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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十六章 それでも君が心配だから(1)

 僕はまずトリックスターの野営を探した。

 彼の野営を見つけるのは難しくはなかった。トリックスターは僕が一人なのを見ると状況を察したようで、すぐに僕が教えてほしいことについて話し始めた。

「グレイオスが狭間の世界経由でムーンメイズの森に侵入したのはほぼ間違いないだろう。だが、狭間の世界は入るにしても出るにしてもちと厄介な場所だ」

 彼は土竜の姿のままで、野営と言ってもあるのは地面に掘った穴が口を開けている程度のものだった。トリックスターは、穴の中から頭だけをのぞかせていた。

 彼が言うには、

「晶魔のコアを用いた術具があれば比較的容易だろうが、晶魔のコアは晶魔が死ぬとバラバラに砕け散るからな、通常の方法では手に入らない。ゆりかごの中で入手するのはさすがに不可能に近いだろう」

 とのことだった。

「あとは晶魔を従えることができればなんとかだな。晶魔自身が連れて行ってくれるが、まあ、そもそも交渉可能な晶魔は高等な奴らばかりで、そうお目に掛かれるものでもない。ゆりかごの中に、そんな高等なのが都合よく住み着いているとは思えないな」

「なるほど。デブリスからコアを得る方法はどんな感じ?」

 僕は念のため聞いてみた。

 トリックスターはすこし唸った後に、言った。

「晶魔を拘束し、摘出するしかない。よほど晶魔の構造に詳しくないと、生きた晶魔からコアを摘出するのは難しいだろう」

「下手に体に穴を開けるとバラバラか」

 僕も思わず唸った。それは困難どころの話ではない。

「無理だなあ」

「だろうな。晶魔をあれだけ無尽蔵にけしかけて来られるところを見ると、グレイオスは晶魔のコアを持っていると思っていいだろう。それもかなり高等な奴のコアだ。でなければ下等な晶魔とはいえ、あれだけの数を使役することはできないぜ」

 以前は教えてくれなかったけれど、そうなるとトリックスターがどうやって次元宇宙の中に入って来たのかが俄然気になる。いつか教えてくれるのだろうか。

「俺がゆりかごの中に入った方法は使えないかって顔だな。だが残念、今回の解決方法にはならないぜ。仕事の依頼人の力だからな。一往復分の準備しかない。仕事が終わるまでは、俺も自由に帰れないって訳だ」

「そうなると、ムーンディープの村を回って、何かいい方法を探すしかないか」

 僕は納得して、そろそろ野営を離れることにした。

「ありがとう、参考になったよ、トリックスター。ミミリが起き出してくると見つかるかもしれない。僕はもう行くよ」

 トリックスターに別れを告げた僕は、次にカーニムの城を目指した。あいにくカーニムもムーンメイズの森に侵入する方法は知らなかったけれど、ルナの村から西へずっと進んだ方角にもムーンシャードの村があることを教えてくれた。

 僕はカーニムが教えてくれた通りに西へ向かうことにした。蜥蜴の足では長旅だ。おまけに原野には鳥獣やモンスターも徘徊していて、面倒を避けて進もうとすると、なかなか旅路ははかどらなかった。

 数日が過ぎても、僕の体は蜥蜴のままで、ルナの森の影響を抜け出ると簡単に言っても、蜥蜴の足ではかなりの日数がかかることを覚悟した。すでにミミリも僕のことを探し回っているだろうから、僕は空から見えないように、藪の中や大きな葉をつけた植物の下などを選んで歩いた。疲れたら地面に穴を掘って休み、食事はもっぱら地面をのたくっている虫を捕食して飢えをしのいだ。

 村を離れるごとに記憶がよみがえってくるとか、頭がすっきり冴えて来るとか、徐々にルナの村の影響が少なくなっていくものかとも思っていたけれど、どうやらそういうものでもないようだった。

 それでも僕は進み続けた。

 そして。

 気が付くと、僕は。

 銀色に輝く草木が揺れる草原に立っていた。あちこちに宝石の花が咲いていて、僕はデブリスに囲まれていた。状況は単純だけれど、正直何がどうなっているのかさっぱりだった。

