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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第二章 悪意(7)

 部屋を出ると、僕達は死かの奥へ向かって通路を進んだ。スターティアは無言で、ひどく考え込んでいるようだった。

「信じてみるとはいったけれど、僕の勝手な判断なだけで、最終的に君自身で決断すればいいよ。僕はその決断には責任は負えないけれど、同時に、僕は君の言動を支配することまではできない。君の思いは君のものだ。もっとも、君の思考はいまだにノセルの悪意の影響下にあるのかもしれないけれど、それならそれで仕方がないのだろうと思う。ただ、ノセルの悪意を君が不用意に扱おうとしていると判断したら、僕も黙って見過ごすことはできないことだけは、分かってほしい」

 僕は歩きながら、僕の後ろにいるスターティアを振り返らずに言った。背中越しだったけれど、彼女が頷いたことは気配で分かった。僕達がノセル悪意の取り扱いについて話したのはそれだけだった。

 不吉な気配は通路を進むにつれてはっきりと感じ取れるようになってきた。地下はそれほど広くはないようだ。通路の角を曲がると、直進する通路の途中に、左へと延びる分かれ道があることが分かった。

 気配はおそらく左の通路を進んだ先だ。僕達はそちらへ曲がることにした。

 分かれ道を進もうとすると、変質した悪魔三体と鉢合わせになった。やはり僕達よりも先に気づいていたらしいエレカが、僕の指示を待つことなく、手にした小さな剣の先から三筋の光線を放って敵を打ち倒した。予備動作なしで戦闘に入るエレカの判断の速さに、僕はまったく反応が追い付かなかった。剣と盾を構えなければと考えた時には、すでに敵が倒れていた。

 なるほど、これは部隊を組んだひとたちも困惑するだろう。僕は彼女が統制を乱す理由がなんとなく分かる気がした。

「エレカ、指示を待つのは苦手だったりしない?」

 聞いてみる。

「え、あ。はい、申し訳ありません」

 エレカは本気で申し訳なさそうに言った。

「いいんだ。君は確かに兵士向きではないね。個人技能が高すぎて判断を待つより先に体が勝手に動くタイプだ」

 僕は、それは欠点ではないと思った。探索での仲間としてはとても頼もしい能力でもある。

「もう少しだけ腕を見させてもらって、そのうえで、君を活躍させてあげられるように、判断ができるかもしれない。引き続きこの調子で頼むよ」

「本当ですか。頑張ります」

 エレカの声が心なしか上ずった。

 彼女たちマリオネッツは人形ではない。心をもった生物なのだなと、僕は思った。見た目は同じようでも、彼女たち一人一人に心はあり、個人が集まっていることには変わりはないのだ。

「頑張りすぎないように頼むよ」

 僕は思わず声を上げて笑った。急にエレカに親近感が湧いてきた。

「行こう」

 それから、僕達は通路をまた進み始めた。

 通路の先は相変わらずの闇だ。暗がりの中に浮かび上がる青白いアーチが見える。その向こうは真っ黒の空間が蟠っていて、そこから先が、ノセルの悪意に支配された悪魔が作り出している、本体ともいえる空間につながっている気がした。

 ゲートの中でどす黒い歪みのようなものが渦巻いているのが見える。その先は、アストラル界か、はたまた、エーテル界か。いずれにせよここまでのように危険が少ない空間ではないだろう。

「キース、君はゲートの制御はできる?」

 僕はキースにそう問いかけた。ゲートで別の空間に繋がっているとしたら、帰り道の確保は最重要だ。

「できるよ、大丈夫」

 キースは頷いた。彼も何をすべきか理解したようだった。

「そうだね、僕は残ってゲートの保持にあたろう」

「ありがとう。護衛にマリオネッツを一〇人呼んで配置しておこう。襲撃があった場合には、彼女たちに任せてくれればいい」

 僕は提案してから、イマを呼んだ。

 イマはすぐに現れ、一〇人のマリオネッツをゲートの保持をするキースの護衛のために配置するように頼むと、それにもすぐに応じてくれた。

 マリオネッツ一〇人の配置が終わると、僕は彼女たちにいくつかの注意点、敵が現れた際のみ応戦し、敵が逃走した場合には追わなくていいこと、想定を超えて、二〇人も三〇人も敵が現れた場合には必要に応じて増援を要請すること、を伝えてから、エレカとスターティアを連れてゲートに足を踏み入れた。

