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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第二章 悪意(1)

 カーニムの宮殿に戻った僕たちは、シーヌの足の怪我を癒して寝室に寝かせると、食堂に戻った。

 今度は、僕とカーニムは椅子に腰かけ、椅子が小さくて座れなかったキースだけが床に座り込んだ。

「さて、五魔神がいずれ襲来することが確定したわけだけれど」

 キースは額を押さえながら重苦しく言葉を発した。ほとほと困り果てた様子で、肩を落としている。

「ごめん。正直なことを言おう。どう立ち向かうのが正解なのかは僕にも分からない」

 それから、天井を見上げて。

「はあ、隊長と合流できればもう少しましな話ができるのだけど。考えるのは僕の担当ではないから」

 そうこぼした。

「隊長?」

 僕は驚いて思わず聞き返した。何かの部隊の隊員ということか。

「そうだ。僕はダーティー・チャンクという傭兵部隊の隊員をしている。本来は隊長と共に依頼を受けて神域に潜入したのだけれど、手違いではぐれてしまって途方に暮れている。隊長は本気で殺しにかかっても死なないレベルで異常なひとだし、単独行動上等、独断専行を絵にかいたようなひとだから、勝手に依頼を遂行しているのだろう。そういう意味では心配はしていないけれど、むしろ僕の方がどうしていいのか困っている」

「ん? 隊長さんもひょっとして、君と同じで、傭兵で、外世のひとで。依頼を受けてきているってことかな?」

 そんな話に心当たりがものすごくある。ひょっとしなくても、キースが言っているのは彼のことではないだろうか。

「そう。心当たりが?」

 キースが顔を上げて。

 僕はため息交じりに頷いた。

「幸か不幸かね。その隊長さん、ひょっとして、トリックスターって名乗っていない?」

「そう。そうだよ。そのひとが隊長だ」

 やっぱり。

 だとしたら今でもまだムーンディープにいるのではないだろうか。僕がカーニムに目配せすると、カーニムも苦笑しながら頷いた。

「しばらく時間を貰いたい。呼んで来よう」

 カーニムは椅子から立ち上がると、梟に姿を変えた。そして、量の翼を広げて、空中に、床とは垂直に魔法陣を開いた。彼の姿が魔法陣の中に消えていく。

 そして、数分後に、長身の男を連れて戻って来た。

 青色の胴着に、薄い黄土色のコード、革の手甲を付け、足には革のブーツ。銀の髪と茶色の目の男。

 見忘れるはずもない。トリックスターだ。

「よう、キース。未知のゆりかごン中で逸れても、お互いなかなかどうして、くたばらないもんだな」

「僕は隠れていただけだよ。隊長みたいに悪目立ちしても死なない化け物とは違うから」

 キースは苦笑して、それから、真剣な顔になった。

「狭間の世界でダーゴスを確認したよ」

「そいつはご機嫌だ」

 トリックスターは頭を抑え、まったく楽しくなさそうに言った。そして、コートの内側から、彼の掌に乗るほどの大きさの、透明な板を取り出した。

 彼等のやっていることが、全く理解できない。僕はただ状況を呆然と眺めていることしかできなかった。

「ミリー。いるか?」

『います。緊急コールですか?』

 板から若い女の子の声が聞こえてきた。ほとんど子供の声だ。トリックスターは短く口笛を吹いて、答えた。

「ああ。超特急で頼む。この次元の精霊どもの障壁を、五魔神が破るのにどれだけの年数が必要か解析だ」

『つまらない冗談はやめてください。縁起でもないです。そんな恐ろしいことは想像もしたくないです。泣きますよ。いいですか、今すぐ泣きますよ』

 女の子の声はすでにぐずりだしている。ただ、どう聞いても嘘泣きだとすぐに分かる声だった。

「悪いな。冗談だったらよかったんだが、状況はシリアスだ。お前のスキルだけが頼りだ。頼む」

『ああ、もう。だから依頼内容には気を付けてと言ったじゃないですか。いつもこれです。いつもいつもいつもいつも。何で毎回こんな怖いことになるんですか。あたしは隊長みたいに不死身すぎも、キースみたいに頑丈すぎもしない普通の女の子なんです。斬られたり叩かれたり焼かれたり凍らされたりしたら死ぬんです。いい加減にしてください。ああ、もう嫌だ。こんな部隊絶対やめてやる。この依頼が終わったら絶対やめてやる』

