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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第二章 悪意(4)

「ここだ」

 と、キースが足を止める。屋敷の奥まった場所にある、石の下り階段だった。ランプの火などは灯っておらず、異様な暗さに包まれていた。

「キースとスターティアは明かりがなくても見える?」

 僕が問いかけると、まず、キースが頷いた。

「僕は大丈夫」

「わたくしも闇は苦になりません」

 続いて、スターティアも頷いた。

 三人ともカンテラを必要としないのは僥倖だ。片手が塞がらなくて済む。

「僕ももちろん平気だ。下手に明かりを持って歩くと、徘徊しているものが寄ってくるかもしれないし、このまま行こうか」

 僕のその提案に、二人はもう一度頷いた。

 階段を降りるにつれ、湿った冷気が漂ってくる。べたつく不快な空気が、まるで引き返せと警告しているようだった。

「参ったものだね」

 僕は答えを期待するのでもなく、スターティアとキースに声を掛けた。二人がそばにいることを確かめたかったのかもしれない。

 階段の途中で、キースを後ろに下がらせて、僕が前に出た。この先の構造がキースにも分からないのであれば、鎧や盾で身を固めている僕が前面に立つ方が安全だ。

 階段を降り切ると、右手に延びる通路と、正面に延びる通路の丁度角に出た。僕はそこで足を止め、ふと先にひとつ確かめておきたいことを思いついた。

「イマ」

 と、呼ぶ。イマはやはり、寸陰も置かずに目の前に現れた。

「いかがされましたか、主殿」

「ここは陰気が濃いけれど、行動には支障なさそう?」

 確かめたいことというのは、万が一の際に、ここでマリオネッツが戦力になるか、そして、戦力になるとして、ここの空気がマリオネッツたちの害になることはないかということだ。彼女たちを使役する者として、正しい状況把握は必須で、彼女たちを無為に苦しめるようなことがあってはならない。

「お言葉を返すようで恐縮ではありますが」

 イマが答える。

「主殿は我等マリオネッツを花か姫かと勘違いされていませんか。悪魔の邪気に冒されているようでは、神兵は務まりません。ご心配は無用にございます」

「ああ、それもそうか。ごめん。まだ君たちの能力がどのくらいなのかをきちんと把握できていないんだ」

 僕はなるほど、と思った。悪魔や悪神の下僕と戦うべき神兵が、悪魔の邪気に負けるようでは確かに役に立たない。考えてみれば当然の話だ。

「妖精のように小さいから、どこまでお願いして大丈夫なのか、不安になるんだ。ごめんね、そのうち、君たちにできること、できないことを、教えてほしい」

「承知いたしました」

 イマはそう言うと、僕の傍らに並んだ。

「進言宜しいでしょうか」

「ああ、思うところがあるなら言ってくれ」

 僕は頷いて、イマの言葉を待った。

「陰気に紛れて気配なき影が数多く蠢いていることが感じられます。精鋭を一〇人ほど同行させた方が宜しいかと存じます」

 その言葉に驚く。まさか個体差があるとは。

「精鋭がいるんだ」

 僕がびっくりして声を上げると、イマは無理もない、と頷いた。

「見た目は皆同じですから、驚かれるのも無理はないかと思われますが、五一二の兵がいれば個体差も生じます。経験に差もございます」

「つまり、あまり実戦経験がない者もいると思っていいのかな?」

 僕は逆に気になってイマに聞いた。イマは答えたくなさそうなそぶりを見せながら、嫌々ながらに頷いた。

「勿論、ございます。ですが主殿、経験の浅い者に経験を積ませるために、主殿を危険に晒すのは、兵として名折れにございます」

「君の見立てではどうかな、イマ。今回はそこまでの危険があるものかな?」

 僕の言葉に。

 イマはゆっくり首を振った。

「主殿はずるいお方です。そのようにおっしゃられては、返答に窮してしまうことをご存じでしょうに。あくまで大丈夫だからと納得して新兵を出すようにと仰せなのですね。しかし、万全を期すことを望む我等の意図も察していただけないものでしょうか」

 イマの言うことは分かる。けれど、そうではないのだ。

「それは違う。精鋭を些事に出していては、精鋭ばかり出撃頻度が上がり、本当に必要な時に実力が発揮できなくなるおそれがある。長い目で見れば、精鋭の負担を無駄に増やさないために、全体の実力の底上げはどこかで必要になるんだ。だから、戦力の不安が少ない時には、経験の浅い者に経験を積ませておくべきなんだ。そうでなければ、むしろ危険が増えるんだ」

「であるならば」

 イマが、困ったように言った。

「数人を常に同行させるなども、お考えいただけますか。我らは常に準備できております。何より、我等に何のお呼びもかかわらないまま、主殿が命の危険に陥ってはいないかと不安がる者もおります」

「なるほどね。そういう視点ではあまり考えていなかったな。ごめん。僕自身の力で何とかなることは、僕自身の力で何とかすべきとしか思っていなかった」

 マリオネッツたちが不安がるのであれば放置はまずいだろう。僕はどうするべきかを考えこんだ。

「ひとまず試しに一人だけ同行させてみたい。選出できる?」

「承知いたしました。早速募って参ります。しばしお待ちください。ただ、新米限定では不公平感が出ますので、選出対象についてはご希望に添えない可能性が高いです。そこはご容赦ください」

 イマはそう言い残して敬礼して一旦姿を消した。僕は少しだけ待ってもらえるようにキースとスターティアに頼み、その場でしばらく待つことにした。

 風糞が過ぎ、イマが一人のマリオネッツ隊員を従えて戻って来た。見た目はごく普通のマリオネッツだけれど、どこか頼りなげな雰囲気を感じた。

「志願者を連れてまいりました。今回は抜き打ちでしたので、真っ先に志願した者を選出いたしまた」

 イマが切り出して、連れてきた子に名乗るように促す。彼女の態度もどこか困った様子で、少し心配そうに相手を見ているのが気になった。

「私は、エレカと申します。その、正規の隊員でなく申し訳ありません。まだ見習いですが、精一杯勤めますから、同行を許可いただけますでしょうか」

「見習いかあ。懐かしいなあ、僕も見習い時分に実戦経験を積む経験に恵まれたから、今があると思っているよ。いいね、一緒に頑張ろう」

 僕はエレカに頷いて、それから、イマに顔を向けた。

「まさに理想的だ。ありがとうイマ。無理はさせないように、しっかり経験を積んでもらうよ」

「はい……ただ」

 イマが少しだけ言いにくそうな声をあげた。何となく言いたいことは分かった。

「あの、実は、同期はすでに皆、正規の隊員になっていて、私は落ちこぼれのような状態ですけれど、精一杯頑張りますから、どうかよろしくお願いいたします」

 本人も自覚しているらしい。実際の所は見てみなければ何とも言えないけれど、とにかく連れて行ってみようというつもりに、僕はなっていた。

「個人差はあるからね。僕も君たちのような統率の取れた行動は、たぶん苦手な方だと思う」

 むしろできる気がしない。何となく僕はエレカに親近感を覚えた。

「ただし、足を引っ張ると自覚したら、すぐに辞退して戻ってくるように。見習いだからと主殿を危険な目に合わせることは許されません。肝に銘じるように」

 イマはそうエレカに伝え、戻って行った。

「はい、承知いたしました」

 エレカは僕、キース、スターティアを順番に見回して、

「よろしくお願いいたします。個人戦闘ではむしろ同期でも勝率が良い方でしたから、決してご迷惑はおかけしないと誓います」

 そう告げたエレカに、僕達は頷いてみせた。


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