 ゲートを抜ける直前に、マリオネッツの正規兵たちが、エレカに羨むような視線を向けていることに気が付いて、僕は彼女たちに笑顔を向けておいた。

「落ち着いたら君たちのことも教えてくれ。話したいことがあれば、イマ経由で連絡してほしい。なるべく時間を作ろう」

 大勢の兵を従えるというのは大変なことなのだなと感じた。コボルドの群れのボスと違って、力を振りかざして威張り散らしていればいい訳でもないから責任重大だ。

 さても、ゲートを抜ける。

 ゲートの渦の向こうは、不気味な紫色の光が床や壁、天井を走る奇妙な空間だった。意味のない不規則な模様を描いた筋がいたるところに刻まれていて、光はその中を伝っているように奥へと向かっていく。それ以外の場所は目に痛いほど紅く、硬質化した肉の壁を思わせた。とにかく一言でいえば、気持ちが悪い。

「悪趣味だなあ」

 思わず声を漏らすと、

「それは、すこし心外です。レイダーク様」

 スターティアが不満の声を上げた。

「取り込まれたわたくしの城塞の通路です」

「ごめん」

 僕は思わず顔を顰めた。開口一番自分の城を悪趣味と言われれば、それは怒るのも無理はない。

「宝物庫が無事だったらいくらかの秘蔵の品を献上しようかと思いましたが、もう知りません」

 ぷいと横を向いて、スターティアはへそを曲げたように口先を尖らせた。自慢の城だったのかもしれない。

「適当に占拠して奪い取った場所なので、ちょっと趣味じゃないなあ、とは、ええ、わたくしも感じておりましたけれど」

「なんだそれ」

 と、僕は顔を顰めた。スターティアも気に入っていないのか。女性のいたずら心というのは理解しがたい。

「じゃあ何で僕は怒られたのさ」

 全く理不尽な扱いに、僕は逆に文句の一つも言いたくなった。

 とにかく、こんな寸劇をしている間も、キースがゲートを保持してくれているのだ。この辺で切り上げて先に進むべきだろう。

 僕はそう判断してスターティアと並んで通路を歩き始めた。無意識的にエレカを僕の頭の上に乗せると、

「どうされたのですか」

 エレカに驚いた声を上げられた。

「あ、ごめん。つい。最近までちょくちょく妖精を頭に乗せて歩いていたものだから無意識的に乗せてしまったよ」

 それでも頭の上に誰かを乗せていると妙に落ち着く気がした。仲間たちは問題なくムーンディープで過ごせているだろうかと、少しだけ気になった。

「存じております。もしお望みでしたら、このまま私が頭の上を拝借しますが、いかがいたしましょう」

 エレカの言葉に、僕は少しだけ考えてから答えた。

「うん、頭の上に誰かがいるのはしっくりくるね。このまま頼むよ」

 そして、ふとこれまでのことを思い出し、あることに気が付いた。

「そういえば、エレカ。君、エレオノーラとか、エレサリアとかいう知り合いがいたりはしない?」

「それはどちらも主殿のお知り合いでしょう。それも存じております。私の知り合いではございません。世の中のエレで始まる名前の者が、皆知り合いだとしたら怖くはありませんか?」

「確かに」

 エレカの言う通りだ。馬鹿なことを言ったなと自分でも思った。

「エレは、元気かな」

 僕はつぶやいた。長らく忘れていた名前のような気がする。ノーラが言った通り、僕は随分と大きな問題に関わってしまったから、なるほど、オールドガイアのレウダール王国には帰れそうにない。

 それから、足を止める。今気が付いた。妙だ。

「スターティア。ここは取り込まれた君の城塞だと言ったね。取り込まれたって、誰に?」

「おそらくは屋敷の悪魔に。わたくしは城塞毎屋敷に囚われたのです」

 スターティアも足を止めた。僕の顔を見下ろして、首を傾げる。

「それが何か」

「だとしたら、ここにノセルの悪意が安置されているものだろうか? 君の城塞でなく、メレールの屋敷になければ、つじつまが合わない気がするんだ」

 僕が言うと。

 あ、と、スターティアも短い声を上げた。


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