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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第二章 悪意(2)

 ブラックブラッドのキースの小屋に戻ると、僕はメレールについて、簡単にキースに知っていることを話した。それから僕たちは小屋を出て、メレールの屋敷に向かった。

 もう一度メレールに会って話をするためだ。行動は早い方がいい。

 屋敷に着いた僕たちはすぐにメレールに会うことができた。彼女は相変わらず私室にいて、薄桃色のダブルベッドに横たわっていた。

部屋の中は同系統の薄幕やカーテンが張られ、異様な雰囲気を醸し出していた。きつい匂いの香が焚かれ、煙たい空気が部屋に充満している。メレールは、薄い紫色のネグリジェを着ているけれど、逆にそれがふくよかすぎる体格を強調して、煽情的とは真逆の、見るに堪えない醜悪さだった。首には金のネックレスを嵌めていて、その先に、小さなガーネットが嵌っていた。

 僕は彼女に単刀直入に聞いた。

「メレール、もしこの次元宇宙に、未知の外敵が攻めてきたとしたら、君はどうする?」

 僕の問いに、太ってぱんぱんにむくんだ頬をしわくちゃにして、メレールはにいっと笑った。

「さてね。逆に聞くけどさ、あたしがもし外敵に味方するって答えたらどうする気さね。あたしを殺すのかい?」

「それだけの言葉だけでそんなことは決められない。もし本当だとして、殺してでも止めるのは、何故そうするつもりなのか、君がそうする理由を取り除くことが可能なのかを判断したうえで、どうしようもない場合の最後の手段だな」

 僕は最悪の場合、殺して止めることを選択肢から排除するつもりはない。それは間違いなかった。だからこそ、その判断には、責任を持つつもりでいる。

「そうかい。場合によっては辞さないってやつだね。正直なのは良いことだ。ここじゃそういう奴から早死にするけどね。まあ、いいさ。正直なところ、あたしはどっちでも構わない。ビジネスの話をしようじゃないか。あんたに付いたら見返りは何だい?」

 メレールは巨体を震わせて笑った。香の薫りの奥に、何か別の匂いがした。

「見返りは何もない。ただ、生き延びるだけだ」

 僕はため息をついた。損得の話で考えたら、おそらく五魔神に対抗しても、五魔神側に寝返っても、得をする者はほとんどいないだろう。

「まあ、そうだろうさね。軽々しく口約束をしないのは好感度高いよ。いいだろう。あたしも協力しようじゃないか。ただね、一つだけ問題があるのさ。なあ、キース。あんたなら、分かってるだろ? あんたも苦労してたみたいじゃないか」

 目玉をぎょろつかせながら、メレールはキースにおどけたように声を掛ける。キースは呻くような声を上げて、大きく頷いた。

「その通りだ。この屋敷を手なずけるのは、君でも無理だったか」

「無理だねえ。逆に取り込まれちまったよ。ま、そいつはあんたの警告に聞く耳も持たなかったあたしが間抜けだっただけだ。だけど、このままじゃ、あたしがどうこう決める訳じゃなくて、屋敷が破壊側にあたしらを駆り立てるだろうねえ」

 メレールが頷く。僕からキースにメレールのことを説明するまでもなく、もともと二人は知り合いだったらしい。

「もともとこの屋敷はあまりにも面倒くさく絡んできた悪魔を閉じ込めるために、僕が魔法で創造したものだ。けれど、思った以上にそいつが悪質な奴でね、建物と同化してやりたい放題始めたので、どうせ建物のまま動けないしないし、屋敷ごと放棄した。メレールは空き家になったこの屋敷を引き取りたいと言ってね。僕は止めたのだけれど、結果、案の定といったところだ」

