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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十六章 それでも君が心配だから(3)

 旅路は、驚くほど静かだった。

 デブリスが襲ってくることはなく、ミミリに案内されて、二日間の行程のあと、僕は若草色の葉が茂る草原に、ポツンと佇む石碑の前に辿り着いた。

 僕とミミリの間には、会話はなく、ミミリは完全に覚悟を固めた顔をしていた。おそらく、僕も同じ目をしているように、彼女からは見えただろう。

 僕が頷くと、ミミリは石碑の上に座った。こちらを見て。そして、はにかんだように笑った。

「最後にこれだけ。有難う、わたしが拾った蜥蜴さんが、あなたで良かった。ラルフさん」

 そして、彼女の姿に光が重なる。

 同時に草原にうっすらと森の木々が浮かび上がり始め、草原の草がぼやけるのと対照的に、まるで景色が入れ替わるように、木々の葉の金色や、幹の銀色が鮮明になってくる。

 それは陽と月の精霊の色で彩られた不思議な森で、まさしく明の聖域だった。

 石碑の鮮明さは変わらない。

 ミミリだけ、姿が薄くなっていく。代わりにミミリの体からは青白い光が漏れていて、それがはるか上空へ向かって流れていくのを、僕はただ無言で眺めていた。そうしたいわけでなく、言葉が出なかった。

「さよなら、蜥蜴さん」

 彼女の言葉に、我に返る。

「僕も、幸福だったと思う。ありがとう、ミミリ」

 やっと、それだけ言えた。

 ミミリの姿はすでに青白い光の中に見えなくなっていた。まるでその光がミミリを連れ去ってしまうように、ミミリの姿がぼやけていく。

 周囲はの景色は、すでに深い森の中で、僕の後ろで幾人もの人物の気配を感じた。アルフレッド、フェリア、シエル、ムイム、ボガア・ナガア。皆無事だった。

 連れ去って行く?

 僕は背筋を走る悪寒を感じた。異変に気付く。青白い光は空に登っていく。それが本当に正しい消え方なのか?

 いる。感傷に浸っている場合ではなかった。

 上空に竜の翼を広げたグレイオスがいて、青白い光は彼が広げた手の中に吸い込まれていたのだ。

「ムイム、フェリア、シエル! 奴を止めてくれ! 奴はミミリの魂を拘束している!」

 慌てて指示を出す。でもそれは少しばかり遅かった。グレイオスはシエルたちが僕の指示に反応するよりも早く、青白い光の回収を終えてしまい、虚空に溶けるように消えた。

 してやられた。やはりグレイオスはミミリを狙っていたのだ。けれど魂だけのミミリを捕えてどうするつもりなのか。

「まずいことになりましたね。急がねば」

 そう告げるムイムに頷き、僕は森を進み始めた。再開の言葉を交わしている暇も、無事を喜び合う余裕も僕たちにはなかった。僕の横にアルフレッドが並び、僕の頭の上にフェリアが収まる。そのそばにはフェリアの身を護るためにシエルが付きそい、そして、それが役目とばかりにボガア・ナガアは木の上に、ムイムは上空に位置取って先行を始める。

 シエルは本来の姿に戻っていて、いつでも戦える状態になっている。さんざんレインカースで見たのか、アルフレッドは彼女の姿を見ても驚かなかった。

 ムイムは岩の鎧は纏っておらず、闇の小人のままだ。

 グレイオスを走って追いかけたいところだけれど、慌てて追いかけても仲間を危険に晒す。焦燥をぐっと飲みこんで、僕たちは聖域を進んだ。

 森は深いけれど、森の中には道と呼べるものがしっかりと存在していた。石畳まで敷かれていて、文字通りここが聖域なのだと実感できた。

 アルフレッドが一歩先に出た。重メイスを振り抜く。その先に、半獣半人のようなデブリスの姿が出現して、彼の重メイスはそれを確実に捉えていた。僕も気付いて剣を手にかけてはいたけれど、彼の方が反応は速かったかたちになった。

「こいつ、硬い、な!」

 力任せに重メイスを振り抜き、半獣半人をアルフレッドが跳ね飛ばした。半獣半人は半ば砕けながら、それでも立っている。それでも、ひび割れた体ではもう満足に動けないようだった。そんな半獣半人に詰め寄り、アルフレッドは追撃を叩き込む。今度こそ半獣半人は砕け散った。

「君のアドバイスのおかげで、こいつらとの戦い方は把握できた。雑魚は安心してぼくに任せてくれていいよ」

 アルフレッドの得意そうな顔が頼もしかった。見ると、前方にも無数の結晶の破片が散らばっている。ボガア・ナガアが地面に降りていて、彼が何体かのデブリスを引き付けて倒してくれたのだと分かった。

