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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十六章 それでも君が心配だから(2)

 僕は記憶を整理するためにミミリと話をして、そして、結局彼女に追いつかれてしまったことに少なからず落胆した。それでも追いつかれてしまったものは仕方がない。僕も覚悟を決めることにした。

「君の決心を変えることは僕にはできないだろう。追いつかれてしまった以上、君の意志を優先するしかない。ムーンメイズの森に入るためには、どっちに向かえばいい?」

「ここからだと、南に向かえば大丈夫。お仲間に前みたいに連絡がつけば合流できるだろうけど、どうなのかしら?」

 ミミリが言い。僕は少し思案してから、考えるより試した方が早いと気づいた。

「ムイム、聞こえる?」

《聞こえますとも。連絡を待ってましたよ。ボス》

 すぐにテレパシーが返ってくる。裏と表でも、同じムーンディープだということだろうか。

「これから僕たちはムーンメイズの森の入口をこじ開けに向かう。そちらもムーンメイズの森の入口の出現位置が特定できるなら、向かってほしい。中は表からでも裏からでも同じ森の中になるらしい。おそらく合流できるのではないかと思う」

《こちらはいつでも突入できる場所にいます。気にせず準備できたら開けてもらって問題ないです》

 ムイムの答えは、僕にも満足いくものだった。素晴らしい仲間たちだ、流石に準備がいい。

「いつでも向こうは森に突入できるらしい。僕たちも森に向かおう」

 ミミリに告げると、彼女は一度だけ頷いた。

「ええ」

「行こうか」

 僕が歩き出し、ミミリがその隣をふわふわと付いてくる。つい何日か前までは見上げていた彼女の顔は、今はとても小さくて、僕はもうあの村に戻ることはないのだと実感した。

「その、ラルフさん。歩きながらでいいんだけど、聞いていい?」

 どこか僕に対して遠慮があるように、ミミリは言った。僕はもう彼女の蜥蜴さんにはなれない。そういうことだ。

「あなたは、今までずっと旅をしてきたのよね?」

「そうでもないよ。実際の所、旅を始めてからでは、旅をしていた時間よりも、君の蜥蜴さんをやっていた時間の方がずっと長い」

 僕は歩きながら笑った。ミミリが僕の歩幅についてくるのは大変そうに見えたから、僕はフェリアにいつもそうさせていたように、ミミリを頭の上に乗せてあげた。

「それで、聞きたいことは何かな?」

「今まで、倒すのがつらい敵はいた?」

 ミミリの問いに、僕は少しだけ答えに迷った。敵を斬ることに迷いを感じたことはなかったし、自分の決断したことに後悔を感じたこともない。

「いないな。倒すべきと思ったものを倒してきたからね。後悔もしていない」

「あなたはわたしに恨んでくれていいと言った。もしわたしがあなたを恨んで襲い掛かったら、あなたはどうするの?」

 なるほど。聞きたい趣旨は分かった。

 僕はしばらく考えるふりをしてから答えた。本当は、答えは最初から分かり切っているのだから、考えるまでもなかったのだけれど。即答は軽い気がしただけだ。

「君の態度如何かな。君が僕と殺し合いをする覚悟で襲い掛かって来たなら、僕は君を斬るよ。それが僕の責任だ。もし君に覚悟がなかったら、それは、その時の状況次第だな」

「殺したくない、って言わないのね」

 ミミリは分かっていたように笑った。

 そんな余裕はいつだってない。それは自分と自分が守りたい誰かを危険に晒す迷いだ。

「逆に殺したい命なんかないから、すべては状況とその時のそのひとの行い次第だよ。僕だって誰かの言動に怒りを感じる心はあるし、私情は挟まないとは断言できないけれど、それも含めて状況だと思っているよ」

「あなたは、わたしを助けるべきじゃなかったと言った。でも私が助かっていなかったら陽月伺いの儀式はできなかったわ。それは世界を破滅させる選択じゃないの?」

 ミミリの質問は、純粋で、正直だ。僕はその問いに、

「そうかもしれない。それでも君自身が望んでなかった以上、君を無理矢理叩き起こして、強制的に立たせていい理由にはならない。それはしてはいけないことだった。そこは間違えてはいけない。……はずだったんだけどなあ」

