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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十六章 それでも君が心配だから(5)

 デブリスを残し、グレイオスは歩き出した。

「行くぞ。ついてこないのであれば、デブリスたちと共に奴らを足止めしておけ」

 グレイオスは少女に声を掛けると、晶穴の中に姿を消した。少女はもう一度僕をにらみつけて、

「ラルフ。あの方を邪魔するあなたは、今日から、私の敵よ」

 それだけ告げて、グレイオスのあとを追った。その背中に僕は答えた。

「君はもうミミリではない。グレイオスに、相応しい名前を付けてもらっておくといい」

 それから、シエルとフェリアを地面に降ろす。剣を抜いて、その隙を狙って襲ってきた半獣半人のデブリスを二体、立ち上がりざまに立て続けに斬った。

 結晶の翼をもつ異形は、空中に浮かんで、隙を探るように襲ってこない。もう一体の半獣半人は、アルフレッドに襲い掛かって砕かれていた。

「君らしいな」

 アルフレッドはミミリをグレイオスと一緒に行かせた僕の判断を責めなかった。

 ムイムはただ、悠然と僕の頭の上に浮かんでいた。とはいえ、ただ浮いているだけではなく、油断なく悪魔的な異形の様子を油断なく窺っていた。

「妙な術を使いますね」

 それだけではなかったらしい。ムイムはそう言ってくいっと腕を振り上げた。空に浮かんだ二体の異形が砕け散り、地面に破片が降り注いだ。

「あれは物理的攻撃では倒せないかもしれません。次も出てきた時も、内部崩壊させますのでお任せを」

 手早くデブリスの群れを片付けた僕たちは、グレイオスを追ってブロッサムドロップ窟に足を踏み入れた。水晶のような結晶があたり一面で光っていて、カンテラを灯さなくても洞窟の中は明るかった。壁は自然の岩肌で、地面も土のないごつごつとした岩肌だった。床は思ったよりも凸凹はしておらず、シエルを抱きかかえ、その上にフェリアを寝かせている僕にはありがたかった。

 しばらく洞窟の中を歩いていると、フェリアよりも早くシエルが気が付いて、僕の負担を減らすように、人形フォルムを取ってくれた。けれど、まだ満足に動けない様子なので、僕は一度足を止めて、シエルとフェリアを背負い袋の毛布の中に納めてから再び歩き出した。

「グレイオスは、この洞窟の最奥を目指しているようです」

 背負い袋の中で、シエルが言った。

「ミミリに私の一部を渡す際に、あの男の思念の一部に触れました」

 その声で目覚めたようで、続いてフェリアの声が背負い袋の中から聞こえた。

「ルーンメイズの森の汚染はしばらくすれば自然に回復します。ミミリが敷いたこの洞窟への正規の道も閉ざされ、その名の通りの、迷いの森と化すはずです」

 何処が迷宮なのかと思ったけれど、そういうことだったのか、と僕は気づいた。ミミリが聖域の管理者として導いてくれたからこそ、一本道だったのだ。

「ブロッサムドロップ窟の最奥が汚されては取り返しがつかないです。急いでもらえますか」

 フェリアがそういうのであれば、おそらく間違いないのだろう。僕はアルフレッドと頷きあい、先を急いだ。

 洞窟はやがて分岐に行き当たる。

《右》

 という声が頭に響いた。テレパシーの主が、僕たちを案内してくれるということだ。僕は即座に、

「有難う」

 とだけ答えて言われたルートを進んだ。洞窟の分岐は複雑で、場所によっては四つ又や五又に分かれたりもしていたが、そのたびに、右から二番目、左手奥、など状況にあった案内のテレパシーが送られて来たので、道を間違える心配はなかった。

 先を急ぎながら、僕はもう一つの心配事を、フェリアに聞いてみた。

「フェリア、ボガア・ナガアをどこへ飛ばしたか、覚えている?」

「それが」

 フェリアの声は申し訳なさそうで。

「狂気の影響が濃すぎて、完全に適当に飛ばしたとしか言いようがなくて、自分でも分からないんです。ごめんなさい、師匠」

 だから、僕はフェリアを責める気はなかった。

「フェリアが悪い訳ではないよ。ボガア・ナガアはそこらのコボルドとは筋が違う。たいていの場所なら自力で生き残れるはずだ。分からないものは仕方がない。今はここでできることを考えよう。言いにくかったろうに、教えてくれてありがとう」

