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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十四章 忘却の村(5)

 僕はしばらく目を閉じて、僕が名前を思い出した、サリアとシーヌという、二人の姿を、思い出せない自分に憤る思いを飲み込んだ。そしてそれが済むと目を開いてカーニムの姿を見た。

「僕は、ルナの村で何をしなくてはいけないのだろう。ルナの村の長老は、僕がルナの村に目覚めをもたらすと言っていた。そのために必要なことは何なのだろう。僕が僕を取り戻すまで、僕ができることは何でもしよう」

「強いな、君は。エーテルの中にあって、肥大化した蜥蜴の夢に引かれながら、なおも進み続けるか。サリアが気に入った訳だ。良かろう、私も君が気に入った。ルナの村を目覚めさせるのに必要なことを、すべて君に話そう」

 カーニムは言った。僕が他人行儀な言い方を思わずやめてしまったのに呼応するように、。彼もまた口調を変えた。彼の姿は光り輝き、次の瞬間には蓬色のローブを纏った青年の姿になっていた。瞳は茶色で、髪の毛は漆黒の色だった。肌は少しだけ日に焼けたように色づき、長身で、細身ながら病的な印象はまったくなかった。

「君がすべきことは実は少ない。君の役目はミミリを導くことだ。ルナの村が本来の役目を取り戻すために必要なのは、ミミリが試練を乗り越え、一族の役割を受け継ぐことだからだ。ミミリに対する試練は、今はもう忘れ去られた、ルナの村南西にあるムーンストーンの祠で待ち受けている。だが蜥蜴君、君は気を付けなくてはならない。何故ならば試練はミミリが乗り越えなければいけないもので、君が直接手を貸してはいけないからだ。直接手を貸してはいけないということは、君は障害、つまり、モンスターや罠などといったものだ、そういった障害の存在に気付いたとしても、許されるのは警告までで、君が戦ったり、君が罠を回避するための手本を見せたりしてはいけないということだ。君はただ、対処をミミリ本人に任せ、別の、安全な通路から、口だけでミミリを誘導してあげなくてはならない」

「もしその試練をしなければどうなる?」

 僕はそこまでミミリを危険に晒さなければいけない理由が分からなかった。そもそもルナの村が目覚めなければいけない理由は何なのかが分からなかった。

「ルナの村には何も起こらない」

 カーニムは落ち着いた表情のままに言った。彼の心中を推し量ることはできなかったけれど、何も起こらないことが必ずしも良いことでないという空気だけは感じとれた。

「しかし世界的な意味で見れば大きな損失になる。具体的に言えば、おそらく今の君はその存在も忘れてしまっているだろうが、精霊の祈り子たちの儀式が不完全に終わる。もともと精霊には八種類が存在する。八種類というのはすなわち火、水、土、風の元素精霊と、陽、月の昼夜の精霊、そして六精霊が集う時のみ現れる、時、無という概念の精霊だ。現在祈り子たちの元には火、水、土、風の四精霊のみが集まっている。ルナの村が目覚めなければ月の精霊は現れない。月の精霊が現れることがなければ、陽の精霊もまた現れないだろう。精霊たちと祈り子たちは命を張ることでその欠損を補おうとしているが、それでもなお本来の効力は望めないのだ」

「僕にはどういうことなのかは分からない」

 全身に寒気が走った。ひどく感覚的に、それはいけない、という気がした。

「分からないけれど、避けなければいけないことだという気がする。知っているというよりも、僕の感覚的な何かが、それはまずいと告げている」

「そうだ、君の感覚は正しい」

 カーニムは頷いた。彼の目の奥にあるのは危機感か、それとも、焦燥か。

「彼女にはやり遂げてもらわなければならない。そして君は彼女にやり遂げさせなければならない」

「ミミリは数ケ月前までは、日常生活活動さえ満足に自信を持てなかったんだ。彼女に過度な責務を負わせるのは、できれば僕は避けたい。それはあまりにミミリが可哀想だ。ミミリに世界の未来を背負えとは僕には言えないよ。僕自身が背負えと言われても、背負生きる自信がないくらいなのに。他に方法はないのだろうか」