「ありがとう、頼もしいな」

 僕は二人に感謝した。

「僕は満足に戦える状態じゃないフェリアを守ることに専念するよ」

 皆、それでいいと言ってくれた。フェリアの顔色は青ざめていて、自分で飛ぶとまっすぐに飛ぶこともできない状態だったから、ずっと僕の頭の上で休ませている。彼女の不調を取り除くために、一刻も早くグレイオスを止めなければいけない。

「グレイオスはこの地を汚染してどうしようというのだろう」

 でも、目的が分からなかった。

《聖域が完全に汚染されればムーンディープは狂気の園になる。グレイオスが持っている杖は晶魔だけでなく、狂気に冒された生物も支配する。狂ったスプライトが根こそぎ支配されたら次元宇宙全体の脅威だよ》

 レインカースで聞いたテレパシーの声が頭に響いた。

《来たね。あとひと踏ん張りだよ。グレイオスの奴は月華晶穴の入口を開いて先に到着するだろうさ。おばちゃんがなんとかおさえとくから、早いこと来ておくれだよ。おばちゃんだけじゃ、晶魔が多すぎて防ぎきれないかもしれないからね。頼んだよ》

「アラニス?」

 フェリアにも聞こえたらしい。弱々しく身を起こし、フェリアがテレパシーに答えた。

《話はあとだ。急げ急げ。おばちゃんにも限界があるからね。できれば足が半分以上なくなる前に頼むよ。要は、おばちゃんが動けるうちにってことさ》

「分かった」

 僕は答えた。テレパシーの声が言うとおり、今は先を急ぐことに専念する時だ。

 僕たちの行く手を何度かデブリスの群れが阻んだ。二度、三度と、そのたびに手早くアルフレッドとボガア・ナガアが片付けてくれた。ムイムとシエルは伏兵の奇襲を警戒して、二人で捌ききれると判断するたびに、周囲の警戒に専念していた。

 森は深く、なかなか洞穴の入口らしきものは見えてこない。幸いなことは、石畳は一本道で、迷う心配や仲間たちとはぐれる心配はないということだった。

 デブリスを退けながらしばらく進むと、ひらけた場所に出た。巨木が中央にそびえた広場のような場所だった。

 その前に、数人の妖精の姿がある。彼等は仄暗い瞳で僕たちを見ていて、立ち上るオーラのような、ムイムの体に似た闇の塊に包まれていた。まるで狂気の塊のようだと感じた。

「狂わされたスプライトです。気を付けて、ください」

 フェリアが告げる。

 彼女自身も狂気に影響されているのかもしれない。まるで彼等の同類に染まることから耐えているように、フェリアは歯を食いしばって僕の頭にしがみついていた。

 長時間の戦闘は危険だと判断する。

「すまない、皆。短時間で勝負をつけてくれるか」

 僕はフェリアを守るため、スプライトたちから距離を取って下がった。

「戦闘中の皆への指示は、アルフレッド、君に任せる」

「分かった。任されたよ」

 アルフレッドとボガア・ナガアが距離を詰める。無数の闇の弾が彼等を襲う。シエルが光弾を飛ばして一部の闇の弾を消して道を作っていた。ムイムは岩の鎧は纏っていなかったけれど、神出鬼没の転移でスプライトの背後をうまく突き、殴る代わりに、魔術の環でスプライトを拘束してそのまま巨木に括り付けていた。

「どうやら手加減してる余裕はないみたいだ。申し訳ないけれど、倒してしまったほうがいい」

 アルフレッドがムイムに指示を飛ばした。仲間を呼び寄せているのか、周囲からどんどんスプライトが湧いて出てくるように集まってきていて、狂ったスプライトは数を増す一方だった。ムイムも拘束をあきらめたように、石の塊を飛ばしてスプライトを攻撃し始めた。

 頭の上からフェリアの呻きが聞こえる。

 スプライトの数が増えるにつれて、フェリアの呻きは苦悶の声に変わっている。このままではまずい。分かっているものの、僕たちには増え続ける狂ったスプライトを一気に無力化させる手段が少なすぎた。

 まとめてスプライトを無力化できるのはシエルだけで、ほかに広範囲を攻撃できる戦力がなかった。フェリアが万全なら二人で捌けたかもしれないけれど、今は彼女を戦闘に参加させる訳にはいかない。

 けれど。

 頭の上で、ふらりとフェリアが立ち上がった。そして、ふっと消えた。

 そのあとに起きたことは、ほんの一瞬で。

 何が起こったのか理解が追い付かなかった。


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