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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
悪意の迷宮
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第一章 脅威(2)

 結局、その日のインプたちの実入りは散々だった。見つかるのは使い物にならないがらくたばかりで、食べられるものも、使えるものもほとんど見つからなかった。

 加えて、襲撃されることもなかった。僕としては平和で結構と言いたいところだけれど、インプたちからすれば、実入りが減るから面白くはないだろう。

「旦那の強さが広まっちまったのかもしれやせんね」

 インプたちはそれほど実入りがなかったことを気にしていないようだった。僕たちはねぐらに帰り着くと、迷宮の入口を抜けたところですぐに解散した。地下迷宮は入ってすぐに通路が三方に分かれていて、僕が自分の部屋に使っている場所は、右側の通路を進んですぐの場所だった。

 部屋にはベッドや机なんていう上等な物はない。価値のあるものは念のため全部無限バッグに収納してあるから、外出から帰った時は、部屋の中には目ぼしいものはない。

 ただ、僕の部屋の中には、インプたちが用意してくれた薪を組んだ焚火と、調理用のハンガーが置かれている。彼等は、基本的に自分たちでは調理した食糧は食べないので、わざわざ僕の為だけに見つけてきてくれたのだ。それだけのご機嫌取りをしてくるくらいには、僕のことを役に立つと思ってくれているらしい。

 部屋に戻ると、僕は荷物を降ろして床に座り込んだ。焚火には火がついていて、そのそばには一人の女性が座り込んでいた。妙齢の色の白い女性で、ベージュに近い金髪と、紫がかった灰色の瞳の、やつれた女性だった。

「答えを聞きに来たよ」

 爆ぜる薪を見つめながら、彼女は抑揚のない声で言った。僕はその姿を一瞥して、ため息をついた。

「こんなところまで使いに出されるのか。君も大変だな」

 女性の名はマリナレシア。メレールの屋敷で使われている魔女だ。メレールの召喚に失敗してからずっと支配されているらしい。サキュバスを召喚するような人間が善良とは思えないから、それ自体は自業自得としか思えないけれど、メレールがかなり横暴な主人なのは実際に見ているから、扱いのひどさには僕も同情している。

「また一段と疲れた顔になったものだな」

「これでも死ねないんだから嫌になるよ」

 マリナレシアは自虐的に笑った。メレールに魂を取り上げられていて、半分死者のような状態のため、メレールが死なない限り、マリナレシアも死ぬことができないのだという。僕もそう聞いていた。

「正直、あたしゃあの婆さんに協力するのはお勧めしないね」

「とはいえ、インプたちの安全を考えると、無視って訳にもなあ」

 僕だけが危険なら断ってもいいのだけれど。僕が考え込んでいると、マリナレシアは喉の奥で笑った。

「本当に難儀な奴だねあんた。弱い奴らを気にしてばかりじゃ、ブラックブラッドじゃ生きづらいばかりだってのも、分かってるだろうに」

「中途半端な態度をとるくらいなら、メレールを倒してしまったほうが安全なんだろうけれど、あの婆さんが明確に悪事を働いたところを知っている訳じゃないし、ただ悪党しかいない世界の住人は悪者なんだと攻撃するのも、正しい行いとは言えない。厄介な話だよ」

 僕は天井を見上げて苦笑いした。出自で言えば、僕だって悪だ。

「生まれながらの悪にだって生きる権利はある。僕がそれを否定するのは、まさしくお前が言うなという話だしね」

「コボルドが言う言葉かね。あんた、頭大丈夫なわけ?」

 あきれたようにマリナレシアは焚火に薪を一本放り込んだ。何を考えているのか判然としない視線が、揺れる炎に注がれている。

「いっそのこと、バルダのとこに話を持ち掛けてみたらどうだい? あのおっさんならまだ、意地汚いまっとうな悪党ってだけで、汚物より臭い婆さんのひん曲がった性根よりはよかないかい?」

「君がそれを言っていいのか?」

 言っても仕方がないのは分かっている。けれど、僕は言わずには言われなかった。

「婆さんのご機嫌とれば褒美だって嬲られる。機嫌損ねりゃ罰だって痛めつけられる。どっちにしろ同じさ。だったら言ってすっきりしといた方が、まだマシってもんさ」

 自分より弱い者が苦しむ姿を見るのが大好きな奴なんて、ブラックブラッドには掃いて捨てるほどいる。むしろほとんどの者がそうだろう。この手の話はどこでも起きていて、僕も価値観が麻痺してしまいそうだった。

