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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十五章 終わりの日々(2)

 意識が戻った時には、すでに翌日になっていた。僕は起き上がろうとして、自分の体がミミリにがっちり抱きかかえられていることに気が付いた。以前は簡単に抜け出せたミミリの腕だったのに、いまではすっかり力がついて抜け出すことができなかった。

 どうやら僕がいるのは、フクロウ男爵の城の客間のようだった。僕はベッドで眠るミミリに抱きかかえられていた。

 ミミリの顔にはくっきりと涙のあとが残っていて、どれだけ彼女を心配させてしまったのか、とても申し訳ない気分になった。

「心配をかけてごめんよ」

 僕はそうつぶやくと、また目を閉じた。全身の傷は塞がっているらしく、痛みはもうなかったけれど、全身が鉛のように重かった。相当ひどい状態だったに違いない。

「大丈夫? どこも傷まない?」

 ミミリの声が聞こえた。起きていたらしい。

「傷はもう大丈夫みたいだ。だけど、全身がひどくだるい。相当手ひどくやられたみたいだ」

 僕は目を開けずに答えた。あまりに受けた傷がひどいと、魔法で癒されて傷自体が塞がったとしても、何日か体が思うように動かないことがある。治癒魔法とて万能ではないのだ。

「でも、おかげで水盤は無事だったわ。ありがとう、蜥蜴さん。昨日は儀式ができなくて、半年間は待たなきゃいけなくなったけど、それでも水盤が無事なら儀式はまたできるわ」

 ミミリはあまり嬉しそうではなかった。その理由が、儀式が失敗に終わったからではないことは分かっていた。

「まったく、ルナの村にこんなに腹が立ったことないわ。あなたが死んだらどうしてくれたのかしら。ひどいわ。本当に、ごめんなさい」

「君が悪い訳でもない。それに、結果的に村のひとたちも無事で、水盤も無事で、僕もミミリも無事だった。だから、誰も間違っていなかったんだよ、きっと」

 僕はそう思った。強いて言えば、傷だらけにならないように、僕がもっとうまく立ち回れていればよかったというくらいだろうか。

「でも村人でも何でもないあなただけを大怪我させたわ。ルナの村に何の責任もないあなただけを。こんなひどい話ってないわ。あなたじゃなきゃ死んでたのも分かるけど、だからってあなたひとりだけ引き留めるなんて。それに、それに」

 ミミリは僕に縋りつくように、言った。

「もし、あなたが死んでしまってたら、わたしが耐えられなかった」

「だとしても」

 たぶん。

「僕は、もともとこういう生き方が当たり前だったのかもしれない。君が心配してくれるほどに、僕は自分がひどい状況にいたとは思っていないんだ。むしろ、あの状況で取り残されたのが、僕以外の誰かじゃなくてよかったとすら、思っている」

「そうなんでしょうね。わたしにも分かる。たったひとり敵中に取り残されて、発狂してもおかしくない状況で、それでも、あなたは冷静だった。わたしだったら怖さと絶望でうずくまってしまってなぶり殺しにされてたけど、あなたは違った。きっとあなたはそれだけの経験を積んでるひとなんでしょうね。わたしなんかには想像もつかないような世界を見てきたんでしょうね」

 ミミリは僕から離れて、ベッドから出た。僕を心配するミミリ個人から、次を考える陽月司の一族の顔になる。

「少し待ってて。フクロウ男爵と、バムじいを呼んで来るわ。儀式を邪魔したものが何なのか、村人を守るためにできることがあるか、半年後に儀式を成功させるにはどうしたらいいかをすぐに考えなくちゃ。本当はゆっくり休ませてあげたいけど、あなたにも知恵を借りたいの」

「そうだね。僕も同感だ」

 僕はベッドに横たわったまま答えた。

「後手に回れば回るだけ状況は不利になるだろう。もちろん、僕も考えるよ」

「ありがとう」

 ミミリは部屋を出て行った。

 そして、すぐにカーニム、バムじい、それにペザとメネイを連れて戻って来た。

「怪我人に無理をさせていると判断したら止めるからね。あなたたちだけだと不安すぎるわ」

 と、メネイに釘を刺されている。昆を詰めすぎた場合に止めてくれるひとがいるのは心強い。

 部屋に入ってくると、まずペザが声を掛けてきた。

「具合はどうかな?」

「痛みはない。でも、今日は体が重いから、静かにしておくよ」

 僕は答えた。ペザは喉を膨らませながら、

「それがいい」

 とだけ言った。

「しかし、見事な戦いだった」

 次に梟の姿のカーニムが口を開いた。

「君は確かにデブリスとの実戦経験があるのだな。知ってはいたが、実際目にすると驚くばかりだよ」

「初めて見たタイプだけれどね。デブリスとは、間違いなく戦ったことがある。四足獣のようなやつと、半獣半人のようなやつを知っているよ。サリアやシーヌを救えなかったということと一緒に、おぼろげに覚い出した」