 僕はカーニムに聞いた。ミミリの世界はルナの村とその周辺の平原しかないのに、いきなり広い世界を背負えというのは、あまりに性急ではないのか。

 けれど、ミミリの目には、別の意見が浮かんでいた。彼女は僕の言葉を遮るように、カーニムに問いかけた。

「わたしがそれをしないと、蜥蜴さんがとても困る? わたしがそれをしたら、わたしは蜥蜴さんの役に立てる?」

「そうだ。君が試練を乗り越え、ルナの村に目覚めをもたらせば、それは間違いなく彼の助けになる」

 カーニムはミミリに微笑んだ。そしてミミリの様子をじっと見つめて、一度だけ大きく頷いた。

「なら、やるわ。蜥蜴さんは、わたしにルナの村のためにできることがあることを教えてくれた。ずっとルナの村のお荷物だと思っていたわたしに、それはただのわたしの思い込みだと教えてくれた。わたしが蜥蜴さんのためにできることがあるなら、わたしは何だってやるわ」

 ミミリも頷いた。強い意志を感じる声で、ミミリは言った。

「わたしが一族に試練に打ち勝つために必要なものは何? 今のわたしに足りないものは何? わたしが蜥蜴さんの未来を守るために身につけなければいけないものは何?」

「彼のために本当にできるのかな? 君にその覚悟があると自信を持てるのかな? 君はおそらく自分が立ち向かわなければならないものの重大さを理解していない。それでも今やると決めてしまっていいのかな?」

 警告するというよりも、最後の確認といった風の声色で、カーニスはミミリに聞いた。その答えを、彼女の言葉として口にしてほしいと願いような問いかけだった。

 その問いに、ミミリは迷いなく答えた。

「わたしができるかできないかなんて、わたしは問題にしてないわ。わたしが背負いきれるかどうかも。できるようにする方法がわたしは聞きたいの。背負えるようになるにはどうしたらいいかが知りたいの。やりたいという希望を言ってる訳じゃないわ。わたしはやるって決めたの。蜥蜴さんがわたしには想像もつかないような旅の途中のひとだなんてとっくに分かってるわ。蜥蜴さんが、記憶をなくして自分も大変なのに、そんな自分の問題よりも、わたしの問題を迷わず優先するような、わたしなんかじゃ足元にも及ばないくらい立派なひとだってことも分かってる。だからこそ、わたし程度でも役に立てることがあるなら、ほんの少しでいいから役に立ってあげたいと思うのは、そんなにおかしいことなの?」

「ミミリ、君は素晴らしい学びを得たね。君のその想いは、きっと彼の大きな助けになるよ」

 カーニスが笑って、ミミリの決意を肯定した。

「君程度ではない。彼と君の出会いは必然だ。そして君は見事それをものにした。その決心があれば、君は試練を見事乗り越えるだろう。だがそれだけでは駄目だ。君は限界を知らねばならない。君は挫折を知らねばならない。君はその中に君の不屈を生み出さなければならない。まずはムーンストーンの祠に赴くといい。そこで自分に足りないもの、自分の今の限界を知るといい。それが君にとっての第一歩目だ」

「一度で成功させる必要はない。何度でも挑戦できる。そういうこと?」

 ミミリが聞くと、

「そうだとも。君が諦めない限り、君には何度でもチャンスが与えられる」

 カーニスはそう答えた。

 そして彼は真剣な表情で、ミミリに警告した。

「しかしそれは一筋縄ではいかない経験だ。試練はあらゆる意味で君の決心を試すものだ。ゆえに君の想像もつかないような苦痛、屈辱、そして慙悔が君を苛むのだ。それは君が彼に出会うまでに抱いていた、自分は駄目だという虚無感の痛みなど生易しかったと感じるほどに、君の心を抉るものだ。彼のために努力しているはずの自分を嘲笑う声が君を蝕むだろう。君はそれに立ち向かわなければならない。私が君に忠告できることは一つだけだ。蜥蜴君の、彼の言葉を疑うな。それだけだ」

「ありがとう。もしわたしが駄目だと思っても、蜥蜴さんが大丈夫というなら、わたしは自分よりも蜥蜴さんを信じる。それでいいんでしょ?」

 ミミリが目を閉じて、カーニムの言葉を胸に刻むように言った。

「わたしは、蜥蜴さんを信じる」

「責任重大だけれど、僕も君がやると言うからには、全力でサポートするよ」

 僕はミミリとカーニムに約束した。

 僕がミミリとの約束を、ミミリが僕との約束を、守り続ける限り、必ずうまくいく時が来ると信じよう。

 僕とミミリがそう誓いあっていると、お茶とお菓子を持って、エスタとリシーが戻って来た。

 それで、僕たちはミミリの試練の話を打ち切り、そのあとは茶飲み話に興じた。


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