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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十六章 それでも君が心配だから(4)

 ボガア・ナガアの足元に、まずどす黒い空間の穴が開いて。それが彼を飲み込んでしまった。

 その次に、何者かがシエルの背後を取って、彼女を闇色の宝石のようなものに閉ざした。シエルの背後には、闇の塊をオーラのように纏ったスプライトがいて。

 その顔は、間違いなく、フェリアだった。

 フェリアはシエルと一緒に消えてしまった。フェリアがついに狂気に飲まれたのだと、ようやくのように気づいて。

「ご苦労様。あなたたちはもういいわ」

 誰かが森の奥から歩いてきて、スプライトたちにそう声を掛けているのを呆然と眺めていた。

 無数にいたスプライトたちが、波が引くように森の木々の奥に消えていく。奥から現れたのは、幽霊のように青ざめた肌を持つ、細く、生気のない少女だった。年は一五、六才といったところか。秋の葉のような薄茶色の髪をした、人間なのにどこか妖精的な雰囲気を漂わせる少女で、服は着ていなかった。

 彼女の後ろには闇の宝石に閉ざされたシエルと、ぼんやりと虚空を見ているフェリアがいた。

 そして、少女の瞳は。

 秋晴れの、抜けるように青い空の色をしていた。

「さて皆さん、主様がお待ちかねよ。どうぞこちらへ」

 彼女は森の奥へ僕たちを誘った。

「でも、仲間が。ひとりどこかへ消えてしまったんだ。彼を助けないと」

 僕が告げると、

「そのひとならすでに別次元に落ちたわ。場所はこの子にしか分からない。主様が言うには、いろいろと一番邪魔なんですって」

 ちらっとフェリアを見て、少女は答えた。彼女の顔には余裕の笑みがうっすらと浮かんでいた。

「でも、追ってる暇はないと思うけど?」

「君は、ミミリなのか?」

 僕は問いかけた。少女の容姿にはミミリの特徴が見て取れたし、僕はそうだと確信していた。けれど彼女は僕など目に入っていない様子で、まるで有象無象を見るような顔で僕のことも扱った。

「どうだったかしら。例えそうだとしても、今は主様以外のことはどうでもいいわ。主様を待たせるなんて不遜なことは我慢ならないの。どうでもいい質問をやめて急いでちょうだい。さもないと後ろの二人の命は保証しないわよ」

 言い捨てるように告げると、彼女は僕たちを待たずに歩きだしてしまった。これ以上の話は聞きだせそうにない。

 僕はムイムに視線を向けた。

 ムイムは僕の無言の問いに気づいて、首を振った。彼をもってしても、助け出す隙はないようだ。仕方なしに、僕は少女を追って進むことにした。

 フェリアとシエルを人質に取られた状態で、僕たちには選択肢はなかった。少女を追って進み、やがて僕たちは枯れた大樹の下にぽっかりと開いた、地下へと続く穴の前へと辿り着いた。石畳はそこで終わっていて、穴のあちこちには水晶のような結晶が半ば埋まっていた。

 穴の前に、杖を持った半獣半人がいる。グレイオスだ。何度も顔を合わせただけに、もう見慣れた顔になりかけている。

「戻ったか」

 彼が少女に声を掛けると、

「主様、お待たせしちゃってごめんなさい。この愚図なひとたちがなかなか動かなくて」

 少女は彼に深々と頭を下げた。

「いや、いい。ご苦労だった」

 グレイオスは、少女をねぎらってから、僕を見た。そして、紫色の結晶が頭に嵌った杖の先で、地面を一度突く。

 すると、グレイオスたちと僕たちの間に割って入るように、複数のデブリスが現れた。半獣半人が三体、悪魔的なフォルムの、結晶の翼をもつ異形が二体。デブリスは僕たちからグレイオスと少女を守るように立ち、いきなり襲っては来なかった。

「そちらが敵対的な行動に出ない限り、嗾けはせぬ。フェリアとシエルの命も保証しよう」

 グレイオスはそう言って、すぐに戦う意思はないことを示してきた。

「すでに察しているだろうが、この娘には陽月司の娘の魂が入っている。体は作り物だが、ほぼ生物に近いよう拵えてある。奇妙に思うかもしれんが、まずは頼みがある。この娘を説得してほしい」