 キースはメレールに近づき、彼女の体の上に手をかざした。

「まずいな。予想以上に進行している。屋敷に魔力と自我を奪われるまで猶予がない」

「くそったれ。これだからあんたは嫌いだ。ああ、その通りだよ。この見てくれを見りゃ分かるだろ、ちくしょうが」

 メレールが吐き捨てて。

 それから、キースと、僕を、順番に見て言った。

「まだ、助かるかな? あたしだって、分かってんだ。レイダーク、キース、あんたたちに頼らない限り、あたしはもう先がない」

「まだ何とかなる。ラルフ、すまない。メレールを救うのに手を貸してくれないかな。その、メレールはこんな性格だし、口も態度も悪いし、君からするとあまり好ましいひとには見えないかもしれない。それでも、隊長たちと逸れて途方に暮れていた僕を助けてくれたひとだ。恩人だから、助けたい」

 キースが真剣な表情で言うのを聞いて。

 僕は少し考えてから言った。

「正直に言うと、僕にはメレールは信用できない。だから、ひとつだけ、交換条件を言わせてほしい」

「交換条件?」

 キースが訝しげに言う。けれど、メレールは何となく察したようで、

「ほらよ。これだろ」

 と、首に下げたネックレスを引きちぎるように外して、僕に投げて寄越した。手にすると、ガーネットから、かすかな脈動を感じる。

それを指でなぞり、名前を呼んでみた。

「スターティア」

「ここに」

 空間を裂くように、ふわり、とヴイーヴルの女性が降りてくる。深紅の長髪と、長いイブニングドレスの裾が、ふわっと広がった。彼女は僕の手にあるガーネットを見て、嬉しそうに微笑んだ。

「これからよろしくお願いいたします。レイダーク様。貴方様の忠実な下僕、トワイライト・スターティアにございます」

「うん。調子はどう? 屋敷の支配より僕の支配が優先されそう?」

 僕が問いかけると、スターティアは目を閉じて、

「しばらくお待ちを」

 と、告げた。両腕を体の横で軽く広げて。

 その両手に、仄暗く赤い炎が生まれた。

「行けます。屋敷の中でも、力を封じられることはなくなりました。いつでもお役に立てます」

 にっこりと笑ってくれた。

「よし」

 僕も頷く。スターティアが力を振るえるのであればきっと心強い。

「早速だけど力を借りたい。キースがいるから、ひょっとすると君も薄々気づいているかもしれないけれど」

「はい、レイダーク様がそうおっしゃるのであれば。メレールには個人的に思うところがないではないですが、今は心の奥底にしまっておくことにいたします。見捨てるほど、酷い主人という訳でもございませんでしたし。無理難題を押し付けられることが多すぎただけで」

 スターティアの笑顔は、少し裏を感じさせるものではあったけれど、恨んでいるというほどの顔ではないように見えた。

「心外な言われようさね。これでも他の娘よりは目を掛けてやってたつもりなんだけどねえ。まあ、屋敷に力を封じられてなかったら、立場は逆だったろうけどさ」

 メレールが鼻を鳴らしてスターティアに不平を吐いた。それから、ベッドに身を深く沈める。

「さあ、あんたたち。さっさと行っとくれ。あたしは疲れた。あたしが寝てる間に屋敷の悪魔を退治しとくれ。せいぜいきばるがいいさ」

「ゆっくり休んでくれ。無理は絶対にしないように。僕達が戻った時に抜け殻になった貴女を見る事態は避けたい」

 キースがメレールにそっと毛布を掛けた。

「貴女の自慢の『瑞々しく妖艶な美貌』ってやつが、また見られるように、僕達も頑張るから」

「ああ。頼んだよ、キース。屋敷の支配を逃れたら、もう勘弁してくれとあんたが泣いて謝るまで、嫌というほど見せつけてやるよ。覚悟しときな」

 メレールは喉の奥を鳴らして、小さな笑い声をあげた。キースも笑っている。

「望むところだ。僕には生物の美醜が分からないからね。そう簡単には音は上げないぞ」

 二人の様子を、僕の隣でスターティアが微笑みながら眺めていた。スターティアには、二人の様子が嬉しいようだった。

「行こう」

 キースが振り返って言った。

「うん。急ごう、あまり苦しませるものではない」

 僕が答えると。

「そうだね。ありがとう」

 キースも頷いた。

 そして、僕とキース、スターティアは、メレールの部屋を出た。


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