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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第一章 脅威(8)

 キースから狭間の世界で起きていた特徴的な事象を教えてほしいと言われて、僕が答えに選んだのは、レインカースの聖宮の離宮が建っているということだった。僕やシーヌが離宮の複製に入る前に飛べれば、先回りができるだろうと思ったからだ。

 キースが言うとおり、どういう状況にある狭間の世界に飛ぶかを選べるというのは本当だった。僕とカーニムを連れてキースが飛んだ先は、まさに離宮の複製の目の前だった。

 あたりはまだ静まり返っていて、離宮の複製に破損も見られなかった。

「僕が前に来た時には、キースやカーニムは見かけていない。もっとも僕には余裕がなかったし、気が付かなかっただけかもしれないけれど、少なくとも接触はしていない。だから、以前の僕に見つからないように動いた方が安全だと思う。それと、離宮は未来の僕と炎の巨人の戦いによってボロボロになるから、サリアの回収やシーヌの救出に時間を掛けすぎると僕たち自身が危険だ。行動は迅速にしよう」

 僕がキースとカーニムに話すと、二人も頷いた。

「起こることの順番としては、過去の僕とシーヌという女性が建物に入る、未来の僕と炎の巨人の戦いが始まる、建物の二階で過去の僕がサリアの残滓と別れる、炎の巨人が建物をボロボロにする、建物の一番奥で過去の僕がシーヌという女性とはぐれてしまう、という順だけれど、ひとまず人の命が掛かっているのはシーヌの救出だけだから、それを最優先にしたい。次いで、建物が崩れてしまったら困難になるサリアの回収、その間に炎の巨人の正体を確認できれば良し、そうでなければ改めて確認して、撤収。それでいいだろうか?」

「その判断で問題ない」

 カーニムが答えて、僕等の周りに淡く光る魔法の幕を張った。

「ひとまず、精神波長を遮断する結界を張った。これでキースが魔神の悪影響を受けることはない」

「助かる」

 キースが周囲を見回しながら言う。

「遠くで複数の者と晶魔が戦っている気配があるな。これは、ビースタルか」

「だとしたら、過去の僕と、未来の僕がここに向かってきているのだと思う。あまり時間はなさそうだ。行動に移ろう」

 僕は答えると、キースとカーニムを案内して歩き始めた。下手に離宮の中に入ると瓦礫に潰されるおそれもある。外壁が壊されることも分かっているのだから、助ける時にはそこから入ればいい。僕は離宮の建物に沿って、外を進んだ。

 デブリスの襲撃はなかった。僕たちは建物の陰に隠れて、外壁が崩れるのを待った。

「シーヌは、上の階から落ちてくる。僕ではうまく受け止められないかもしれないから、キース、任せて良いだろうか」

 落ちてくるものをダイレクトで受け止めるのには、僕の体は小さすぎる。だから僕は、体が大きなキースにその役目を任せて、確実にシーヌを助けたいと考えた。

「心配には及ばない」

 答えたのはキースではなくカーニムだった。

「レイダーク、シーヌという女性は、君が助けるべきだ。君でも受け止められるように、私が魔法で一旦支えて、ゆっくり降ろせばできるはずだ」

 その答えを聞いて、僕は少しだけ返答に困った。確かにカーニムの言うことは間違っていないだろうけれど、うん、と頷くのは、何か不安を感じずにはいられなかった。僕はその理由を探した。

 そうか、と気づく。

「いや、カーニム。余計な魔法は使わないでくれ。炎の巨人がもし本当にダーゴスだとしたら、その影響が未知数すぎて危険だ。結界が万が一にも破られたら、キースなしでは僕たちは戻れないのだからね。君には結界の維持に全力を注いでもらいたい」

 僕はそう答えた。

 キースも短く唸って、僕の案に賛成してくれた。

「ラルフの案のほうが良いだろう。結界の維持は大前提だ。ダーゴスの対策には念を入れすぎるくらいで丁度いい。その女性を受け止めるのは僕がやろう」

「確かにそうかもしれないな。レイダークの案で行こう」

 カーニムも納得してくれたようだった。

 そして、しばらく物陰から様子を伺い続けるだけの状況が続いてから。

 不意に建物が破壊される轟音が響いてきた。

 建物の一角を突っ切り、炎の魔神が現れる。そして、未来の僕がそれを追っている姿が、視界内に見えた。過去の僕が階段前のホールにいた時の光景だ。

「遠いな。もう少しよく見えたら確証が持てるのだけれど」

 キースがつぶやく。

「だが、この距離でこれか。ラルフ、キース。君たちの判断は正しかった。結界の維持に手一杯で、他の魔法は使えそうにない」

 カーニムは眉間に皺を寄せて、呻き声を上げた。やはりただの巨人ではないということか。

「只者ではないことだけは私にも分かる」

 僕たちは未来の僕と炎の巨人の戦闘の様子を見守った。始終未来の僕が優勢で、炎の巨人がばら撒く火球も、噴射される炎の奔流も、未来の僕に効いているようには見えなかった。

