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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第一章 脅威(4)

 それでも、と、にっこりと笑って。

 スターティアは僕に釘を刺してきた。

「そのためにレイダーク様がメレールと敵対することは、わたくしは望みません。わたくしは、レイダーク様が持たれている、他者を思いやり、慈しむ心が理解できません。ですから、こう思うのです。あの屋敷を完全に滅ぼすのでなければ、余計な面倒事は起こさないでいただきたいと」

「それが君の望みなら、まあ、成り行きに任せよう。でも、もし何かの偶然で、君のガーネットが僕の元に転がり込んだら、君に返そう」

 スターティアがあの屋敷に支配されているということは、彼女も悪であり、何か悪事に手を染めたこともあったのかもしれない。安易に救いの手を差し伸べるのは良いことではないのかもしれない。

「いえ、もしレイダーク様がわたくしのガーネットを手にされたのであれば、そのままお持ちいただくことは叶いますでしょうか?」

 スターティアはそう言うけれど。

 スターティアが望むような主に、僕がなれるとは思えない。もちろん、それがスターティアの望みであれば、僕は構わないけれど、おそらく僕が彼女に指示を出すにしても、指示に込められた思いがスターティアに理解できなくて、彼女が苦しむことになるのではないかと、僕は心配になった。

「僕はかまわないけれど。君と僕は、根本的に価値観が違うのだろうと思う。僕が君の主になることは、君の価値観を混乱させるだけでないかな」

「わたくしたちは、ガーネットを持つ方の心のありように影響を受けます。今は、メレールの持つ虚無的な価値観に影響されていますので、レイダーク様の価値観を理解することは叶いませんが、レイダーク様がわたくしのガーネットをお持ちくだされば、わたくしにも、慈しみ思いやる心というものが理解できると思っております。わたくしにも、レイダーク様が知る、温かい世界といわれるものを見せていただきたいのです。それはきっと美しい世界なのでしょう。わたくしには、レイダーク様から見えている世界のすべてが理解できるとは思えませんが、それでも、誰かを敬愛し、尊敬するという経験をしてみたいのです」

 スターティアは目を細めて、まるで恋焦がれる花園を空想するような表情をした。僕が見ている世界だって、そんな花畑みたいな世界ばかりではないけれど。でも、僕はずっと前に、夢の中で聞いた言葉を思い出した。

 そうなるように、僕が、何ができるかを探せば、花畑はどこにでもあるのだ。

「分かった。もし君のガーネットを手に入れたら、君の期待に応えられるように努力するよ」

 とはいえ、それも、もしも、の話だ。

 スターティアはそれをメレールとの対立の理由にしてほしくないと言ったし、メレールが明確にスターティアの命を危険に晒すのでもない限り、僕は無理矢理スターティアのガーネットを探すつもりにはなれなかった。それでもなんとなく、いずれスターティアのガーネットを手に入れることになりそうな予感がした。

「君が善の心を知りたいというのであれば僕としては嬉しい限りだ。ただ、僕は無理に皆が善である必要はないと思っている」

「そうなのですか?」

 スターティアは不思議そうに言った。

 僕はすぐに答えずに、道端にある程よい高さがある、平たい煉瓦の塊へとスターティアを誘い、背負い袋から胴着を一着出すと、煉瓦の上に敷いた。

「少し座ろう」

 僕が言うと、スターティアは僕の胴着の上に腰を下ろした。僕もその隣に座る。今度は並んで座ることに抵抗は感じなかった。

「いろんなひとが、いろんな事情を抱えて生きている。善だって、温和で親切とは限らない。悪だって冷酷で非道とは限らない。いろんな思いがあって、いろんな思惑があって、それが世界の自然な姿なんだと思う」

 僕は空を見上げた。

 ブラックブラッドの夜空には星はなく、ただ塗りつぶされたような闇だけが、まるでこの世界を閉じ込めている幕のように広がっていた。

「君がどんな悪を心のうちに抱えているのかは分からないけれど、きっと正直なひとで、嘘がつけないひとなんだろうなということは分かる。君のすべてはたぶん僕には肯定できないと思うけれど、君のすべてを否定することもしたくはない」