「はい……師匠。私からも聞いても良いですか?」

 フェリアがどうしてもわからないと言いたげなことを上げる。

「何故、私とシエルはグレイオスに殺されなかったんでしょう?」

「僕にも分からない。奴の行動は不可解だ」

 矜持といえば聞こえがいいけれど、彼が目指しているのはいわゆる大量虐殺の道だ。それなのになぜ一人一人の生殺に拘るのだろうか。

「ひょっとしたらグレイオスの望みは次元宇宙の破壊ではないのかもしれないけれど、今はそれを確かめている場合ではないしね。まずは君たちが生き延びた幸運に感謝するだけだ」

 僕の言葉に、アルフレッドも声を上げた。

「ぼくもラルフの意見に同感だ。今はムーンディープの危機を乗り切る時だ。詮索は後でもできる。いまはすべきことを優先すべきだ」

「分かりました。はい、その通りでした」

 フェリアはそう言って。

「少し休みます。私とシエルは、調子をもとにもどすことに専念しないとですね」

 背負い袋の中でもぞもぞと動いた。毛布の中に潜り込んだのだろう。

「こうして毛布に潜りこむと、師匠に助けてもらった時のことを思い出します」

 そして、不意に。

「師匠、師匠から見た私は、ひとりで立てるようになってますか?」

 そんなことを聞いてきた。すると、シエルも同じように、毛布の中で言った。

「私もそれは知りたいと思っています」

 フェリアはレインカースで、シエルはミスティーフォレストで、覚醒といっていいくらいの変化を遂げた。二人は自分の種としての知識を得ていて、自分で考える力を持っている。そう考えると、確かに、もう僕が彼女たちに教えてあげられることなど、ないのかもしれない。

「そうだね。僕から見た君たちは、もう十分自分の力で生きていけると思う。でも、どうしてそんなことを?」

「私、考えたんです。グレイオスにこの洞窟が発見されたってことは、レダジオスグルムにも伝わるんだろうなって。でも、師匠の話が本当なら、ここには次元華があって、誰かがアンティスダムのひとたちのために、守っていかきゃいけないんだろうなって」

 フェリアは言った。

「だから、もし本当にここで次元華が見つかったら、私、残って守ろうかって思うんです。レインカースでも、ムーンディープでも、師匠は一人で歩けるひとだって、私たちに見せてくれた。だから、師匠がここに留まらなくてもいいように、師匠がこのまま歩いていけるように、私は残ろうと思うんです」

「フェリアが残るというなら」

 そして、シエルも。

「私もフェリアと一緒にいたいと思います。先生、どうか許してもらえないでしょうか」

「分かった。君たちが、自分の歩く道を、自分で決めてくれて、僕は嬉しいよ。でもそれはグレイオスを止めてからだ。そのあとで、もう一回決めよう」

 洞窟の先を見据えて、僕は答えた。輝く水晶がいくつも見える壁のあちこちに、蜘蛛の糸のようなものが混ざり始めている。

《グレイオスが現れたよ。急いでおくれ》

 テレパシーがその言葉で途切れると、僕は小走りに洞窟を進んだ。

 アルフレッドも僕と並んで歩く速度を上げる。先方から、争う音がかすかに聞こえ始めていた。

 ムイムが自然と前に出て、奇襲に備えるように警戒を始める。僕はフェリアとシエルに、

「しっかり毛布の中に潜り込んでおいて。放り出されるといけないから」

 そう声を掛けてから完全に走り出した。

 前方が開けているのが見える。ムイムがその中に飛び込んで告げた。

「入ってすぐに伏兵はいません。そのまま急いで問題ないです」

 その言葉を頼りに、僕たちはひらけた場所に飛び込んだ。そこは巨大な空洞で、壁一面に水晶の結晶がびっしりと生えていて明るかった。天井の一部がぽっかりと地上につながっていて、月の光が空洞の一番奥を照らしている。その下には蔦のような、大木のような銀色の不思議な植物が生えていて、まばらに次元華が咲いていた。

 そこ以外の天井は見えなくて、蜘蛛の巣がびっしりと視界を遮っている。地面には多数の結晶の破片と、無数のデブリスがいて。

 その一角にデブリスを召喚し続けるグレイオスと、それを守るように立っているミミリだった少女の姿はあった。


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