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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十四章 忘却の村(6)

 僕とミミリはカーニムの城に一泊した後、ルナの村を素通りして、そのままムーンストーンの祠を目指した。

 まずは、カーニムが語った通り、一度失敗しないことには何が足りないのかもわからないと、ミミリが望んだからだ。

 けれど、ムーンストーンの祠らしきものは、ルナの村の南西方向をいくら探しても見つからなかった。ミミリが疲れ果てて、体力の限界になっても試練を始めることさえできず、僕たちはルナの村に戻ることになった。

「わたしには、試練を受ける資格すらないってことなの? 何が悪いの?」

 ミミリの家に戻ると、彼女はベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めた。一度で成功はしないことは覚悟していたのだろうけれど、まさか祠に辿り着くことさえできないという屈辱は想定していなかったのだろう。

「冒険では空振りなんて、ままあることだよ」

 枕の横に立って、僕はそんなミミリを見つめていた。本来は僕が見つけてしまってもいいのだろうけれど、祠に着くまでにせめてもの冒険の練習として、敢えて僕は前面に出ずに、祠の捜索のほとんどをミミリに任せることにしていた。その結果、経験などまるでないミミリには、それらしいものを見つけることができなかったのだ。

「あるはずの遺跡なんかが見つからないなんて話、数えきれないほどある。君は今日、祠と聞いて、ずっと小さな建物みたいなものを探していた訳だ」

 けれど、そういったものは見つかる気配がなかった。

「けれど、そういった何かを祀る場所というものの場合、塚のようなものを祠と呼んでいたりと結構曖昧なものだ。祠そのものは洞窟の中にあって外からは見えないこともある。だから、明日は探すものを変えてみたらどうかな?」

「うん……分かった。ありがとう、蜥蜴さん」

 ミミリが枕から顔を上げて、上半身を起こした。苦しそうな顔。彼女は歯を食いしばるようにして目をきつく閉じた後、強い眼光で僕を見つめた。

「ほかに駄目だったところはある? 何が駄目だったのか、どうして駄目だったのか、一つ一つ頑張って直していくわ。こんな始める前からめげてる場合じゃない。わたしはやるって決めたんだ」

「そうだね」

 僕は静かに言った。

「今日は状況が好転しなくてずっとイライラしていなかった? それが一番良くない。平常心を失うと注意力も判断力も低下するよ。とても危険なことだ」

「そうかも。気を付ける、ありがとう」

 ミミリは素直に頷いた。といっても平常心を保つのは意外に難しいことだ。僕は具体的にどうすればいいかを教えようとして、覚えていないことに落胆した。

「うーん……具体的にみんながどうしているのか思い出せない。君なりに気分を落ち着かせる方法を見つけてもらうしかないな」

「それなら、一番信頼してるひとがいてくれてるのを確認できれば、きっと大丈夫だと思う」

 そうミミリは笑った。まっすぐに僕を見ている。つまりはそういうことか。責任は重大だ。でも、光栄なことだ。

「こんな蜥蜴で君が平静を取り戻せるなら、僕は君の呼びかけに答えるよ」

「うん、そうする。わたしには、それしかないけど、それだけあれば十分だから」

 ミミリの言葉に、僕は自分がいかに幸せ者なのかを噛みしめた。そして同時に、僕は僕が思い出せる限りをミミリに話しておかなければいけないと思った。

「ミミリ、少し僕の話を聞いてほしい。少しだけ、僕は自分のことを思い出したんだ。僕には、ちょうど君と同じように、僕を頼ってくれた人がいた。でも、僕は彼女を救えなかったんだ。僕は自分の後ろめたい思いのせいで、この世界のエーテルに影響されすぎてしまったんだと思う。僕がただの蜥蜴になったのも、自分のことを思い出せないのも、そのせいだ。僕はそんな奴なんだ。ひょっとしたら君の試練が僕への信頼を試すかもしれないから、先に話しておくよ。すでに一度頼ってしてくれたひとの信頼を裏切ってしまった僕だけれど、君を助けたいという気持ちは間違いなく本当だ。それだけは信じてほしい」