「そのような考え方で、面倒くさくはならないのですか? わたくしには、とても大変そうな生き方に感じられます」

 横目でちらっと見ると、スターティアも空を見上げていた。何を考えているかまでは分からなかったけれど、屋敷の中にいた時よりも落ち着いた大人のひとに見えた。

 僕の視線に気づいたように、彼女もこちらを見る。うっすらと、柔和な笑みが浮かぶ、瞳がとても蠱惑的に濡れて光っていた。

 それが魅了の光だと気が付いた時には、僕はその光の奥にある、怯えたようなもう一つの光が揺れているのを見ていた。

「怖いならやらなければいいのに」

 僕は思わず声に出して笑った。

「やはり、失敗しました。不意打ちなら成功の可能性も少しはあるのではと思ったのですが、お見逸れいたしました」

 スターティアも静かな笑い声をあげた。

「かかってしまったらどうしようとも思っておりました。抵抗していただけて安心いたしました」

「ああ、そういうことか。それは僕も困るな。もう少し君の事情に立ち入っていたら危なかったと思うよ」

 そう言って。

 それから僕は聞いてみた。

「君は、僕がマリナレシア経由でメレールに付けた条件は知っているよね? これはメレールの意志ってことでいいのかな?」

「はい、そう取っていただいて結構です。篭絡しろと申し付かったのは本当ですから」

 スターティアが意地悪く笑う。これは彼女の挑戦だ。条件からすればこれで協力関係は解消、僕はこれ以上メレールには協力できない。

「そこまでして君はメレールを出し抜きたいと? 条件が早々に破られたことに、僕が腹を立ててメレールを退治すれば君は満足?」

 僕は心底うんざりした。スターティアに同情しかけたのは間違いだったかもしれない。

「それは少し、困ります。わたくしにも被害が及ぶのは勘弁いただきたいです。わたくしとしては、レイダーク様は明らかに問題の種なので早々にお引き取りいただければと存じます」

 スターティアはとにかく自分に火の粉が降りかかるのを嫌がっている。悪しかいない土地に善が混じるのは騒動の元なのは間違いない。僕もそれで済まされるのなら喜んで出て行くのだけれど。

「グレイオスに会いに行くか」

 そのほうが、面倒が少ない気がしてきた。

「付いてくる?」

 スターティアに聞くと、彼女はにっこりと、屈託なく、笑った。

「申し訳ございません。お断りいたします。せっかくのドレスが傷みますので、荒事は遠慮させてくださいませ」

 いっそ清々しいまでに白々しい口実だ。要は面倒くさいから嫌だ、と。

 僕は大きくため息をついて聞いた。

「手ぶらで帰って怒られない?」

「手ぶらではありませんから。レイダーク様がグレイオスと対決に向かったと報告すれば、それはわたくしの成果です。怒られることはございません」

 なるほど。スターティアの言うことは間違いではなかった。けれど、話し合いの結果、僕がグレイオス側に寝返るリスクだって多分に含んでいる。それは良いのだろうか。

「話をした結果、グレイオスが言うことの方が正論だと僕が判断したら?」

「それは万に一つもないと確信しております。それに、レイダーク様は一方の弁だけで判断する方ではないと、わたくしは、信じております」

 スターティアは笑顔のままだった。

 痛いところを突いてくる。これは僕の負けだと認めない訳にはいかないだろう。

「見透かされたなあ。そう言われると反論できない。必ず戻るよ」

 僕は頷いて立ち上がった。そうとなれば早い方が僕の気も楽だ。幸い装備はすべて持っているし、僕はそのままグレイオスたちの隠れ家に向かうことにした。

「行ってくる。朗報はあまり期待しないでくれ」

「十分でございます。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 スターティアも立ち上がってお辞儀をした。


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