 また普通に考えればあまりにも体格差がありすぎる勝負だというのに、まるで何かに助けられているかのように、未来の僕は、地面から巨人の肩や頭に飛び乗っている。もはや跳躍というよりは、飛行か滑空に近い様子だった。しばらくは建物から大きく離れて、未来の僕は逃げ回る巨人を追いかけていた。

 一度遠くに見えなくなり、辺りには静けさが戻った。僕たちは巨人が戻ってくる瞬間を見逃さないように、辺りに目を凝らし続けた。

 随分時間が経ってから、巨人は戻ってきた。勿論未来の僕がそのあとを追いかけているのも変わらない。ついに未来の僕が、巨人を建物の外壁前に追いつめた。

 何度も未来の僕の剣を受け、巨人が大きくよろける。そして、建物の一部を破壊して仰向けに倒れた。その上に、未来の僕が素早く飛び乗るのが見えた。

「もうすぐ巨人が建物を破壊しはじめる」

 僕がキースに告げている間にも、状況は動き出す。未来の僕が巨人の上から一度飛びのくと、巨人は立ち上がり、遮二無二建物の外壁に拳を叩きつけて穴を開け始めた。その間にも未来の僕の剣は巨人を打ちすえていたけれど、巨人は巨体に違わない強靭さで、それに耐えていた。

 未来の僕と炎の巨人が近づいてくる。その姿を凝視しながら、キースは呻くように言った。

「間違いない、ダーゴスだ」

 僕たちからほど近い壁を打ちすえた後、巨人は膝をついた。そして、これ以上はもたないと判断したように、また未来の僕から逃れようとするように、建物から離れていった。

 僕たちは頷きあって、一番近い壁の亀裂に走り寄った。見上げると、レインカースへと続くゲートがあるのが確かに確認できた。

「あの下にシーヌは落ちてくる。頼んだ」

 キースに僕が声を掛け、キースは頷いた。

 瓦礫を乗り越え、僕たちは一階の廊下に入り込んだ。僕だけがゲートが見えるように亀裂の手前側に立ち、ゲートの真下にキースが立つ。結界でキースを護る為に、カーニムもキース側だ。

 二階からドアが開く音が聞こえてくる。僕とシーヌの声も。脇の部屋の中に入って行く。それから、思ったよりも早く過去の僕は部屋から出てきた。もっと長い時間部屋の中でシーヌと話していた気がしていたけれど、そうでもなかったようだ。

 瓦礫を飛び越えていくのが見える。中間の足場に、過去の僕の背中が見えた。そして、もう一度、ゲートに向かって跳躍。

 僕は、キースに合図した。キースが両腕を広げるのと同時に、二階の床が抜ける。

 キースの巨躯は頑丈だった。降ってくる石聖をものともせず、悲鳴を上げて落ちてくるヌークの女性をしっかりと確認していた。巨体でカーニムを瓦礫から護りながら、シーヌを、彼は軽々と受け止めた。

 それを見届けて、もう一度建物を出る。

 キースたちと合流すると、シーヌは、ぐったりと気を失っていた。今無理に起こすのは得策ではない。僕とキース、カーニムは無言で頷きあってから、建物の外を走った。

途中でシーヌのグレイブが転がっているのを見つけた。幸い建物の外に投げ出されていたので僕が拾い上げる。そして、階段前のホールに向かって走り抜け、建物が無事なうちにと階段を一気に駆け上がった。

 シーヌに案内されて歩いた二階の廊下を駆け抜ける。すでに壁や天井、床には細かい日々が無数に入っていた。本来の離宮では聖女の私室だった部屋に辿り着く。ゲートに向かったときの過去の僕は大急ぎだったのを思い出した。扉は開いたままだった。

 中を覗く。黒い染みのようなものが部屋の真ん中に広がっている。

「あれだ」

 部屋に駆け込みながら、僕がカーニムに告げる。カーニムが黒い塊に右手を触れると、それは吸い付くように彼の右腕に絡みついた。

 建物がきしみ始めている。限界だ。

 キースもそう判断したらしく、彼は警告なしで僕たちを連れて狭間の世界から離脱した。

 視界がひしゃげたから、そうだと分かった。


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