 僕は苦笑いを漏らすしかなかった。

「これまで学んだこと、教わったことが全部白紙になると駄目だったな。僕の主観だけが暴走してしまった。それは駄目だと、それは残酷な仕打ちだと、教わったはずなのに」

「ふさぎ込んでたわたしのまま放置するのが、本当に良いことだったの?」

 当然の疑問を、ミミリは口にした。僕は自分の頭の上にいる彼女に、なるべく静かな声色を保つように気を付けながら話して聞かせた。

「それは君がそこから脱出した今だから言える言葉だ。そこから這い上がるということは並大抵の恐怖ではない。君も軌道に乗るまでは恐ろしかったはずだ」

 僕の話に、ミミリは、僕の頭から離れて、僕の顔の前に降りてきた。目が合う。

「そっか。そういうひとなんだ」

 彼女は寂しそうに言った。

「なんで本当のあなたじゃなかったんだろう」

 それは僕も彼女の不幸だったと思う。自分に必要な物が、支えではなかったことに、ミミリは気が付いてくれた。

「あなたは、やっぱり、蜥蜴さんと違う。蜥蜴さんはわたしを心配してくれた。でもあなたは」

 そう言って、笑った。

「わたしを、認めてくれるのね」

「そうだよ、ミミリ。君がたとえふさぎ込んでいたころの君であっても、そのままではいけないとは、記憶がある僕であれば言わなかったよ。立ちたいときに立てばいいんだ。立てないなら座り込んでいてもいいんだ。それが君なんだから」

 僕はまた笑った。それでも彼女を立たせたのは彼女自身でなくて、彼女が信じた蜥蜴さんで。だから、僕の言葉が彼女を癒すことはもうないことも分かっていた。

「なんで」

 ミミリは僕の肩の上に移動して、僕の横顔に縋りついてきた。彼女の体から小刻みな震えが伝わってきて、彼女が泣いているのだと分かった。

「なんで今更そんなこと言うのよ。それでよかったならこんなに苦しまなかったのに」

「うん。だから、僕を恨んでくれればいい。それは僕のせいで、僕は君に対して、責任がある」

 僕はミミリの頭をそっと撫でて言った。

「僕は君に蜥蜴さんを返してあげることはできないから」

「分かってる。だけど、あなたの目が、蜥蜴さんと同じ目で私を見ていて、つらいの。仕方ないわよね、同じひとなんだもん。でも違うの。あなたは蜥蜴さんじゃない。蜥蜴さんは、自分の想いにまっすぐで、自分がどうしたいかを、とても正直に話すひとだった。あなたも蜥蜴さんと同じくらい優しいのは、ひょっとしたら蜥蜴さんより優しいのは、わたしにも分かるの。でも、あなたの優しさはとても理性的で、自分が何をできるかを話すひとだわ。それが、つらくて、寂しいの」

 ミミリが泣いている。

 でも、僕は彼女にはもう声を掛けなかった。ただ黙って彼女の髪を撫で続けた。今は、僕だからこそ、声を掛けてはいけないのだと思った。

 僕たちは南へ向かい歩き続けた。色とりどりな宝石の花が、月の光に照らされていて、それが僕にもとても寂しく見えた。

「ムイム。フェリアに聞いてみてほしいことがある。具合が悪いようなら無理にとは言わないけれど」

 虚空に向かって話しかける。すぐに返答があった。

《大丈夫だと本人は言ってますが》

「ありがとう。ムーンメイズの森が聖域だとすれば、その奥深くのブロッサムドロップ窟も、もう一段階の秘密の入口になっていたりはしないかな?」

 僕にはなんとなく、そんな気がした。ブロッサムドロップ窟は聖域最深部なのではないだろうか。

《その通りだそうです。それが何か?》

「こちらは戦闘になると思う。グレイオスが聖域に居座っているなら、聖域の最奥も手中に入れるだろう。でもミミリの話では、汚染されているのはムーンメイズの森だという。だとしたら、グレイオスはムーンメイズの森には入れたけれど、ブロッサムドロップ窟には入れなかったのではないだろうか。そう考えると、グレイオスが、聖域の管理者たるミミリを狙ってきても不思議がない。今のところその気配はないけれど、どこかのタイミングで、必ず襲撃があると思う。だからひょっとしたら、こちらは少し時間がかかるかもしれない」

「ブロッサムドロップ窟には、神代の英雄と謳われる、アラニス様がいるもの。たぶんだけど、狭間の世界経由だとしても、簡単には入れないわ。それに、確かに、わたしなら入口を開けられると思う。気を付けるわ」

 ミミリが、そう答えた。


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