 出現と同時に切れた数は二体だった。それは初めて見る蛇のような異形で、残りは、半獣半人が一体と、結晶の獣が五体。僕は手早く半獣半人を誘い出して倒すと、残る結晶の獣も問題なく片付けた。それから、自分の記憶を辿った。ひどく混乱していて、散らかった断片しか思い出せない。

 ムーンディープはエーテルに包まれた世界だと思い出す。手に握った剣に問題はない。サリアにもらった鎧もちゃんと纏っている。背中には背負い袋に入れた雑多な装備品の重さが感じられるし、テントも背負っている。装備には異常がないことを確かめると、剣を鞘に戻した。

 歩き出そうとして、誰かが背後からやってくる気配に立ち止まる。気配を探っていると、妖精が一人息を切らせるように飛んできたらしいことを知った。

「いた……やっと、見つけた」

 そうつぶやきながらやってきた彼女は、

「蜥蜴さん」

 と、僕に声を掛けてきた。草原にはほかに誰もいないし、僕がそう呼ばれたと思って間違いないだろう。

「あなたは、どっち?」

 そう言われて、僕は首をひねった。

 僕の仲間が現れたのかと思ったけれど、違ったらしい。仲間の名前を思い出す。フェリア。でも目の前の少女はフェリアとは似ても似つかない子だった。

「ええと、君は」

 頭の片隅に、知っている顔だ、という感覚を覚えながら聞く。名前は、思い出せない。そんな僕に何かを悟ったような、酷く悲しげな顔で、少女はぽつりと言った。

「あなたはもう蜥蜴さんじゃないのね?」

「確かに僕の種族は蜥蜴と言えば蜥蜴だけど。僕はラルフ・P・H・レイダーク。コボルドという生き物だ」

 僕はひとまず名乗っておくことにした。名乗る寸前にようやく自分の名前を混濁する記憶の中から引っ張り出せたことに安堵しながら。

「そう、それがあなたなのね」

 少女の顔にぱっと笑顔が咲いた。その喜びように僕は首をひねった。彼女は僕の名前を知らなかったということだろうか。僕を知っているような口ぶりなのに、不思議なこともあるものだと思った。

 ただ、僕にはほかに気がかりなことがあった。仲間たちのことだ。誰も姿が見えないのはどういうことだろう。

「ええと。僕は仲間を探しているんだ。黒い鳥の羽をしたスプライトの子と、彼女と同じくらいの大きさの人形みたいな子、それから、ひょっとすると、黒い靄みたいな人型もいるかもしれない。あとは僕と同じ種族のひとと、人間のひと。誰か見かけたりはしていないかな?」

 僕が少女に問いかけると、彼女は表情をすぐに曇らせた。

「え……? わたしのこと、分からないの? わたしよ?」

 その表情を見ても、僕は彼女のことを思い出すことができなかった。知っている気がするのは気のせいだったのかもしれない。そう考えると、状況に薄気味の悪さを感じて、僕は少女との会話を切り上げることにした。

「確か、西だったよな」

 何故向かっているのかは思い出せないけれど、西に向かっていたことだけは分かる。目的地は歩きながら思い出せればいいだろう。

「待ってよ! ちゃんと答えてよ!」

 そんな僕の態度に腹を立てた少女が追いかけてくる。僕は自分の胸が締め付けられるように痛むのを感じ、気のせいではなく、やはり彼女を僕は知っているのだと認めた。

 ならば、正直に言わなければならない。

「覚えていないんだ。ムーンディープに来たことまでは覚えている。けれど、そのあとは、気が付いたらここに立っていたんだ」

「まあ。それならそうと早く言ってよ。ムーンディープに迷い込んで、元の姿と記憶を取り戻した時に、今までのことを代わりに忘れちゃうなんて、ここじゃ良くあることなんだから」

 けれど、僕の言葉はさらに彼女の怒りを買ったようだった。こんなことなら最初から言ってしまえばよかったと、僕も少なからず反省する。

「そうなんだ。僕は君を知っている気はするんだ。だから名前をもう一度教えてもらえれば思い出せるかもしれない。教えてもらっていいかな?」

 だから、僕は素直に少女に名前を聞くことにした。すると、少し寂しそうに、少女は、名前を教えてくれた。

「わたしはミミリ。あなたとは、一年間も一緒に暮らしたのよ」

 その名前を聞いた途端。

 僕はすべてを思い出した。


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