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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十四章 忘却の村(8)

 ミミリが試練を乗り越えたあとは、彼女が試練に挑戦している間よりむしろ大変だった。ミミリは時間がないと言って説明を後回しにして、カーニムの所へ行ったり、バムじいの家に籠ったりと忙しく動き回っていた。

 僕は完全に蚊帳の外で、取り残された気分で突然降ってわいた暇を持て余していた。ミミリに手伝えることはないのか聞いてみても、

「今はないけど、とても重要な役目があるから、その時にまでにまた声を掛けるわ」

 という答えが返ってくるだけだった。

 ミミリが忙しく村中を飛び回るにつれ、他の村人たちの動きも慌ただしくなっていき、僕は久々にペザとメネイに呼ばれて聖蝋花の蜜つくりの手伝いで忙しくなった。ペザが言うには、

「とにかく聖蝋花の蜜が大量にいる」

 とのことで、僕も朝早くから夜遅くまでペザたちの手伝いをすることになった。

 それでミミリと話す時間自体がほとんどなくなり、状況が全く分からないなか、流されるままに僕は働き続けた。

 ペザの手伝いは三日三晩続いた。僕はその間ペザの家に泊まり込んでいて、ミミリの家に帰ることはなかった。むしろ何となく、忙しく働くことよりも、ミミリの家に僕を帰らせないことが目的なのかもしれないと、僕は感じていた。

 三日三晩の間ペザの家に泊まり込んだ後、ロンザスがペザの家にやってきて、突然今度は、

「すぐにミミリの家に戻るように」

 と告げてきた。その話をペザとメネイにすると、

「そうか。すぐに帰ったほうがいい」

 ペザにもそう言われた。

 訳も分からないままミミリの家に戻ると、いつもの黒のワンピースでなく、純白のローブを纏ったミミリが家の前で待っていた。

「おかえりなさい、蜥蜴さん。何日も放っておいてごめんね。やっと準備ができたから、私の話を聞いてくれる?」

 ミミリはまるで僕のことをすべて知っているような神妙な顔をした。彼女に促されるまま僕がミミリの家に入ると、驚いたことに中でカーニムが待っていた。

「フクロウ男爵様、お待たせしました」

 カーニムの前に立って、ミミリは言った。僕はまだ訳が分からないままにミミリの横に並んだ。

「祭司として、明日、陽月伺いの儀式を行います。しかし、わたしはまだ半陰にすぎず、またルナの村の住人に、わたくしは陽の方にふさわしき光の持ち主も見いだせてはおりません。ゆえに、今現在ルナの村に唯一光を持ち滞在されているこの方に陽の方の代理として立ち会っていただこうと、そのように考えている次第にございます」

 まずミミリはまるで口上のようにカーニムに告げてから、次に僕を見た。

「蜥蜴さん、わたしはムーンストーンの祠の最奥で、一族の使命と執り行うべき仔細を受け継いだわ。あなたがわたしを信じてくれたおかげ。ありがとう」

「僕は結局ほとんど役に立てなかった気がするけど、君が試練を乗り越える手伝いができて良かったよ。おめでとう」

「ありがとう」

 ミミリは笑顔で答えてから、また、神妙な顔に戻った。

「それでね、あなたをわたしが助けるためには、月の精霊と陽の精霊に語り掛け、精霊の祈り子に力を貸してくださるよう、村を上げてお願いする祭事が必要になるの。そのために、ルナの村は、長らく忘却の中にあった、月を祀る村としての役割を取り戻す必要があって、わたしはこの数日間そのための要石を村のしかるべき場所に配置してたの。あなたのおかげで、村は無事目覚めたわ」

「村のひとたちが急にバタバタしはじめたのは、村が目覚めたからってこと? 僕には何の変化も感じられないんだけれど、それはどうしてだろう?」

 村が目覚めたと言われても、僕には実感がなかった。僕の問いかけにミミリは少しだけ考え込んでから答えた。

「村人がバタバタし始めたのは、村の役割を思い出したからで間違いないわ。あなたに何の影響もないのは……少し長い話になるわ」

「長いのはかまわない」

 僕はミミリを促した。

「君が知っていることを教えてほしい」

「まず、あなたに何の影響もないことで、あなたがムーンディープのひとでないことが確実になったわ。村が目覚めても、外のひとの内面には何も起こらないの。ただ、それだけでなくて、あなたが迷い人でないことも確実になったわ。迷い人は、この村に自分が見たい色を見る。けれど、ここは影の国。白と黒しか本来はないの。村が目覚めると迷い人にも村の本来の色が見えるようになるから、影響が全くないわけじゃないの。けれどあなたが変化を感じないということであれば、最初からあなたにはルナの村本来の色である、白と黒だけの世界が見えていたってこと。それは迷い人じゃない証拠だわ」

