動が、床から伝わって来た。

 壁は一撃では壊れなかったけれど、目に見えてひびが入ったのが見て取れた。

 再度、スターティアが左手で殴る。通路はミシミシと音を立てた。ひびは大きくなる。

 でも、そのひびは少しずつ端から消えていくのが分かった。時間を掛けていてはいつまでたっても壊れないのだと分かる。

 突然、スターティアは壁から距離を置くように歩き出し。振り向くと、全速力だろう、疾風のごとくに壁に向かって走り、跳躍。

 壁を、片足で蹴り抜いた。

 壁に大きな穴を開けながら、スターティアは壁の向こう側に着地した。

 壁の穴の向こうには真っ暗な空間が広がっている。スターティアはその何もない空間に立っている。穴は少しずつ狭まってきていて、僕も考えるより先に穴に向かって跳んだ。

「外れない……! 指輪が外れません!」

 スターティアが叫ぶ。僕は何もない空間に転がったまま、彼女の顔を見上げた。

 スターティアは青ざめた顔で、左手の指輪を外そうと、右手に力を込めていた。指輪はピクリとも動かず、スターティアの指に入りついてしまったかのようにしっかりと嵌ったままだった。

「手を離してみて」

 僕もすぐに起き上がり、告げる。

 スターティアは頷いて右手を指輪から離した。僕が代わりに彼女の指に嵌った指輪に触れると、まるでひとりでに取れるように、指輪はスターティアの指から外れた。

「小袋を」

 僕が言うと、スターティアはすぐに小袋を返してくれた。僕は指輪を小袋に戻し、すぐ背負い袋に放り込んだ。

 ぺたん、と、スターティアはその場に崩れ落ちるように座り込み、

「ありがとうございました」

 安堵のため息をついた。

 僕はため息をついて何もない空間を見回した。はるか彼方に、キースが保持してくれているはずのゲートが見える。

 スターティアの何に反応したのか分からないけれど、ネビロスの指輪が予想以上に危険な代物であることを、僕は確信した。指輪の力のおかげで通路の外に出られたのは事実だけれど、やはりおいそれと使用するものではない。

 そんな風に考えていたからだろうか。

 僕は瞬時にそれに反応することができなかった。エレカがいなかったら、おそらくスターティアの命に関わっていただろう。

 けれど、僕が気付いた瞬間には。

 僕を狙ったスターティアの拳を、エレカが盾で弾き飛ばしていた。僕の胸元で、竜の護符の目が、輝きかけていた。


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