 僕の答えに、カーニムは短い思案の声を上げた。

「使役している者に心当たりは?」

「そこまでは思い出せないな。何故使役されていると?」

 僕は疑問に思って聞いた。

 カーニムはもう一度短い声を上げてから、答えた。

「あれだけ狙ったようなタイミングで多数のデブリスが襲撃してきたのが、偶然だという方が不自然に思う。何者かの意図を感じる」

「なるほど」

 今度は僕が考えこむ番だった。サリアやシーヌの兼の時に、デブリスは何故襲ってきたのかを思い出したかった。

「都合よく記憶は戻らないか。ひょっとしたら知っているのかもしれないけれど、僕の頭の中には心当たりは浮かんでこないよ」

「非常事態だ。少し君の過去を覗かせてもらっても構わないだろうか」

 カーニムは、黙って覗くことも出来たろうに、わざわざ僕に許可を求めてきた。律儀なひとだ。僕はもとより彼を信用していたし、その誠実さは信頼できる思った。

「勿論だ。協力できることがあれば、何でも言ってほしい」

 僕は本心からそう言った。ミミリや村の皆をこれ以上命の危険に合わせないためであれば、僕の過去など安いものだ。

「助かる」

 カーニムはベッドの脇に歩いてきて、右翼を僕の上にかざした。しばらくその姿勢でいたカーニムは、しばらくして言った。

「これだ。この者の気配がムーンディープの世界にある。名前は、グレイオス。外世崇拝者で、デブリスを支配する杖を持つ者だ。だが今はこちらからは手の出しようがない場所にいるようだ。となるとデブリスから身を守る必要がある。結界では効果がないようだ。狭間の世界を通じて転移してくるからだ。狭間の世界からの攻撃を遮断する必要がある。なるほど、そういうことか。これならば私が対処できるだろう。準備は必要だが」

 そこまでつぶやいて、カーニムは僕の上から翼をどけた。

「ミミリ、陽月の聖陣を張る方法も受け継げているかな?」

「できるわ。ただ、ルナの村には陣を張るために必要なベルノーツがないの。そちらで持っていたりは?」

 ミミリが困ったような顔をしている。体さえ動けば取りに行くのを手伝うのだけれど。僕の視線に気づいたミミリが複雑そうな表情になった。

「蜥蜴さんはもう十分なほど村のために尽くしてくれたわ。これ以上の蜥蜴さんに頼るのは甘えすぎだと思うの。フクロウ男爵、バムじい、ペザさん、これはこの世界の住民であるわたしたちの問題よ。わたしたちで何とかしなくちゃいけないわ」

「残念ながら私の城にもベルノーツと呼ばれる品はない。そもそもベルノーツというのはどんなものなのかな?」

 カーニムの問いに、ミミリはわずかに表情を曇らせた。

「ムーンホロウの螺旋孔の淵に生まれる結晶よ。ナイトメアやエンプーサが蔓延るあの場所に、誰かが行って取ってこなくちゃいけないわ。勿論生きて帰れる保証はほぼないわ」

「なら、やっぱり行くのは僕だ。怪我を治したら、僕が行かなくてはいけないだろう」

 僕の声に、皆の視線が集まる。

 あるいは驚愕、あるいは敬意、あるいは不安。それぞれに視線の色は違ったけれど、皆、僕を見ていた。

「行ったとて、ベルノーツを持ち帰れなければ意味がないのだから、生きて戻れる可能性が高い者が行かなければいけない」

「あなたなら言うと思った。でも却下よ。あなただけは行かせるわけに行かない」

 ミミリの顔には僕に対する不満の色が濃く出ている。彼女が何に対して怒っているのか、僕にも分かる気がした。

「怪我人は黙ってて」

「私が行こう」

 と、カーニムが言った。


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