 ミミリはそう言って、話を一旦切った。そして、

「少し話は逸れるけど」

 と、自分のことを話しだした。

「ムーンストーンの祠の最奥で、わたしは陽月司の一族として、必要な知識も受け継いだ。それで、ムーンディープのことを、私が知らなかったこの世界のことを学んだの。そこであなたについてのいくつかの真実も知ったわ」

「真実?」

 なんだろう。僕には分からなかった。

「ムーンディープには、表裏があるの。ここは裏の世界。あなたは本来表の世界に訪れるはずだったひとだった。でも、あなたはルナの村に呼ばれたことが原因で、この裏の世界に流れ着いたの」

 ミミリはそう言って。

「それでね、まずは明日の儀式に参加してほしいの。そのあと、あなたが表の世界に戻れる方法を探しましょう。わたしにも手伝わせてね」

 と、静かに笑った。寂しそうではあったけれど、声色は、僕のことを案じてくれている声だった。

「儀式は明日でないといけない理由があるのかな? それで君はこの数日急いでいたってこと?」

 何となくそんなことではないかと思って聞いてみた。ミミリは頷いた。

「うん。祭事にふさわしいのは、ルナの村の中央に水盤を置いて、その中に月の光を映した時に、ぼんやり昼の力も盤の水に浮かび上がる日だけなの。その条件を満たす光が降る日が明日で、明日を逃すと半年待たなきゃいけなくなるわ。それで急いでたの」

「なるほど。それで、僕が陽の方の代理で立ち会うって話だけど、君が言っていた僕の大事な役目というのが、そのことと思っていいのかな? 何をすればいいのだろう?」

 僕が問うと。

「ええと。うん、そう」

 ミミリは僕から目をそらして。言いにくそうに言った。

「本当は、陽月司は、夫婦で努めるものなの。陽の精霊と月の精霊も一対の存在だから、祭司も陽の司、月の司、一対で臨むのが正しいの。だから手順的には、わたしも誰かと契りを交わしてから執り行うのが正しいんだけど。わたしは相手、いないし。でもそういう場合、わたしは夜の気を宿しているから、あと、光の気を宿したひとがいれば、そのひとを代理とすれば儀式はできるの。それで、その光の気を宿してるあなたにお願いしたいなって、思ってるの。まあ、あの」

 と、一度口ごもってから。

「あなたさえ、よければ……なんて考えないでもないけど。でも、記憶が戻ってないあなたにその決断を求めるのは、間違ってるから」

 ミミリはそう言って寂しそうに笑った。彼女の言葉は嬉しかったけれど、僕にも、記憶がない以上安易に答えられないことは分かっていた。

「そうだね。今回は代理にしよう。自分がどこの誰かも分からない僕が、無責任に決めてはいけないことだと、僕も思う」

 ルナの村での暮らしは快適だったし、ミミリとの生活も幸せであったと思う。けれどそれは、僕が何者で、何をしなければいけないとかいうことも、きれいさっぱり覚えていないうえでのものだということを、きちんと理解しなければいけないのだと思う。

 それに、僕が蜥蜴でないとして。

 自分の正体がとんでもない化け物だった場合、ミミリに迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 だから、僕はこう答えた。

「たとえ迷い人でないとしても、きっと僕にとっては、やっぱりルナの村での時間は、ひと時の夢なんだと思う」

「わたしも、そうだと思う。実はわたしがあなたについて行ける方法が、一つだけ分かったけど、あなたはきっとその方法を喜ばないから、あなたが旅立つ日を、わたしは見送るんだと思う。だから、蜥蜴さん、あなたはわたしにとってもひと時の夢よ」

 ミミリもそう言って頷いた。

 カーニムが咳払いを一つして。

「あー、だんだん居づらくなってきたから、一言だけ。見たところ、明日の儀式は、二人で執り行うということで問題なかろう。仔細、私も了解した。ではまた明日。ごきげんよう」

 彼は退散するように帰って行った。

 僕はミミリと顔を見合わせて。

 すごく恥ずかしい話をしていた気分になった。


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