「違うわ、そうじゃないの。助けるのはあなたじゃなくてわたし。助けられるのはわたしじゃなくてあなた」

 ミミリはそんな僕に首を振った。彼女はベッドを出て僕の前に降りてくると、僕と向き合って床に座り込んだ。

「蜥蜴さん、あなたは、もうわたしを助けてくれた。あなたがわたしをルナの村の立派な一員にしてくれた。だから今度はわたしがあなたを助ける番なの。もちろんわたしがあなたを助けられることなんてほとんどないことくらい、自分が一番良く分かってるわ。だからこそ、わたしにしかできないことがあるなら、わたしはやるの。あなたのために。意気地なしで自信がないわたしだから、すぐにへこたれそうになるし、あなたから見たらとても心配かもしれないけど、そんなときは叱ってくれれば、わたし、ちゃんと自分の決心を思い出すから。だから、わたしにあなたを、助けさせてほしい」

「君が、僕を」

 僕は言葉に詰まった。ミミリはある程度自分の身くらいは守れるくらいには鍛錬できているし、彼女が決めた決心ならば、尊重してあげたいとは思う。だとしてもミミリは村で静かに暮らしていただけの子なのだ。その決心が彼女を傷つけてしまうのではないかと心配だった。

「ありがとう。でも、疲れて動けない時はどうか無理をしないで。心が悲鳴を上げてしまった時は教えて。君の心身が死んでしまったら何にもならない。一人で抱え込んで無茶はしない。それだけは約束してほしい」

「うん。気を付ける」

 ミミリは頷いてから、大きくため息をついた。

「わたしはあなたみたいにすごいひとでもないし、ただの弱虫だから、きっと何度も失敗しちゃうと思う。見るに堪えないミスもすると思う。でも、必ずやり遂げるから。わたしがどれだけあなたに感謝してるかを証明してみせるから、どんなに無様で、どんなに情けなく見えても、見守ってね」

「勿論だよ。むしろ、僕の方こそうまく君を誘導してあげられないんじゃないかと心配しているよ。僕が上手にできなくても許してほしい」

 僕はミミリより自分自身が不安だった。下手な誘導でミミリを混乱させてしまうのではないだろうかと、そんなことばかりを考えてしまう。

「じゃあ、お互いさまってことね」

 ミミリは笑った。

「ちょっと安心したわ」

「そうかもしれない。お互い気負いすぎないようにいこう。気持ちだけが先走ると空回りするからね」

 僕が答えると、ミミリも頷いた。分かり合えている感じがして何となくうれしい。

 しばらく、僕たちは会話を途切れさせた。不快な沈黙でなくて、心地よい静寂だった。

 それから、ミミリがまた口を開いた。

「本当は」

 と、吐き出すように彼女は言った。

「一緒に行けたらいいけど、きっとわたしはこの世界からは旅立てないから、せめてあなたがこの世界にいる間だけでも、わたしは、あなたのことを手伝いたい。フクロウ男爵の城で、わたしもそばで聞いていたから、あなたがサリア、シーヌという名前を言った時にとても深い後悔がこもっていたのも分かったよ。だから、あなたに救われてる人はちゃんとここにもいるって、それだけは伝えたい。そんなあなたでも、わたしはちゃんと救われたから、あなたはちゃんと大丈夫だよって、わたしがきっと教えてあげる。もう、ただふさぎ込んでたわたしじゃないってところを、あなたに救われたわたしの姿を、あなたにきっと見せてあげる」

「ありがとう。そういえば、話は変わるけれど。君は月の精霊について何か分かる?」

 僕は、ふと思い出して聞いた。月の精霊というのは、何故この世界にいるのだろう。

「わたしも詳しくは知らないわ。ムーンディープは月の精霊が魔力を固めて作ったって昔話を聞いたことがあるくらい。月の精霊は、もともと闇の存在で、自分で光を生み出すことがないって話よ。だから、月の精霊はこの世界に夜しか作れなかったっていわれてるわ」

「見たことがあるひとはいるのかな?」

 もしいるなら、僕は一度話を聞いてみたかった。ミミリは首を振った。

「昔話の想像上の存在としか、みんな思ってないはずよ。会ったことがあるひとなんて、いないんじゃないかしら」

「そうか」

 それは残念だ。

 これ以上ミミリから月の精霊のことを教えてもらうのは難しそうなので、僕はその話を終わりにすることにした。

「とりあえず、今日はもうゆっくり休んで、明日からまた頑張ろう」

 ミミリには果実の絞り汁を作る仕事もある。村人は手伝いに来てくれているけれど、ミミリは自分の手で作ることにこだわっていたから、おそらくは探索再開は午後になるだろう。

 あまり無理はさせたくなかった。


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