 ヒステリックな声が響き。

『このまま安定していれば五年です。誤差は前後半年程度。神域内に五魔神の協力者がいた場合は……早ければ三年、もって四年ですね。神域内に協力者がすでに存在している可能性は、九五パーセント。害虫をすぐに駆除しないとまずいレベルですね、これ。すでに状況はイエローです。かなり危険だけど、まだ間に合うかも』

 それから、急に冷静な声で回答があった。落差が激しすぎる。

『手始めに……一番のリスクは、次元名、ブラックブラッドに。次いで、アンダーストーム、それ以外には、リンデ、エンディア、グリーヴンという、不安定な属性界型の次元群も危険です。どうします?』

「とりあえず緊急性が高そうなのは?」

 と、トリックスターが聞き返し。

『ブラックブラッドのメレール。アンダーストームのリオルド。こいつらの一派についてはかなりきな臭いです。他はまだ猶予がありそう』

 板から聞こえてくる声の即答が戻って来た。

「サンキュー。どうするか決まったら連絡する。動ける準備だけしといてくれ」

 それだけ言うと、トリックスターは板をコートに仕舞い、短くため息を吐きながら僕たちを見た。

「仲間内だけで話してすまん。状況を把握しないことには、俺にも判断がつかないもんでね」

「それで、隊長。何から手を付けたらいいだろう」

 キースがトリックスターのそばに歩み寄って聞いた。彼の表情から、絶対の信頼を寄せているのが分かる。

「まずその前に状況だが、分析によると、五魔神は早ければ三年後に襲ってくる。その際、まず奴らの軍勢がこの次元全体に侵攻してくる筈だ。つまり、こちらもその広範囲攻撃に耐えられる体制が必要という訳だ。味方をどれだけ増やせるか、寝返る連中をどれだけ減らせるかがキーって訳だ。まあ、味方については、死にたくなければ戦うだろうから、利敵行為に走る馬鹿どもを始末する方を優先したほうがいい。そこでだが」

 トリックスターの言葉に。

「ブラックブラッドとアンダーストームの次元の問題を解消すべきということだね。ブラックブラッドなら僕も知っているけれど、アンダーストームについては僕も知らない。もし協力してもらえるなら、アンダーストームの方を頼めないだろうか」

 僕はそう答えた。メレールが何故危険であるのか、自分で理由を探りたかったのも本音だ。

「理解が早くて助かる。それで行こう」

 トリックスターは頷き、それから、キースを見て言った。

「キース、お前は引き続きラルフに手を貸してやれ。細かいことはラルフが自分で判断してくれるはずだ。それに従え」

「了解。引き続きよろしく、ラルフ」

 キースはほっとしたように笑った。よほどトリックスターと一緒の行動はハードなのだろう。

「うん、よろしく。君が協力してくれるのはありがたいな」

 僕も笑ってキースに頷いた。それから、カーニムに向かって聞く。

「これから先、トリックスターたちと協力して対処していくなら、拠点があったほうがいいかなと思うんだけれど、どこか心当たりはないだろうか?」

「うむ、私もそれを考えていたところだが、この場所は天盤に近すぎて、正直拠点には向かない。適切なのは支塔か、それに近い場所だろう。そちらは私が当たりを付けておこう」

 すぐには適当な場所は用意できないようだけれど、カーニムが対応してくれるのなら安心だろう。

 それにしても、神々の問題レベルの話に、コボルドが名前を連ねることになるとは、世の中とは奇妙なものだと思った。

「ありがとう。それと、ブラックブラッドなんてひどい場所には、シーヌは連れて行きたくない。しばらく預かってもらっていいだろうか」

「ああ、任されよう」

 カーニムを見て彼女が驚かなければいいけれど、とは思ったけれど、連れて行くよりは問題にはならないはずだ。

 シーヌが目覚める前にブラックブラッドに戻ったほうがいいだろう。僕はイマを呼んだ。


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