「バルダだって似たようなものじゃないか。聞いたよ。紅茶が不味くて気分が悪かったという理由だけで、まったく関係ないグレムリンのコロニーを皆殺しにしたらしいじゃないか」

 バルダというのは、メレールと支配域を隣接している高位の吸血鬼だ。粗野で暴力的、自分では紳士を気取っているけれど、その実態は気分屋で自己中心的な、典型的な屑だ。

 ある意味ろくでもなさではメレールよりひどいとも言える。普通なら真っ先に討伐しているところだ。ただ、そんな生粋の悪党だとしても、配下に対しては驚くほど面倒見がよく、配下には絶対に手を上げないという一面もあって(その分外に当たり散らすから始末に負えないものの)、バルダを討伐してしまうと、奴の配下たちが路頭に迷うから討伐するつもりはない。奴の配下を荒野に放り出すことに対して責任を負えないからだ。

「奴と組むのだけは何があっても御免だな」

「そうかい? そんなこと、ここじゃ日常茶飯事じゃないか。ここにはそんな奴しかいないよ。いい加減あんたも知ってるだろ?」

「そりゃあね」

 僕は頷いた。それでも。

「だとしても、僕はここの流儀に合わせるつもりはない。僕が相当の頑固者だってことは、いい加減君も知っているだろう?」

「うんざりするほどね。で、どうすんだい。あたしもガキのお使いじゃないんでね。明確な返事をもらいたいもんだよ」

 マリナレシアの話が本題に戻る。僕はもう一度頷いて答えた。

「正直、グレイオスが何のためにノセルの悪意を破壊しようとしているのかは、僕にも分からない。僕の率直な気持ちとしては、そんなものは破壊してしまった方が世のためだとも思う。ただ、グレイオスは外世崇拝者だ。それだけに、奴の思惑に乗るのだけは危険だと思う」

「つまり、婆さんの話に乗るってことかい?」

 マリナレシアは、心底お勧めしかねる、と言いたげな顔で言った。彼女の言いたいことは良く分かる。僕もグレイオス以外の誰かが狙っていたとしたら、おそらく関わり合いにならないことを選んでいたところだ。

「あくまでグレイオスがノセルの悪意を諦めるまでだ。それ以上は協力できない」

 僕はそう言って釘を刺した。そして、条件を付けることも忘れない。

「もし僕を魅了しようとしたり、洗脳しようとしたりしたときは、その時点で協力関係は解消だ。敵対したと判断して自分の心身を護る為に討伐するとも伝えてほしい」

「確かにね。あんたがただのコボルドじゃないのは、この辺じゃもう知らない奴のほうが少ないし、婆さんの魅了や幻覚に騙されるタマでもなさそうだ。まあ、あの婆さんのことだから自分の力を過信して、あんたの逆鱗に触れても不思議はないけどね」

 マリナレシアは耳障りな笑い声をあげた。神経に障る下品な声だ。くどいようだけれど、この女もおよそ善良とは言えない。

「ま、確かに答えは受け取ったよ。こっちの準備ができたら連絡するから、いつでも婆さんの屋敷に移れるようにしといてくれ」

 それだけ言い残し、マリナレシアは部屋を去って行った。結局、火を焚いて何がしたかったのだろう。特にこの部屋の中は寒いという訳でもない。僕は彼女がいた場所に何か残されていないかを確かめた。

 炎に、床が赤く照らされている。

 よく見ると、床に残された文字が光っていた。


“この次元には、実際にはあんたのほかに

 悪でない奴がもうひとりだけいる。

 あの婆さんは本来の屋敷の主じゃない。

 本来の屋敷の主人を探せ“


 僕がそれを見終えると、待っていたように、それは蒸発したように消えていった。

「どういうことだ?」

 僕には意図が分からなかった。

 助けてやってほしいということなのか、それとも、助けを借りろということなのか。本来の屋敷の主人を探してどうしろというのだろう。

「流石にあれだけじゃどうしていいのか分からないな」

 ただ、一つ分かったことはある。

 あの屋敷には何らかの秘密がありそうだということだ。


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