「説得とは?」

 どういうことなのかが理解できず、僕は疑問の声を上げる。

「うむ。この入口を開けさせるために私はこの娘の器にはあらかじめ洗脳措置を施した。それは否定せぬ。だが、最奥の入口が開いた今、この娘は私にはすでに無用のものだ。そのため、すでに洗脳は解いてある。わざわざ殺すまでもない命だ。そちらに返そうと考えていた。にもかかわらず、この娘の状態は、ここまで案内させる間に見てもらった通りだ。何を考えているのかが分からぬが、私の手元に置いたところで、手に余るのだ。かといって、無用な殺生は私の主義に反する。そちらに戻るよう、この娘を説得してもらいたいのだ」

 勝手な言い草だ。彼女をもののように扱い、あっちにやったりこっちにやったりするのは主義に反しないとでもいうのか。腹が立ったけれど、それ以上にミミリの考えていることが、僕にも分からなかった。分からないけれど、もしミミリが本当にそうしたいというのなら、仕方がないのかも知れないと感じた。

「ミミリ、君の言葉で聞きたい。それが君の望みなのか?」

 少女に聞いた。彼女の顔を見ると、彼女は僕の目を睨み返していた。

「だから、蜥蜴さんと同じ目で、わたしを見ないで。あなたは彼じゃない。あなたが彼と同じ目で言葉を吐くたびに、わたしは、彼を失ったことを実感させられるの。お前が、蜥蜴さんを、わたしから奪ったのが分かるの」

 少女の目は怒りを湛えていた。それがミミリが抱えた孤独の果ての選択なのならば、僕は約束を果たさなければならなかった。

「それが君の選択ならば、僕は確かにそれを受け止めよう。けれどグレイオスの思想はおそらく世界の破壊に向かっている。君がそれに協力するのならば、それは見過ごせない」

 僕は少女の目から目をそらさずに答えた。目を見て話して、初めて聞かせてもらえるものだと思った。

「この方はね、自分の想いにまっすぐで、とても正直。蜥蜴さんとはその望みは真逆だけど、そんなことはわたしにはどっちでもいいの。ただこの方からは、蜥蜴さんと同じ安らぎを感じるの。わたしは蜥蜴さんのいない世界にこれっぽっちも価値を感じないことに気が付いたの。だから世界はどうでもいい。ただ、蜥蜴さんと似た雰囲気を感じる、この方と一緒にいたくなったの。それだけ」

「待て。お前だけで決めるな。私はお前を必要としていない。足手まといに付き纏われては敵わぬ。癒しであれば他を探すのだ。私に求められても与えることはできぬ」

 グレイオスの思想や主義を知りたいとは思えないけれど、それなりに彼にも思うところはあるようだ。それはこれまでの言動で何となく理解できた。グレイオスは、ミミリを自分と同じ思想に置くべき子ではないと考えている目をしていた。

「グレイオス。お前がミミリの魂を捕えなければこんなことにはならなかったんだ。僕がこんなことを言ってはいけないのかもしれないけれど、ミミリを悪の道へ誘えと要求するのは間違っているのだろうけれど、彼女はお前の存在を求めてしまったのだから、その責任が取ってもらわなければならない。もし責任を取れないというのであれば、自分で彼女を説得してくれ。それは僕の役目ではない」

 僕はそれよりも、と話を変えた。

「フェリアとシエルを無駄に捕らえただけだというのであれば、彼女たちは返してもらわなければならない。解放しろ」

「それも待て。この娘はまだ不安定なのだ。このままでは一月と体がもたず崩壊する。流石に私もそれは忍びない。この娘の魂を体に固着させるのに、この二人の力を少しだけ与えさせてもらう。そうすればこの娘も安定を得るのだ。案ずるな、この二人の命にかかわることもない」

 グレイオスはそう言って、フェリアとシエルに手を向けた。デブリスの向こうで下手に手を出せず、僕は成り行きを見守るしかなかった。

 光の欠片がシエルから、闇の欠片がフェリアからグレイオスの手に移る。そして、グレイオスはそれを、少女の体に向けた。

 光と闇の欠片はグレイオスの手を離れて、少女の体に溶けていった。

「これで問題ない」

 グレイオスがもう一度手をフェリアとシエルに向ける。二人の姿が一瞬消えて、僕の目の前に出現した。地面に落ちようとする二人を慌てて抱きとめて、シエルを支えきれずに地面にしりもちをついた。

 気にせず、二人の様子を確かめる。シエルはもう闇の宝石の中にはいなかった。フェリアの体からも、狂気のオーラは消えていて、二人ともぐったりしていた。

「しばらくは安静にさせておけ。直に動けるようになる」

 グレイオスは、僕たちに背を向けて告げた。


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